実は言っていない名言 178選
更新:2026-10-20
有名人の言葉として広まっているのに、本人の著作や手紙、記録をたどっても出てこない言葉があります。このページでは、そうした「誤伝」の名言を、本当はどこから来たのかと一緒に紹介します。
なぜ名言は人ちがいで広まるのか
短くて気のきいた言葉は、有名な人の名前がつくと説得力が増して広まりやすくなります。本や雑誌が出典を書かずに引用し、それをまた別の人が引用するうちに、元の作者が分からなくなっていきます。インターネットで一気に広まった言葉も少なくありません。
このサイトでは、原典(本人の本・手紙・演説の記録)に当たって確かめられた言葉に出典あり、本人の言葉と確かめられない言葉に伝承・出典未確認、本人ではないと分かっている言葉に実は言っていないのしるしをつけています。
言葉を読んで「ホント?ウソ?」を考えてから、答えを見るを押してください。
- 1
「感謝とは、心の記憶である。」
アンデルセンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(原文)
Taknemmeligheden er hjertets hukommelse.
本当の出どころデンマーク語版Wikiquoteなどでアンデルセンの言葉として出回るが、出典の作品は示されていない。同じ言葉「La reconnaissance est la mémoire du cœur」は、フランスの聾者の教育者ジャン・マシュー(1846年没)の言葉として1831年の書物に記録されている。
出典:フランスの教育者ジャン・マシューの言葉(1831年の書物に記録)
人から受けた親切を心が覚えていること、それが感謝だという意味。短く美しい定義のため、フランスで生まれた言葉が国を越えて広まるうちに、童話作家アンデルセンの名前と結びつけられたと考えられる。
- 2
「批判を避ける方法は一つしかない。何もせず、何も言わず、何者にもならないことだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
There is only one way to avoid criticism: do nothing, say nothing, and be nothing.
本当の出どころアリストテレスの言葉とされることがあるが、アリストテレスの著作にはない。英語版Wikiquoteによれば、米国の作家エルバート・ハバードが1898年に書いた文章の「道徳的な批判を逃れたいなら、何もせず、何も言わず、何者にもなるな」という一節が元になっている。
出典:エルバート・ハバード『アメリカの政治家の家への小さな旅』(1898年)の文が元(英語版Wikiquote「Misattributed」)
何かをしようとすれば、必ずだれかに批判される。批判をまったく受けない人は、何もしていない人だけだという意味。批判をおそれて動けなくなるより、批判されても行動するほうがよいと背中を押す言葉である。
- 3
「すべてを理解することは、すべてを許すことである。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
To understand everything is to forgive everything.
本当の出どころブッダの言葉として出回るが、英語版Wikiquoteによれば、一般にはフランスのことわざ(Tout comprendre, c'est tout pardonner)として知られるもので、1910年のアメリカの農業雑誌に出典なしでブッダの言葉として載ったのが早い例。仏典には見つからない。
出典:仏典になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
相手の事情や気持ちをすべて理解できれば、その人を責める気持ちはなくなり、許せるようになる、という意味。思いやりの深い言葉なのでブッダらしく聞こえるが、実際にはヨーロッパのことわざである。
- 4
「どこで読んだものでも、誰が言ったものでも、たとえ私が言ったことでも、自分の理性と常識に合わないものは信じるな。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Believe nothing, no matter where you read it, or who said it, no matter if I have said it, unless it agrees with your own reason and your own common sense.
本当の出どころブッダの言葉として広く出回るが、英語版Wikiquoteによれば『カーラーマ経』の不正確な訳。実際の経典では、伝聞や経典、理屈や推論だけで判断せず、その教えが苦しみを生むか善をもたらすかを自分で確かめて判断せよ、と説かれており、「自分の理性と常識」だけを基準にせよとは言っていない。
出典:『カーラーマ経』の誤った訳から広まった言葉(英語版Wikiquote「Misattributed」)
権威をうのみにせず自分で確かめよ、という趣旨は経典にもあるが、この言い回しは原文をかなり書きかえたもの。本物の経典は、理屈だけに頼ることも戒めており、言葉が広まる間に意味が少しずれてしまった例である。
- 5
「幸せへの道はない。幸せこそが道なのだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
There is no way to happiness; happiness is the way.
本当の出どころブッダの言葉としてSNSなどで広まっているが、英語版Wikiquoteによれば仏典には見つからない。もとは20世紀のアメリカの平和運動で使われた「平和への道はない。平和こそが道だ」という言葉で、それが「幸せ」に言いかえられたと考えられている。
出典:仏典になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
幸せはどこか遠くのゴールではなく、毎日を幸せに歩むこと自体が大切だ、という意味。仏教の考えにも通じるように聞こえるため広まったが、ブッダの言葉ではなく、20世紀の言葉が言いかえられたものである。
- 6
「悪が勝つために必要なのは、善人が何もしないことだけである。」
バークの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
All that is necessary for the triumph of evil is that good men do nothing.
本当の出どころバークの言葉として最も有名なものだが、確かな出典はない。バーク自身は1770年の『現代の不満の原因』で「悪人が結びつく時、善人も団結しなければならない。さもなければ一人ずつ倒れていく」と書いており、英国の思想家J・S・ミルも1867年に「悪人が目的を果たすには、善人がただ傍観していれば足りる」と述べている。これらが短くまとめられたとみられる。
出典:バークの著作になし。似た文はバーク『現代の不満の原因』(1770年)やJ・S・ミル(1867年)(英語版Wikiquote「Misattributed」)
悪いことが広がるのは、悪人が強いからではなく、良い人が見て見ぬふりをするからだという意味。おかしいと思った時に声を上げることや、行動することの大切さを教えている。
- 7
「少ししかできないからといって何もしないのは、最大のまちがいである。」
バークの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
It is the greatest of all mistakes to do nothing because you can only do little.
本当の出どころバークの言葉として「少ししかできないからといって何もしなかった人ほど大きな誤りを犯した者はいない」という形で出回るが、バークの著作にはない。英語版Wikiquoteによれば、英国の牧師で文筆家シドニー・スミスの「少ししかできないからと何もしないのは、あらゆる誤りの中で最大のものだ」という言葉を言いかえたものである。
出典:シドニー・スミスの言葉(英語版Wikiquote「Edmund Burke」Misattributed・「Sydney Smith」)
自分の力が小さくても、何もしないよりは少しでも行動するほうがずっと価値があるという意味。大きなことができないと嘆くより、今できる小さな一歩を踏み出そうと励ます言葉である。
- 8
「ブルータス、お前もか。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ラテン語)
Et tu, Brute?
本当の出どころ歴史上のカエサルがこの言葉を言った証拠はない。最も有名なのはシェイクスピアの劇『ジュリアス・シーザー』(1599年)のせりふである。古代ローマの歴史家スエトニウスはギリシャ語で「お前もか、わが子よ」と言ったといううわさを紹介するだけで、プルタルコスは何も言わず衣で顔を覆ったと書いている。
出典:シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』第3幕第1場(1599年)
信じていた人に裏切られた時の驚きと悲しみを表す言葉として、今でも冗談まじりに使われる。紀元前44年、カエサルが暗殺された時、目をかけていたブルータスも加わっていたことから生まれた場面である。
- 9
「本のない部屋は、魂のない体のようなものだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
A room without books is like a body without a soul.
本当の出どころキケロの言葉として有名だが、著作にこの文はない。英語版Wikiquoteによれば、近い言い回しはイギリスの政治家ジョン・ラボックの1886年の文章に見られ、キケロが友人アッティクスに書いた手紙(本を並べた家に魂が入ったようだという内容)がもとになった可能性がある。
出典:キケロの著作に同じ文はない(英語版Wikiquote「Disputed」)
本の大切さを、部屋と体のたとえで伝える分かりやすい言葉。キケロが手紙で、本棚が整った家について「家に心が入ったようだ」と書いたのは本当だが、この短い名言の形は後の時代に整えられ、キケロの名前で広まったものと考えられる。
- 10
「金のためでも、私利私欲のためでもなく、大志を抱け。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Be ambitious not for money or for selfish aggrandizement.
本当の出どころクラークが言った言葉ではない。北海道大学附属図書館の解説によれば、1918年の教育辞典で筆者が言葉の意味を説明するために付け足した文で、その後の辞典で別れの言葉の全文のように紹介され、1964年の新聞コラムで広まった。日本語版Wikiquoteにも続きの文として載っているが、本人の言葉とは確かめられない。
出典:1918年の教育辞典で、筆者が「少年よ、大志を抱け」の意味を説明した文が元。1964年3月16日の朝日新聞「天声人語」で広く知られた
大志とはお金や名声を求めることではなく、人として成長し、あるべき姿に近づこうとする志のことだ、という説明。「大志」を出世や金もうけと誤解させないための解説が、いつのまにかクラーク自身の言葉として広まった。内容は教えとして意味深い。
- 11
「私はノーベルと同じく、人類は新しい発見から害よりも多くの益を得るだろうと信じる者の一人です。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I am one of those who believe with Nobel that mankind will derive more good than harm from the new discoveries.
