朕は国家なり。
原文(フランス語)L'État, c'est moi.
出典:1655年4月13日、パリ高等法院で言ったとされるが記録になし(英語版Wikipedia「L'État, c'est moi」)
本当の出どころルイ14世が1655年4月13日にパリ高等法院で言ったとされるが、高等法院の記録にはこの言葉がなく、歴史家の多くは本当に言ったかを疑っている。死の床では「私は去るが、国家は永遠に残る」と、反対の意味に聞こえる言葉を残したことが伝えられている。
意味と背景
王の意志がそのまま国家の意志であるという、絶対王政の考えを象徴する言葉。権力を一人が握ることへの批判として、また独断的なリーダーを皮肉る時に使われる。王と国家を同一視する危うさを、短い一言でよく表している。
この言葉の使い方
座右の銘には向かないが、反面教師として使える。面接では、リーダーとして自分の考えを押しつけず、メンバーの意見を取り入れて決めた経験を話すとよい。本人の言葉かどうか疑わしく、死の床では逆の言葉を残したという話も面白い。

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