本当の出どころマリー・キュリーの言葉として紹介されることがあるが、実際は夫ピエール・キュリーがストックホルムで行ったノーベル賞受賞講演の最後の言葉(英語版Wikiquoteのピエール・キュリーのページ)。英語版Wikiquoteのマリーのページでも、ピエールの言葉だと注記されている。
出典:夫ピエール・キュリーのノーベル賞講演(1905年6月6日)の結び
ラジウムのような新しい発見は、悪人の手に渡れば危険にもなる。それでも人類は発見から害より多くの恵みを得るはずだと、ダイナマイトを発明したノーベルの名を挙げて語った言葉。夫婦で研究したため、言葉の主も混同されやすい。
- 12
「知るだけでは足りない。使わなければならない。望むだけでは足りない。行わなければならない。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Knowing is not enough; we must apply. Being willing is not enough; we must do.
本当の出どころレオナルドの言葉ではない。Wikiquoteによれば、レオナルドの言葉とする古い出版物は見つからず、ゲーテの小説にある「知るだけでは十分ではない、使わなければならない」の英訳が、レオナルドの名で広まったもの。
出典:実際はゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』の言葉
知識は使ってこそ、決意は行動してこそ意味がある、という教え。本当の作者はゲーテ。知識と実践を結びつけたレオナルドの生き方にぴったりなため、彼の言葉と誤解されたとみられる。
- 13
「私は幼いころから肉を食べるのをやめた。いつか人々は、動物を殺すことを人を殺すのと同じように見るようになるだろう。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I have from an early age abjured the use of meat, and the time will come when men such as I will look upon the murder of animals as they now look upon the murder of men.
本当の出どころレオナルドの言葉ではない(Misattributed)。小説の中で弟子が「師は幼いころから肉を断ち、いつか人は動物を殺すことを人殺しと同じように考えるだろうと言う」と日記に書く場面を、本人の言葉に作り変えたもの。ただしWikiquoteは、レオナルドが実際に菜食だったとも注記している。
出典:ロシアの作家メレシコフスキー(1941年没)の小説『神々の復活(レオナルド・ダ・ヴィンチ物語)』(1901)の中の、弟子の日記の場面が元
動物の命を人の命と同じように大切にする時代が来る、という意味。菜食主義の運動で広く引用されてきたが、元は小説の中の文章。レオナルドが生き物を大切にしたこと自体は伝えられている。
- 14
「目覚めてみると、ほかの世界はまだ眠っていた。」
ダ・ヴィンチの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I awoke, only to find that the rest of the world is still asleep.
本当の出どころレオナルドの言葉ではない(Misattributed)。フロイトがレオナルドを評して「暗闇の中で早く目覚めすぎた人のようだった。ほかの人はみなまだ眠っていた」と書いた文が、本人の言葉に作り変えられたもの。
出典:精神分析学者フロイト(1939年没)の『レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年期のある思い出』(1910年、英訳1916年)の一節が元
時代のはるか先を行っていたレオナルドを、ほかの人より早く目覚めた人にたとえた言葉。もとは他人がレオナルドを評した文章で、自分で言ったことにすると少し傲慢に聞こえるが、彼の先進性をよく表している。
- 15
「シンプルさは究極の洗練である。」
ダ・ヴィンチの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Simplicity is the ultimate sophistication.
本当の出どころレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉として有名だが、彼の手稿には見つからない。英語版Wikiquoteによれば、この形の文が確認できる最も古い例は1952年の米国の住宅記事で、レオナルドの言葉とされた最も古い例は2003年の本である。それ以前に1930年代の英語の小説にも似た文がある。
出典:レオナルドの手稿になし(英語版Wikiquote「Disputed」)
むだを省いて本当に必要なものだけを残すことこそが、最も高い完成度だという意味。足すより引くほうがむずかしく、そこに技術とセンスが表れるという、デザインや仕事の考え方を表している。
- 16
「数学者とは、真っ暗な部屋で、そこにいない黒猫を探している盲人である。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
A mathematician is a blind man in a dark room looking for a black cat which isn't there.
本当の出どころダーウィンの言葉ではない(Misattributed)。紹介した本自体が「本当かどうか疑わしい」と書いており、元をたどると法律家ボーウェン卿(1894年没)の「暗い部屋で、ありもしない黒い帽子を探す盲人」という冗談に行き着く。
出典:出典不明。1948年の数学の本で、疑いを添えてダーウィンの言葉として紹介された。似た言い回しは19世紀のイギリスの判事ボーウェン卿の冗談にさかのぼる
答えがあるかどうかも分からないものを、手探りで探し続ける数学者の姿を皮肉った冗談。数学が苦手だったダーウィンの言葉としてもっともらしく広まったが、本人の言葉ではない。
- 17
「進化論をあのように述べなければよかったと、どれほど思うことか。」
ダーウィンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
How I wish I had not expressed my theory of evolution as I have done.
本当の出どころダーウィンの言葉ではない(Misattributed)。ホープ夫人が「死の直前のダーウィンが進化論を後悔し、信仰に戻った」と語った話は、ダーウィンの娘ヘンリエッタが「父の臨終には私がいた。ホープ夫人は一度も来ていない。父は科学上の考えを撤回したことはない。この話には何の根拠もない」とはっきり否定しており、作り話とされている。
出典:イギリスの伝道者ホープ夫人(1922年没)が、晩年のダーウィンから聞いたと主張した話
ダーウィンが死の床で進化論を取り消したという話は、宗教と科学の対立の中で広まった作り話。有名人の最期の言葉は、自分たちの主張に都合よく作り変えられやすいという教訓になる。
- 18
「疑うことは知恵の始まりである。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ラテン語)
Dubium sapientiae initium.
本当の出どころ英語版Wikiquoteの「Misattributed」にある。『省察』が出典とされることがあるが、そこには無い。ラテン語の形は1880年刊の『プブリリウス・シルスの格言集』の注に出てくるもので、最初に誰が言ったかは分かっていない。
出典:デカルトの著作には無い。出どころ不明のラテン語の句
すべてを疑うところから始めたデカルトにぴったりの言葉なので、彼の名言として広まった。しかし本人の著作には無い。デカルトの本物の言葉で近いのは「真理を求める者は、一生に一度はすべてを疑ってみなければならない」である。
- 19
「社会の文明の程度は、その国の監獄に入ってみれば分かる。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The degree of civilization in a society can be judged by entering its prisons.
本当の出どころ監獄生活を描いた『死の家の記録』の言葉として、刑務所の改革などの話でよく引かれるが、英語版Wikiquoteによれば同書にこの文は存在しない。作品の内容から後の人がまとめた言い回しと考えられる。
出典:『死の家の記録』の言葉とされるが本文になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
弱い立場の人をどう扱うかに、その社会の本当の成熟度が表れる、という考え。監獄体験を書いたドストエフスキーの名にふさわしく聞こえるため本人の言葉とされたが、実際の作品には見当たらない。
- 20
「夜が暗いほど星は明るく、悲しみが深いほど神は近い。」
ドストエフスキーの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The darker the night, the brighter the stars, the deeper the grief, the closer is God!
本当の出どころ『罪と罰』の言葉としてSNSや自己啓発のサイトで広まっているが、本当はドストエフスキーと同時代のロシアの詩人アポロン・マイコフが1878年に書いた無題の詩の一節。
出典:アポロン・マイコフの無題の詩(1878年)。英語版Wikiquote「Misattributed」
つらい時ほど希望の光が見え、悲しみが深いほど救いは近くにある、という慰めの言葉。ドストエフスキーの作品世界に合うため取り違えられたが、作者は彼の友人でもあった詩人マイコフである。
- 21
「寛容が行き過ぎて、愚かな人を傷つけないために、賢い人が考えることを禁じられる日が来るだろう。」
ドストエフスキーの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Tolerance will reach such a level that intelligent people will be banned from thinking so as not to offend the imbeciles.
本当の出どころドストエフスキーの予言としてSNSで広まった言葉だが、英語版Wikiquoteによれば、本人がこう述べた記録は全くない。
出典:本人の作品・手紙になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
今の社会を皮肉る言葉として、有名な作家の名前を借りて拡散されたもの。いかにも鋭い予言に見えるが、ドストエフスキーの小説や評論、手紙のどこにも出てこない。
- 22
「神がいなければ、すべては許される。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ロシア語)
Если Бога нет, то всё позволено.
本当の出どころ『カラマーゾフの兄弟』の有名な一文として引用されるが、作中にこの形の文はない。小説では、次男イワンの考えを周りの人物が「それならすべては許されるのか」などと言い表す場面があり、それを後の人が一文にまとめたもの。
出典:『カラマーゾフの兄弟』の要約として広まった言葉(作中に同じ一文はない)
神や絶対的な善がなければ、人は何をしてもよいことになるのか、という小説の大きな問いを要約した言葉。ドストエフスキーはこの問いを登場人物たちに深く考えさせたが、作者が断言した言葉ではなく、作中の考えを短くまとめた形が独り歩きしている。
- 23
「何事にも時がある。」
エジソンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
There is time for everything.
本当の出どころエジソンの言葉ではない(Misattributed)。エジソンが使ったとしても、それより前から広く使われていた表現。元をたどると聖書の「天の下のすべての事には時がある」に行き着く。
出典:エジソンより古くからある言い回し。1836年のイギリスの旅行記にも見られ、旧約聖書「伝道の書(コヘレトの言葉)」3章1節にも似た言葉がある
物事にはそれぞれふさわしい時期がある、焦らずに機を待てという意味。忙しく働いたエジソンの名前で紹介されることがあるが、もともとは聖書に由来する古い言い回しで、作者を特定できない。
- 24
「人は本当に考えるという苦労を避けるためなら、どんな手段でも使う。」
エジソンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
There is no expedient to which a man will not resort to avoid the real labor of thinking.
本当の出どころエジソンの言葉として紹介されることがあるが、実際は18世紀英国の画家ジョシュア・レノルズの言葉である。エジソンはこの言葉を気に入り、自分の工場のあちこちに貼っていたため、エジソンの言葉と思われるようになった。
出典:英国の画家ジョシュア・レノルズの言葉(英語版Wikiquote「Thomas Edison」Misattributed)
人はじっくり考えることを面倒がり、つい前例や思いつきに頼ってしまうという指摘。本当の工夫や発明は、その面倒な「考える苦労」から生まれるのだと気づかせてくれる言葉である。
- 25
「もしミツバチが地球上から消えたら、人間は4年しか生きられない。」
アインシュタインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
If the bee disappears from the surface of the earth, man would have no more than four years to live.
本当の出どころアインシュタインの著作や手紙には見つからない。1960年代に養蜂の業界誌で「アインシュタイン教授が計算した」という形で紹介されたのが早い例で、のちに受粉の大切さを訴える運動の中で広まった。本人がこの計算をした記録はない。
出典:本人の著作・発言記録になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
ミツバチが花粉を運ぶことで多くの作物が実り、人の食べ物が支えられているという考えを、有名な科学者の名前を借りて強く言い表した言葉。中身の問題提起には意味があるが、「4年」という数字にも本人の言葉という点にも根拠はない。
- 26
「だれもが天才だ。しかし魚を木登りの力で評価すれば、魚は一生、自分はだめだと思って生きることになる。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Everybody is a genius. But if you judge a fish by its ability to climb a tree, it will live its whole life believing that it is stupid.
本当の出どころアインシュタインの言葉として出回るが、本人の著作や記録には見つからない。調査サイトによれば、動物にできないことをさせる寓話はこの100年ほどの間に何度も形を変えて語られてきたもので、この形がだれの作かは分かっていない。
出典:本人の著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
人にはそれぞれ得意な場所があり、ひとつの物差しだけで能力を決めつけると、その人の良さが見えなくなるという考え。学校や職場の評価のしかたを見直そうという場面でよく使われる。
- 27
「かんたんに説明できないなら、それはよく分かっていないということだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
If you can't explain it simply, you don't understand it well enough.
本当の出どころアインシュタインの言葉という確かな記録はない。似た考えは昔からあり、数学者ヒルベルトは1900年の講演で「道で最初に会った人に説明できるほど明らかにして、はじめて理論は完成する」と述べ、物理学者ラザフォードにも似た話が伝わる。
出典:本人の著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
本当に理解していれば、むずかしい言葉に頼らずに説明できるはずだという考え。人に教えようとすると、自分がどこを分かっていないかがはっきりする。勉強法としても役に立つ見方である。
- 28
「教育とは、学校で習ったことをすべて忘れたあとに残るものである。」
アインシュタインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Education is that which remains, if one has forgotten everything he learned in school.
本当の出どころアインシュタインは1936年の講演「教育について」でこの言葉を使ったが、自分の言葉ではなく「ある機知に富む人の言葉」として紹介している。似た文は1891年にスウェーデンの作家エレン・ケイが学校教育を論じた記事に書いており、それより前から言い回しとしてあったとみられる。
出典:アインシュタイン「教育について」(1936年)で「ある機知に富む人」の言葉として紹介(英語版Wikiquote「Misattributed」)
細かい知識はいずれ忘れても、考え方や学ぶ姿勢、ものの見方は残り続ける。その残ったものこそが教育の本当の成果だという意味。テストのための暗記だけでは身につかない力の大切さを語っている。
- 29
「複利は宇宙でいちばん強い力だ。」
アインシュタインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Compound interest is the most powerful force in the universe.
本当の出どころアインシュタインの言葉として投資の本などで広く引かれるが、出典はない。調査サイトによれば、複利をほめたたえる似た言い回しは1916年ごろからあり、初めのうちはアインシュタインの名前と結びついていなかった。後から有名人の名前が付いたとみられる。
出典:本人の著作になし(英語版Wikiquote「Disputed」)
利息に利息がつく複利は、時間がたつほど雪だるまのように大きくなる。お金の話だけでなく、小さな勉強や習慣を毎日続けると、あとで大きな差になるというたとえとしても使われる。
- 30
「新しい考えに触れて広がった心は、二度と元の大きさには戻らない。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The mind that opens to a new idea never comes back to its original size.
本当の出どころアインシュタインの言葉とされるが、もとは米国の医師で作家のオリバー・ウェンデル・ホームズ(父)が1858年の随筆『朝食テーブルの独裁者』に書いた「人の心は新しい考えや感覚によって引き伸ばされると、二度と前の大きさには縮まない」という文を短くしたもの。
出典:オリバー・ウェンデル・ホームズ(父)『朝食テーブルの独裁者』(1858年)の一節の言い換え(英語版Wikiquote「Misattributed」)
一度新しい考え方を知ると、物の見え方そのものが変わり、知る前の自分には戻れない。だからこそ、新しいことに触れる経験は人を確実に成長させるという意味。読書や旅、人との出会いの価値を語る言葉である。
- 31
「もし世界を救うのに1時間しかないなら、55分を問題の見きわめに使う。」
アインシュタインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
If I had only one hour to save the world, I would spend fifty-five minutes defining the problem.
本当の出どころアインシュタインが言ったという記録はない。調査サイトによれば、似た話の最も古い例は1966年の製造業についての記事集で、ある会社の社員が「エール大学のある教授」の言葉として紹介していた。のちにアインシュタインの名前に置きかわった。
出典:本人の著作になし(英語版Wikiquote「Disputed」)
急いで答えを出すより、何が本当の問題なのかを正しくつかむことに時間をかけるべきだという教え。問題をはっきりさせれば、解決策は自然に見えてくることが多い。仕事の進め方を語る言葉として人気がある。
- 32
「より良いネズミ捕りを作れば、たとえ森の奥に住んでいても、世の中の人々があなたの戸口まで道をつけてやって来る。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Build a better mousetrap, and the world will beat a path to your door.
本当の出どころエマソンの名言として、商品開発の話などで非常によく引用されるが、英語版Wikiquoteによれば著作に見つからない。エマソンは、良い品物を作る人の家には、森の中でも人々が通って踏み固められた道ができる、という趣旨の文章は書いており、それが後に言いかえられて広まったと考えられる。
出典:エマソンの著作にこの文はない(英語版Wikiquote「Misattributed」)
本当に良いものを作れば、宣伝しなくても人は自然に集まってくる、という意味で使われる。中身はエマソンの考えに近いが、「ネズミ捕り」というおなじみの形は、彼の死後に作られたものである。
- 33
「人生の目的は幸せになることではない。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The purpose of life is not to be happy.
本当の出どころエマソンの名言として世界中で引用されるが、英語版Wikiquoteによれば、20世紀のアメリカの作家が1960年代に述べた言葉がもとで、2000年の名言集でエマソンの言葉とされたことから広まった。
出典:エマソンの言葉ではない(英語版Wikiquote「Misattributed」)
自分が幸せになることだけを目指すより、人の役に立ち、誠実に、思いやりを持って生きることにこそ人生の意味がある、という考え。内容はエマソンの思想に近いため本人の言葉と思われているが、実際は20世紀の言葉である。
- 34
「怒っている1分ごとに、あなたは60秒の幸せを失っている。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
For every minute you are angry you lose sixty seconds of happiness.
本当の出どころエマソンの言葉としてSNSなどで広まっているが、英語版Wikiquoteによれば、エマソンの著作にはなく、1936年の新聞のコラムに作者名のない昔からの知恵として載ったのが早い例。
出典:エマソンの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
怒っている時間は、そのまま幸せでいられたはずの時間を失っている、という分かりやすい教え。中身は役に立つが、エマソンの死後50年以上たってから現れた、作者のはっきりしない言葉である。
- 35
「美しいものを見る機会は決して逃すな。美は神の手書きの文字なのだから。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Never lose an opportunity of seeing anything that is beautiful; for beauty is God's handwriting
本当の出どころエマソンの言葉として紹介されることがあるが、英語版Wikiquoteによれば、イギリスの作家・牧師チャールズ・キングズリー(1875年没)が1848年に書いた文章が元。
出典:チャールズ・キングズリー『民衆のための政治』(1848年)。英語版Wikiquote「Misattributed」
美しい景色や芸術に出会う機会を大切にせよ、それは神が書いた文字のようなものだから、という意味。自然を愛したエマソンにふさわしく聞こえるが、実際は同じ時代のイギリスの作家キングズリーの言葉である。
- 36
「後ろにあるものも前にあるものも、自分の内にあるものに比べれば小さなことだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
What lies behind us and what lies before us are tiny matters compared to what lies within us.
本当の出どころエマソンの言葉として有名だが、エマソンの著作にはない。調査サイトによれば、1940年に「あるウォール街の男」という名義で匿名出版された本『ウォール街の瞑想』に載っていた言葉で、著者は株式の仲買人だった。
出典:エマソンの著作になし。1940年に匿名で出た『ウォール街の瞑想』(英語版Wikiquote「Misattributed」)
過去の失敗や未来への不安よりも、今自分の心の中にある力や意志のほうがずっと大切だという意味。外の状況に振り回されず、自分の内側にある強さを信じようと励ます言葉である。
- 37
「よく笑い、子どもに慕われ、世界を少しでもよくして去ること。一人でも楽に息ができるようにしたなら、それが成功である。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
To laugh often and much; to win the respect of intelligent people and the affection of children; to leave the world a bit better; to know even one life has breathed easier because you have lived. This is to have succeeded.
本当の出どころエマソンの詩としてインターネットで広まっているが、実際は米国の女性ベッシー・アンダーソン・スタンレーの文章「成功とは何か」がもとになっている。英語版Wikiquoteは、1911年に出た詩文集『ハート・スロッブズ』第2巻に収められたものを出典として挙げている。
出典:ベッシー・アンダーソン・スタンレー「成功とは何か」(『ハート・スロッブズ』第2巻、1911年)(英語版Wikiquote「Misattributed」)
成功とはお金や地位ではなく、笑顔で暮らし、人に好かれ、だれかの暮らしを少しでも楽にすることだという考え。自分なりの幸せや成功の形を見つめ直させてくれる言葉である。
- 38
「十分に暗くなれば、星が見える。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
When it is dark enough, you can see the stars.
本当の出どころエマソンの言葉とされるが、エマソンの著作には見つからない。1941年の米国の雑誌で、歴史家チャールズ・ビアードの言葉として紹介された例があるが、それより前の本当の出どころは分かっていない。
出典:エマソンの著作になし。1941年の雑誌で歴史家ビアードの言葉として紹介(英語版Wikiquote「Misattributed」)
つらく苦しい時、まわりが真っ暗に思える時にこそ、それまで見えなかった希望や大切なものが見えてくるという意味。どん底の状況にいる人を静かに励ます言葉である。暗さを嘆くだけでなく、その中でしか見えないものに目を向けようという姿勢を教えている。
- 39
「もし人々に何が欲しいかと聞いていたら、「もっと速い馬」と答えただろう。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
If I had asked people what they wanted, they would have said faster horses.
本当の出どころフォードの言葉として、新しい商品づくりの話で非常によく引用されるが、本人の著作や当時の記録には見つかっていない。英語版Wikiquoteでも誤って本人の言葉とされたものの欄にあり、2011年の経営誌の記事でも、本人の言葉である証拠はないと検証されている。
出典:フォードの著作・発言記録になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
お客は今あるものの延長しか思いつかないので、本当に新しいものは作り手が先に考えなければならない、という意味で使われる。発想としてはフォードの車づくりに重なるが、本人がそう言った記録はなく、後の時代に作られた逸話と考えられる。
- 40
「私の一番の友とは、私の中から最良のものを引き出してくれる人だ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
My best friend is the man who can bring out of me my best
本当の出どころフォードの言葉として「My best friend is one who brings out the best in me」の形で知られるが、英語版Wikiquoteによれば、元はアメリカの実業家ハリス・ワインストックが1914年に述べた言葉。1948年ごろからフォードの名前で紹介されるようになった。
出典:ハリス・ワインストックの言葉(1914年5月)。英語版Wikiquote「Misattributed」
本当の友とは、ただ一緒にいて楽しい相手ではなく、自分の良いところを引き出し、成長させてくれる人だという意味。中身はすばらしいが、作者はフォードではなく、同じ時代の別の実業家だった。
- 41
「準備を怠ることは、失敗の準備をすることだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
By failing to prepare, you are preparing to fail.
本当の出どころフランクリンの言葉ではない(Misattributed)。1996年の本などで彼の言葉とされたが、フランクリンがこの言い回しを作ったという証拠はない。
出典:出典不明。1996年の本でフランクリンの言葉とされた
準備をしないということは、失敗するための準備をしているのと同じだ、という言葉遊びの効いた教え。試験やスポーツの指導でよく使われるが、フランクリンの著作には見当たらない。
- 42
「年を取るから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから年を取るのだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
We do not quit playing because we grow old, we grow old because we quit playing.
本当の出どころフランクリンの言葉ではない(Misattributed)。作者不明の現代の言い回しで、心理学者ホールの著書にある考えを変形させたものとされる。
出典:アメリカの心理学者G.スタンレー・ホール(1924年没)の著書『青年期』の一節を、後の人が短くした言い回し
遊び心を失うことが、人を老けさせる本当の原因だ、という意味。いくつになっても好奇心や楽しむ心を持ち続けることが若さの秘訣だと教えてくれる。作者はフランクリンではない。
- 43
「ビールは、神が私たちを愛し、幸せにしたいと思っている証拠だ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
God made beer because he loves us and wants us to be happy.
本当の出どころこの形はフランクリンの言葉ではない(Misattributed)。フランクリンは手紙で「ぶどう畑に降る雨が根から入ってワインに変わる。これは神が私たちを愛し、幸せにしたいと思っている証拠だ」とワインについて書いており、それがビールの話に変わって広まった。
出典:本当はワインについての手紙(1779年、モルレ神父あて)の言葉が変化したもの
もとは雨がぶどうに変わり、ワインになる自然の恵みを、神の愛の証としてたたえた言葉。いつの間にかビール好きの名言に変わってしまった。言葉が伝わるうちに形を変えていく、分かりやすい例。
- 44
「どんな愚か者でも、批判し、非難し、文句を言うことはできる。そして大抵の愚か者はそうする。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Any fool can criticize, condemn, and complain — and most fools do.
本当の出どころフランクリンの言葉ではない(Misattributed)。2000年以降の本でフランクリンの言葉とされたが、実際は1936年のカーネギーの著書『人を動かす』にある言葉。カーネギーはこの本の中でフランクリンの人づきあいの秘訣を紹介しており、そこから混同されたとみられる。
出典:デール・カーネギー『人を動かす』(1936)
人を批判したり文句を言ったりするのは誰でもできる簡単なことで、本当に難しいのは相手を理解し、許すことだ、という意味。人を動かすには批判ではなく理解から始めよ、というカーネギーの教えの一部。
- 45
「言われたことは忘れる。教えられたことは覚えるかもしれない。自分でやったことは身につく。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Tell me and I forget. Teach me and I may remember. Involve me and I learn.
本当の出どころフランクリンの言葉として教育の場でよく引かれるが、本人が言った証拠はない。英語版Wikiquoteによれば、古代中国の思想家荀子の書『荀子』儒效篇の「聞かないのは聞くに及ばず、聞くのは見るに及ばず、見るのは知るに及ばず、知るのは行うに及ばない」という一節が元とみられ、1953年には「中国の格言」として英語で紹介されていた。
出典:フランクリンの著作になし。『荀子』儒效篇の一節が元とみられる(英語版Wikiquote「Misattributed」)
人の話を聞くだけでは身につかず、自分で手を動かして体験したことこそ本当に学べるという意味。授業や研修で、参加型の学び方の大切さを説く時に使われる。知識は使ってみて初めて自分のものになる、という学びの基本を表している。
- 46
「猫と過ごす時間が、むだになることは決してない。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Time spent with cats is never wasted.
本当の出どころ猫好きの間でフロイトの言葉として広まっているが、英語版Wikiquoteによれば、ロンドンのフロイト博物館が「フロイトがそう言った証拠はない」としている。フロイトが晩年にかわいがったのは猫ではなく、チャウチャウ犬だった。
出典:フロイトの言葉である証拠なし(英語版Wikiquote「Misattributed」、ロンドンのフロイト博物館の見解)
猫とのんびり過ごす時間は、何かを生み出さなくても心を癒してくれる大切な時間だ、という意味で親しまれている。ただし、フロイトが言った証拠はない。実際のフロイトは愛犬家で、診察室にチャウチャウ犬を同席させていたという話が残っている。
- 47
「心は氷山のようなものだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The mind is like an iceberg.
本当の出どころ「心は氷山で、意識は水面に出た一部にすぎない」という説明はフロイトのたとえとして教科書などで広く使われるが、フロイトの著作には氷山のたとえは見当たらない。英語版Wikiquoteによれば、1884年の米国の教育者ノースロップの文章が古い例で、心理学者G・スタンレー・ホールが広めた可能性があるという。
出典:フロイトの著作になし。1884年の米国の教育者の文章が古い例(英語版Wikiquote「Misattributed」)
心の大部分は水面下の氷山のように目に見えない無意識で、意識しているのはほんの一部だ、という説明。フロイトの考えを分かりやすく表すたとえとして広まったが、フロイト自身がこう言ったわけではない。実際のフロイトは、意識を馬の乗り手、無意識の力を馬にたとえている。
- 48
「葉巻はただの葉巻であることもある。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Sometimes a cigar is just a cigar.
本当の出どころ何でも心の奥の意味と結びつける精神分析を、フロイト自身が冗談で戒めた言葉として有名だが、フロイトの著作や記録には見つからない。英語版Wikiquoteによれば、研究者が2001年にフロイトの有名な「名言」の出どころを調べた論文でも、本人が言った証拠はないとされている。
出典:フロイトの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
物事には深い意味や裏があると考えすぎず、見たままに受け取ってよい時もあるという意味。何でも深読みしすぎてしまう人に、肩の力を抜かせてくれるユーモアのある言葉である。
- 49
「世の中で一番楽しく立派な事は、一生涯を貫く仕事を持つという事です。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ「福澤心訓」は福沢の作ではない。福沢全集の編者が「福澤心訓七則は僞作である」と断じ、慶應義塾も「福澤先生の言葉ではない」と否定している。文体が現代文で明治の福沢の文章と違うことが決め手。昭和30年頃から広まり、戦後に名古屋の会社が掲げたのが最初らしいとされる(Wikipedia「福澤心訓」)。
出典:「福澤心訓」七則の第一条として出回る文
一生をかけられる仕事を持つことが何より楽しく立派だ、という内容自体は前向きで、額に入れて飾られることも多い。ただ福沢の文章ではなく、作者不明の教訓が福沢の名前を借りて広まったもの。
- 50
「数学は諸学問の扉であり、鍵である。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ラテン語)
Et harum scientiarum porta et clavis est Mathematica
本当の出どころ英語版の教育書などでガリレオの言葉として引かれているが、英語版Wikiquoteによれば、本当はガリレオより300年以上前の英国の修道士・学者ロジャー・ベーコンが『大著作』に書いたラテン語の言葉である。数学を重んじたガリレオのイメージから取り違えられたとみられる。
出典:ガリレオではなく、13世紀英国の学者ロジャー・ベーコン『大著作』(1267年)の言葉(英語版Wikiquote「Misattributed」)
数学を学べば、天文学・物理学などほかの学問への扉が開く、という意味。数学を重んじたガリレオの言葉と思われがちだが、実際は中世の学者ロジャー・ベーコンの言葉。ガリレオの本当の言葉「宇宙は数学の言葉で書かれている」と並べると、考えが受け継がれてきたことが分かる。
- 51
「自分の無知を隠すためだけに、あなたは何かにつけて神を奇跡という逃げ場に持ち出すのだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
It is only in order to shield your ignorance that you put the Lord at every turn to the refuge of a miracle.
本当の出どころ1955年の研究書で『天文対話』の言葉として紹介されたが、実際には『天文対話』にこの文はない。英語版Wikiquoteによれば、第4日に少し似たやり取りはあるものの、「奇跡という逃げ場」という言い回しは17世紀英国の医師トマス・ブラウンの著書『医師の信仰』から来ている。
出典:『天文対話』にはない。言い回しはトマス・ブラウン『医師の信仰』から(英語版Wikiquote「Misattributed」)
説明できないことを何でも「奇跡だから」で片づけるのは、分からないことを認めたくない言い訳にすぎない、という批判。考えること自体は科学的な態度を表しているが、ガリレオがこの言葉どおりに書いたわけではない。名言の出どころが混ざって広まる典型例である。
- 52
「それでも地球は動く。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(イタリア語)
Eppur si muove.
本当の出どころガリレオが1633年の宗教裁判で地動説を捨てると誓ったあとにつぶやいたとされるが、同時代の記録にはなく、弟子が書いた最初の伝記にも出てこない。文献に初めて現れるのは18世紀で、1757年にイタリアの文筆家バレッティが英国で出した本で紹介された。また原文は「それでも動く」で、「地球」という語は入っていない。
出典:同時代の記録になし。1757年のバレッティ『イタリア文庫』が英語での初出
権力に押さえつけられても、正しいことは正しいという信念を曲げない姿勢を表す言葉として親しまれている。本当の言葉ではないが、真実を求め続けた科学者の生き方を後の人々が一言で言い表したものといえる。
- 53
「測れるものは測り、測れないものは測れるようにせよ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Measure what is measurable, and make measurable what is not so.
本当の出どころガリレオの言葉として科学や経営の本で広く引かれるが、ガリレオの著作にはない。英語版Wikiquoteによれば、19世紀のフランスの学者アントワーヌ・オーギュスタン・クールノーとトマ・アンリ・マルタンの文章が元になっており、それがガリレオの言葉と取り違えられた。
出典:ガリレオの著作になし。19世紀フランスの学者クールノーとマルタンの文が元(英語版Wikiquote「Misattributed」)
なんとなくの感覚ではなく、数値で確かめることで物事を正しくとらえようという考え。今は測れないものでも、工夫すれば測る方法を見つけられるという、科学的な姿勢を表している。
- 54
「あなたが世界に見たいと願う変化に、あなた自身がなりなさい。」
ガンディーの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
We need to be the change we wish to see in the world.
本当の出どころガンディーの言葉ではない(Misattributed)。『ニューヨーク・タイムズ』も「確かな記録はない」と報じている。1970年代のアメリカの教育運動の標語が、1980年代末からガンディーの言葉として広まった。ただし1913年の本人の文章「自分を変えれば世界の傾向も変わる」と考え方は近い。
出典:1970年にニューヨークの高校教師が始めた「ラブ・プロジェクト」の標語「変えたいなら、自分がその変化になれ」が元とされる
世の中が変わるのを待つのではなく、自分が望む変化を自分で体現せよ、という意味。世界で最も有名な「ガンディーの名言」だが、本人の言葉ではない。本人が実際に書いたのは「私たちは世界を映す鏡にすぎない」という文章。
- 55
「最初に彼らは無視し、次に笑い、それから戦いを挑み、そしてあなたが勝つ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
First they ignore you, then they laugh at you, then they fight you, then you win.
本当の出どころガンディーが言ったという記録はない。よく似た文が最初に現れるのは1918年の米国の労働組合の大会での演説で、「まず無視し、次にあざ笑い、それから迫害し、そして記念碑を建てる」という形だった。のちに形が変わり、ガンディーの名前が付いた。
出典:ガンディーの著作になし。1918年の米国の労働組合大会での演説が元とみられる(英語版Wikiquote「Misattributed」)
新しい考えや運動は、最初は相手にされず、次に笑われ、やがて激しく反対されるが、それを乗り越えれば認められるという意味。周りに理解されない時期に、あきらめずに続ける人を励ます言葉である。
- 56
「目には目をでは、世界中が盲目になる。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
An eye for an eye will make the whole world blind.
本当の出どころガンディーが言った記録はない。似た考えは1914年にカナダの政治家が議会で「目には目をに戻れば、ここにいる人はみな目も歯も失う」と述べた例が古く、1950年のガンディーの伝記にも似た表現があるが、本人の言葉としてではない。1982年の伝記映画のせりふで広く知られるようになった。
出典:ガンディーの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
仕返しに仕返しを重ねていけば、最後にはだれもが傷つき、だれも得をしないという意味。暴力や憎しみの連鎖を止めるには、どこかでやり返さない選択が必要だという考えを短く表している。
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「明日が最後の日だと思って生きなさい。永遠に生き続けると思って学びなさい。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever.
本当の出どころガンディーの言葉として有名だが、本人の記録にはない。古代インドの説話集『ヒトーパデーシャ』の序に「老いも死もないかのように学問と富を求め、死に髪をつかまれたかのように善い行いをせよ」という詩句があり、中世ヨーロッパでも「永遠に生きるかのように学び、明日死ぬかのように生きよ」という格言が聖職者たちの言葉として伝わっていた。
出典:ガンディーの著作になし。古代インドの『ヒトーパデーシャ』や中世ヨーロッパの格言が元(英語版Wikiquote「Misattributed」)
今日を最後の日のつもりで大切に生き、学ぶことはいつまでも終わりがないつもりで続けよという意味。今を全力で生きることと、長い目で学び続けることの両方を求める、欲ばりで前向きな言葉である。
- 58
「心の奥深くに持っているものは、死によって失うことはない。」
ゲーテの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ドイツ語)
Was man tief in seinem Herzen besitzt, kann man nicht durch den Tod verlieren.
本当の出どころゲーテの言葉ではない(ドイツ語版Wikiquoteの「誤って帰せられた言葉」)。2004年ごろからドイツの死亡広告などでゲーテの言葉として使われるようになったが、元はガングホーファーの小説の中の、父を亡くした女性の台詞。
出典:ドイツの作家ルートヴィヒ・ガングホーファー(1920年没)の小説『森の沈黙』(1899)の台詞が元
大切な人が亡くなっても、心の中に深く刻まれた思い出や絆は消えない、という意味。亡くなった人をしのぶ言葉として多くの人を慰めているが、作者はゲーテではなくガングホーファー。
- 59
「不可能なことに絶望するのはまれでよい。難しいことには、決して絶望してはならない。」
ゲーテの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ドイツ語)
An unmöglichen Dingen soll man selten verzweiflen, an schweren nie.
本当の出どころゲーテの言葉ではない(ドイツ語版Wikiquoteの「誤って帰せられた言葉」)。ゲーテがイタリア旅行のメモに「Card. Buon.」と出典を添えて書き写したもので、おそらく当時のローマ教皇庁の国務長官ボンコンパーニ枢機卿の言葉。
出典:ゲーテ『イタリア紀行』のメモに、枢機卿ボンコンパーニの言葉として書き留められている
本当に不可能なことでさえ簡単にあきらめるべきではなく、まして難しいだけのことなら絶対にあきらめるな、という励まし。ゲーテが旅先で出会い、心に留めて書き写した言葉で、ゲーテの思想とも響き合う。
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「できること、できると夢見ることがあれば、今すぐ始めなさい。大胆さの中には、才能と力と魔法がある。」
ゲーテの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Whatever you can do, or dream you can, begin it. Boldness has genius, power, and magic in it.
本当の出どころゲーテの言葉として有名だが、ドイツ語の『ファウスト』にこの文はない。アイルランドの学者ジョン・アンスターが1835年に出した『ファウスト』の英訳は原文をかなり自由に書き直したもので、その中の一節がゲーテ本人の言葉として広まった。英国の作家マリー・コレリなども、ゲーテの言葉として紹介している。
出典:ゲーテ『ファウスト』の原文にこの文はない。アンスターによる自由な英訳(1835年初版)の一節(英語版Wikiquote「Misattributed」)
迷っているうちは何も起こらない。思い切って始めること自体に大きな力があり、始めれば道が開けるという意味。夢を夢のままにせず、一歩を踏み出す勇気をくれる言葉である。
- 61
「食べ物を薬とし、薬を食べ物とせよ。」
ヒポクラテスの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Let food be thy medicine and medicine be thy food.
本当の出どころヒポクラテスの言葉として健康の本などで広く引かれるが、ヒポクラテス全集にはこの文はない。英語版Wikiquoteは、全集の「栄養について」にある食べ物と薬についての別の文が、誤って言いかえられた可能性を挙げている。
出典:ヒポクラテス全集になし(英語版Wikiquote「Disputed」)
毎日の食事こそが体をつくり、病気を防ぐいちばんの薬になるという考え。食生活を大切にしようという意味で使われるが、食べ物だけで病気が治るという意味に受け取るのは行きすぎである。
- 62
「学校を一つ開く者は、監獄を一つ閉じる。」
ユーゴーの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
Celui qui ouvre une porte d'école, ferme une prison.
本当の出どころユーゴーの言葉として世界中で引用されるが、英語版Wikiquoteによれば、確かめられる早い例では1865年ごろに文部大臣ヴィクトル・デュリュイの言葉として紹介されている。ユーゴー自身の著作には見つかっていない。
出典:ユーゴーの著作に確認できず(英語版Wikiquote「Disputed」)
教育を広めれば犯罪は減り、監獄はいらなくなるという考え。ユーゴーも教育の普及と死刑廃止を強く訴えていたので、彼の言葉として自然に受け入れられたが、確かな出典は同じ名前の文部大臣デュリュイの方にある。
- 63
「時が来た思想ほど強いものはない。」
ユーゴーの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
There is nothing more powerful than an idea whose time has come.
本当の出どころユーゴーの名言として英語圏で非常に有名だが、本人の文ではない。英語版Wikiquoteによれば、『ある犯罪の物語』の「思想の侵入には抵抗できない」を言いかえた形で、より近い言い回しはフランスの作家ギュスターヴ・エマールの小説(1861年)にある。
出典:ユーゴーの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
世の中の準備が整い、多くの人が求めるようになった考えは、どんな力でも止められないという意味。内容はユーゴーの本当の言葉とよく似ているが、この短く整った形は英語で広まる間に作られたものである。
- 64
「人は天の道にそむかないこと。子に苦労をかけないこと。他人の中傷で心を動かさないこと。一家を大切に守ること。無病の時に油断しないこと。貧しい時のことを忘れないこと。常に忍耐の心を失わないこと。」
岩崎弥太郎の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ弥太郎の言葉として紹介されることがある(日本語版Wikiquoteなど)が、三菱商事の社史読み物と日本語版Wikipediaによれば、この七か条は弥太郎の母・美和が残した岩崎家の家訓。弥太郎本人の言葉ではない。
出典:岩崎家の家訓(七か条)。弥太郎の母・美和が残したもの。三菱商事「あゆみ『挑戦』の原点」第1話
天の道に背かない、他人の悪口に心を乱されない、元気な時こそ油断しない、貧しかった頃を忘れない、など、苦労人の母らしい実際的な教え。三菱の幹部たちにも受け継がれ、おごらない社風の土台になったといわれる。
- 65
「私は運を大いに信じている。そして、懸命に働けば働くほど、運が良くなることに気づいた。」
ジェファーソンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I'm a great believer in luck, and I find the harder I work the more I have of it.
本当の出どころジェファーソンの名言として非常に有名だが、英語版Wikiquoteによれば、本人の文書には見つからない。カナダのユーモア作家スティーヴン・リーコック(1944年没)の作品の言葉とされることもあるが、その出典も確認されていない。
出典:ジェファーソンの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
運は偶然ではなく、努力した人に巡ってくるものだ、という意味。努力の大切さを語るのに使いやすく、職場やスポーツの場で広く引用されているが、建国の父ジェファーソンの言葉としての記録はない。
- 66
「最も良い政府とは、最も統治しない政府である。」
ジェファーソンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
That government is best which governs least.
本当の出どころジェファーソンの言葉とされることが多く、ソローも『市民の反抗』でこれを標語として紹介しているが、英語版Wikiquoteによれば、ジェファーソンの著作にはない。1837年に雑誌編集者ジョン・L・オサリヴァンが雑誌の標語として使ったのが早い例。
出典:ジェファーソンの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
政府が人々の暮らしに口を出す範囲は小さいほどよい、という考え。小さな政府を好んだジェファーソンの考えに合うため、本人の言葉として広まったが、記録の上では彼の死後に雑誌の標語として現れたものである。
- 67
「政府が国民を恐れる時、そこには自由がある。国民が政府を恐れる時、そこには圧政がある。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
When governments fear the people, there is liberty. When the people fear the government, there is tyranny.
本当の出どころジェファーソンの名言として政治の議論でよく引用されるが、英語版Wikiquoteによれば、知られているジェファーソンの文書にはない。1914年の社会主義をめぐる討論の小冊子に初めて現れ、ジェファーソンの言葉とされたのは1945年になってからである。
出典:ジェファーソンの文書になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
国民が政府を見張り、政府が国民の声を恐れているうちは自由が守られる、という考え。主張に重みを持たせるため建国の父の名前が付けられたが、実際は20世紀に入ってから作られた言葉である。
- 68
「自由の代価は、永遠の警戒である。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The price of freedom is eternal vigilance.
本当の出どころジェファーソンの言葉としてよく引かれるが、本人の著作には見つからない。英語版Wikiquoteによれば、似た言葉の確かな最古の例は、アイルランドの法律家ジョン・フィルポット・カランが1790年にダブリンで行った演説の「神が人に自由を与えた条件は、永遠の警戒である」という一節である。
出典:ジェファーソンの著作になし。アイルランドの法律家カラン(1790年)の演説が元(英語版Wikiquote「Misattributed」)
自由はいったん手に入れたら終わりではなく、失われないように常に気を配り続けなければ守れないという意味。権利や平和は、ふだんの関心と努力によって支えられていることを教えている。
- 69
「持ったことのないものが欲しいなら、やったことのないことをする覚悟が要る。」
ジェファーソンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
If you want something you have never had, you must be willing to do something you have never done.
本当の出どころジェファーソンの言葉としてインターネットで広まっているが、ジェファーソンの記念館の調査でも本人の著作には見つからないとされている。だれが最初に言ったかは分かっていない。
出典:ジェファーソンの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
これまでと同じことをしていては、これまでと同じ結果しか得られない。新しい何かを手に入れたいなら、今までやったことのない挑戦に踏み出す必要があるという意味。変化をおそれる気持ちを後押しする言葉である。
- 70
「愛する人の記憶の中に生きる者は、死んだのではない。遠くにいるだけだ。死んだのは、忘れられた者だけである。」
カントの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ドイツ語)
Wer im Gedächtnis seiner Lieben lebt, der ist nicht tot, der ist nur fern; tot ist nur, wer vergessen wird.
本当の出どころドイツ語圏ではお悔やみの言葉としてカント(またはセネカ)の名で広く使われるが、本当はオーストリアの詩人ヨーゼフ・クリスティアン・フォン・ツェードリッツ(1862年没)の戯曲『セビリアの星』のせりふ。
出典:ツェードリッツの戯曲『セビリアの星』第4幕第7場(ドイツ語版Wikiquote「Falsch zugeschrieben」)
亡くなった人も、思い出す人がいる限り心の中で生き続けている、という慰めの言葉。内容が哲学者らしく聞こえるためカントの言葉とされてきたが、実際は19世紀の劇作家が登場人物に語らせたせりふである。
- 71
「目標のない者は運命に耐えるだけだが、目標を持つ者は運命を形づくる。」
カントの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ドイツ語)
Der Ziellose erleidet sein Schicksal - der Zielbewusste gestaltet es.
本当の出どころカントの名言としてドイツ語圏の名言集やネットで出回るが、カントの著作には見つからず、本当の作者は分かっていない。ドイツ語版Wikiquoteでは誤ってカントの言葉とされたものの欄にある。
出典:出典不明(ドイツ語版Wikiquote「Falsch zugeschrieben」)
目標がなければ起こることに流されるだけだが、目標があれば自分で人生を形づくっていける、という励ましの言葉。中身は前向きだが、カントの文体とは違い、近年の自己啓発の言い回しに有名な哲学者の名前が付けられたものと考えられる。
- 72
「聖書は私の最も尊い宝であり、それがなければ私はみじめだっただろう。」
カントの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ドイツ語)
Die Bibel ist mein edelster Schatz, ohne welchen ich elend wäre.
本当の出どころカントがフランスの政治家シエイエスに宛てた手紙の一節として19世紀の雑誌に載ったが、ドイツ語版Wikiquoteによれば、その手紙そのものが偽作だと研究で分かっている。
出典:カントがシエイエスに宛てたとされる手紙(偽作)。ドイツ語版Wikiquote「Falsch zugeschrieben」
信仰心の厚い人物としてカントを描くために使われてきた言葉。実際のカントは、宗教を理性の範囲で考えるという慎重な立場をとっていた。偉人の名前を借りて主張を強めようとする時、偽の手紙まで作られることがあるという例。
- 73
「信濃では月と仏とおらがそば」
一茶の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ信州のそば屋などでよく一茶の句として紹介されるが、Wikiquoteによれば後世の偽作と見られ、一茶の死後に地元の人が作ったとする説が有力。同じように「何のその百万石も笹の露」「親は死ね子は死ねあとで孫は死ね」も一茶作ではないとされる。
出典:一茶の句として出回るが、一茶の句集には見えない
意味:信濃の自慢は、月と善光寺の仏さまと、わが村のそばだ。一茶の故郷・信濃をほめる句として親しまれてきたが、一茶自身の作ではないと考えられている。有名な人の名前を借りて広まった句の典型例。
- 74
「大切なのは人生の年数ではない。その年月にどれだけの人生があるかだ。」
リンカーンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
And in the end, it's not the years in your life that count. It's the life in your years.
本当の出どころリンカーンの言葉ではない(Misattributed)。調査サイトQuote Investigatorが見つけた最古の形は1947年の医学書の広告で、その後アメリカの政治家が1954年の演説で使って広まった。
出典:1947年、老いについての本『The Second Forty Years』の新聞広告にある言葉が最古
何年生きたかより、一年一年をどれだけ充実させたかが大事だ、という意味。長寿や老いの本の宣伝文句が元で、のちに有名人の言葉として広まった。内容は前向きだが、リンカーンの言葉として使うのは誤り。
- 75
「勉強して準備しておこう。そうすれば、いつかチャンスが来るかもしれない。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I will study and get ready, and perhaps my chance will come.
本当の出どころWikiquoteでは誤った帰属(Misattributed)の欄にある。リンカーンの生前の記録には見当たらず、死後60年以上たった1931年の本で紹介されたのが最初とされる。
出典:1931年の自己啓発書『Steps Upward in Personality』に初出
今はチャンスがなくても、学んで準備を整えておけば、いつか機会が来たときにつかめる、という意味。貧しい少年時代に独学したリンカーンの姿と重ねられて広まったが、本人の言葉としては確かめられない。
- 76
「ほとんどの人は逆境に耐えられる。だが人の本性を試したいなら、権力を与えてみよ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Nearly all men can stand adversity, but if you want to test a man's character, give him power.
本当の出どころリンカーンの言葉として広く知られるが、本人の記録にはない。英国の思想家カーライルが1841年に「逆境に耐える人は百人いても、繁栄に耐える人は一人」と書き、米国の弁論家インガソルが1883年にリンカーンをたたえる文で「人の本当の姿を知りたければ権力を与えよ」と書いた。リンカーン「について」の言葉が、リンカーン「の」言葉に変わった。
出典:リンカーンの著作になし。カーライル(1841年)やインガソル(1883年)の文が元とみられる(英語版Wikiquote「Misattributed」)
苦しい時に人はがまんして努力できるが、力を持った時にこそ、その人の本当の人柄が表れるという意味。立場が上がった時ほど、謙虚さや公平さを保つことがむずかしいという戒めである。
- 77
「何者であれ、よい者であれ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Whatever you are, be a good one.
本当の出どころリンカーンの言葉とされることが多いが、本人の記録にはない。調査サイトによれば、最も古い例は1897年に米国の編集者ローレンス・ハットンが出した回想録で、そこでは英国の作家サッカレーの言葉として紹介されている。
出典:リンカーンの著作になし。英国の作家サッカレーの言葉として1897年の回想録に記録(英語版Wikiquote「Misattributed」)
どんな仕事や立場であっても、その中でよい者であろうと努めることが大切だという意味。肩書きや職業の上下ではなく、自分の持ち場で誠実に力を尽くすことに価値があるという考えである。
- 78
「助ける心を持つ人だけが、批判する資格を持つ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
They have a right to censure, that have a heart to help.
本当の出どころリンカーンの言葉として出回るが、もとは英国生まれの思想家で、のちに米国ペンシルベニアを開いたウィリアム・ペンが1693年に書いた「助ける心を持つ者には非難する権利がある。それ以外は残酷であって正義ではない」という文である。
出典:ウィリアム・ペン『孤独の果実』(1693年)(英語版Wikiquote「Misattributed」)
人を批判するなら、その人を助けようとする気持ちがなければならない。助ける気のない批判は、正しさではなくただの攻撃になってしまうという戒め。意見を言う時の心構えを教える言葉である。
- 79
「朕は国家なり。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
L'État, c'est moi.
本当の出どころルイ14世が1655年4月13日にパリ高等法院で言ったとされるが、高等法院の記録にはこの言葉がなく、歴史家の多くは本当に言ったかを疑っている。死の床では「私は去るが、国家は永遠に残る」と、反対の意味に聞こえる言葉を残したことが伝えられている。
出典:1655年4月13日、パリ高等法院で言ったとされるが記録になし(英語版Wikipedia「L'État, c'est moi」)
王の意志がそのまま国家の意志であるという、絶対王政の考えを象徴する言葉。権力を一人が握ることへの批判として、また独断的なリーダーを皮肉る時に使われる。王と国家を同一視する危うさを、短い一言でよく表している。
- 80
「たとえ明日世界が滅びるとしても、私は今日リンゴの木を植える。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ドイツ語)
Und wenn ich wüsste, dass morgen die Welt unterginge, würde ich heute noch ein Apfelbäumchen pflanzen.
本当の出どころルターの言葉として有名だが、ルターの著作や記録にはない。英語版Wikiquoteによれば、確認できる最も古い記録は第二次世界大戦中の1944年10月、ドイツのヘッセン地方の教会の牧師が出した回状で、古いユダヤ教の教えを言いかえたものとみられている。
出典:ルターの著作になし。1944年のドイツの教会の回状が最古(英語版Wikiquote「Disputed」)
未来がどうなるか分からない時でも、今日やるべきことを淡々と続けるという、静かで強い希望の言葉。結果が見えなくても、未来を信じて種をまく行いそのものに意味があることを教えている。
- 81
「目的は手段を正当化する。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The ends justify the means.
本当の出どころマキャベリの『君主論』の考えを表す言葉として有名だが、この文は彼の著作にない。英語版Wikiquoteでは「マキャベリの言葉として最も多く誤って引かれる言葉」とされている。『君主論』には、君主の行いは最後の結果によって評価されるという趣旨の議論があり、それが短く言いかえられて広まった。
出典:マキャベリの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
よい目的のためなら、どんな手段を使ってもかまわないという考え方を表す言葉。ふつうは「目的のために手段を選ばないのはよくない」という批判の意味で使われることが多い。
- 82
「私たちが聞くものはすべて意見であって事実ではない。見るものはすべて見方であって真実ではない。」
マルクス・アウレリウスの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Everything we hear is an opinion, not a fact. Everything we see is a perspective, not the truth.
本当の出どころ『自省録』の言葉としてネットで広く出回るが、原文には存在しない。『自省録』には「すべては思いなしである」(第2巻第15節)など意見についての言葉はあるが、「見方(perspective)」と結びつけた文はどこにもない。
出典:『自省録』にはなし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
人の話や目に入るものをうのみにせず、それは誰かの見方にすぎないと意識せよ、という現代的な戒め。内容は分かりやすいが、本物の『自省録』は「すべては思いなし」と短く言うだけで、この二段の言い回しは後から作られたもの。
- 83
「よく生きよ。」
マルクス・アウレリウスの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Live a good life.
本当の出どころ英語版Wikiquoteによれば、2009年より前に印刷された例が見つからず、インターネット上で広まった言葉。『自省録』第2巻の「神々がいるなら恐れることはない」という一節をもとに、誰かが大きく書きかえたものと考えられている。
出典:『自省録』にはなし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
信仰の形より、どれだけ善く生きたかが大事だという考え。本物の『自省録』第2巻にも、神々がいてもいなくても善く生きれば恐れることはない、という趣旨はあるが、この長い言い回しは近年に作られ、皇帝の名前で広まった。
- 84
「朝起きたら、生きていて、息をし、考え、楽しみ、愛せることが、どれほど尊い恵みかを思え。」
マルクス・アウレリウスの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
When you arise in the morning, think of what a precious privilege it is to be alive - to breathe, to think, to enjoy, to love.
本当の出どころマルクス・アウレリウスの言葉として出回るが、本当の出どころはアメリカの作家エルバート・ハバード(1915年没)の雑誌『ザ・フラ』。『自省録』第5巻冒頭に朝の起き方についての一節はあるが、内容は「人間の仕事をするために起きよ」という別のもの。
出典:エルバート・ハバード『ザ・フラ』第12巻第6号 171ページ(英語版Wikiquote「Misattributed」)
毎朝、生きていること自体を恵みとして感じよ、という前向きな言葉。マルクス本人の『自省録』の朝の一節は、寝床から出たくない自分を「人として働くために起きよ」と叱るもので、雰囲気がかなり違う。広まる間に作者名が入れかわった例。
- 85
「パンがないなら、ブリオッシュ(お菓子のようなパン)を食べればいいのに。」
マリー・アントワネットの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
Qu'ils mangent de la brioche.
本当の出どころ本当の出どころはルソーの自伝『告白』第6巻。若いルソーがリヨンで家庭教師をしていた頃(1740年ごろ)、こっそり持ち出したワインに合わせるパンを買いに行けず、「農民にはパンがないと言われて『ブリオッシュを食べればいい』と答えた、ある大王女の苦しまぎれの言葉」を思い出してブリオッシュを買った、と書いている。この部分が書かれたのは1760年代後半で、マリー・アントワネットはまだオーストリアにいる子どもだった。ルソーは「大王女」の名前を書いておらず、誰の話かは分からない。
出典:ジャン=ジャック・ルソー『告白』第6巻(1760年代後半に執筆、1782年刊)。マリー・アントワネットの言葉ではない
民衆の苦しみを知らない王妃の象徴として、革命の時代以降マリー・アントワネットの言葉にされた。しかし元の話では名前の無い「大王女」の言葉で、しかも彼女がフランスに来る前に書かれている。本人は手紙で民衆の苦しみに心を痛めている。誤伝の代表例である。
- 86
「うそには三種類ある。うそ、ひどいうそ、そして統計だ。」
マーク・トウェインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
There are three kinds of lies: lies, damned lies, and statistics.
本当の出どころトウェインの言葉ではない(Misattributed)。トウェインは「ディズレーリの言葉とされるもの」として引用しただけで、ディズレーリが言ったという証拠も見つかっていない。トウェインがアメリカでこの言い回しを広めたのは確か。
出典:トウェイン自身は自伝の中で、イギリスの首相ディズレーリ(1881年没)の言葉として紹介している。だがディズレーリの言葉という確証もなく、1895年ごろにはすでに使われていた
数字は客観的に見えるが、都合のよいように並べれば、うそよりもたちの悪いだまし方ができる、という皮肉。統計を見るときは、誰が何のために出した数字なのかを考えよ、という今も通用する教え。
- 87
「口を閉じて愚か者だと思われる方が、口を開いてそれを証明してしまうよりましだ。」
マーク・トウェインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
It is better to keep your mouth shut and appear stupid than to open it and remove all doubt.
本当の出どころトウェインの言葉ではない(Misattributed)。トウェインの伝記本でも「トウェインが言わなかった言葉」の例として挙げられている。リンカーンの言葉とされることもあるが、作者は分からない。
出典:出典不明
よく分からないことに口を出して恥をかくより、黙っている方が賢い、という皮肉。知ったかぶりをする人への戒めとして使われる。トウェインらしい言い回しに見えるため彼の名前がついたが、出どころは不明。
- 88
「成功の秘訣は、とにかく始めることだ。」
マーク・トウェインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The secret of getting ahead is getting started.
本当の出どころトウェインの言葉ではない(Misattributed)。2000年以降の本などで彼の言葉とされたが、根拠はない。ほかの作家の言葉とされることもあり、作者は分からない。
出典:出典不明。2000年以降の自己啓発書などでトウェインの言葉とされた
前に進むためには、まず始めることが一番大切だ。そして始めるには、大きな仕事を小さく分けて、最初の一つに取りかかればよい、と続く。実用的な教えとして人気だが、トウェインとは関係のない言葉。
- 89
「世の中があなたに生活を保障してくれると思ってはいけない。世の中はあなたに何の借りもない。世の中の方が先にあったのだから。」
マーク・トウェインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Don't believe the world owes you a living. The world owes you nothing. It was here first.
本当の出どころトウェインの言葉ではない(Misattributed)。調査サイトQuote Investigatorによれば、本当の作者はトウェインと同時代のユーモア作家バーデット。
出典:アメリカのユーモア作家・牧師ロバート・J・バーデット(1914年没)の言葉
世の中が自分に何かをしてくれて当然だと思うな、生きていくための糧は自分で手に入れるものだ、という厳しくもユーモラスな教え。甘えを戒め、自立を促す言葉。
- 90
「大事なのは戦う犬の大きさではない。犬の中にある闘志の大きさだ。」
マーク・トウェインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
It's not the size of the dog in the fight, it's the size of the fight in the dog.
本当の出どころ1998年ごろからインターネットでトウェインの言葉とされるようになったが、本人が使った記録はない。もとは米国の作者不詳のことわざで、1911年の雑誌や新聞にすでに似た形で載っている。
出典:米国の作者不詳のことわざ(英語版Wikiquote「Misattributed」)
体の大きさや見た目の強さより、あきらめない気持ちの強さが勝負を決めるという意味。小柄な選手や、規模の小さなチームが大きな相手に立ち向かう時の励ましとして使われる。
- 91
「時間がなかったので、長い手紙になってしまいました。」
マーク・トウェインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
Je n'ai fait celle-ci plus longue que parce que je n'ai pas eu le loisir de la faire plus courte.
本当の出どころトウェインの言葉としてよく紹介されるが、実際はフランスの哲学者パスカルが1657年の『プロヴァンシアル』第16の手紙に書いた「もっと短くする時間がなかったので、この手紙は長くなってしまいました」という一文である。
出典:パスカル『プロヴァンシアル』第16の手紙(1657年)(英語版Wikiquote「Misattributed」)
短く分かりやすい文章を書くには、長い文章を書くよりも手間と時間がかかるという意味。要点をしぼる作業こそが一番むずかしいことを、ちょっとした言い訳の形でユーモラスに伝えている。
- 92
「14歳の時、父はあまりに物知らずで、そばにいるのも嫌だった。だが21歳になると、父がこの7年でどれほど多くを学んだかに驚いた。」
マーク・トウェインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
When I was a boy of fourteen, my father was so ignorant I could hardly stand to have the old man around. But when I got to be twenty-one, I was astonished at how much he had learned in seven years.
本当の出どころトウェインの言葉として広く知られるが、調査サイトの検証では本人のものとは確かめられず、誤った帰属の可能性が高いとされている。トウェインの父は彼が11歳の時に亡くなっており、話の内容とも合わない。
出典:本人の著作で確認できない(英語版Wikiquote「Misattributed」)
変わったのは父ではなく、自分のほうだったというユーモア。若いころは親の言うことが古く見えるが、自分が成長すると、その言葉の重みが分かるようになる。親子の関係をやわらかく語る言葉として人気がある。
- 93
「歴史はくり返さないが、韻を踏む。」
マーク・トウェインの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
History does not repeat itself, but it rhymes.
本当の出どころトウェインの言葉として引かれるが、根拠はない。英語版Wikiquoteによれば、この形で現れる最も古い例は1970年で、それ以前にも似た言い回しをさまざまな人が使っていた。
出典:本人の著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
歴史はまったく同じ形では起こらないが、よく似た流れが形を変えてまた起こるという意味。過去の出来事を学べば、これから起こりそうなことの見当がつくという、歴史を学ぶ価値を語る言葉である。
- 94
「私はまだ学んでいる。」
ミケランジェロの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(イタリア語)
Ancora imparo.
本当の出どころミケランジェロが87歳で言った言葉として知られるが、確かな記録はない。英語版Wikiquoteによれば、この銘句は16世紀に広く使われていたもので、別の画家ジュンタロディの素描に書かれていた。1806年に英国で出たミケランジェロの伝記がその素描をミケランジェロの作と誤ったことから、彼の言葉とされるようになった。
出典:16世紀に広まった銘句。1806年の英国の伝記で誤ってミケランジェロの作品とされた素描に添えられていた(英語版Wikiquote「Misattributed」)
どれほど年を重ね、どれほど名をなしても、学ぶことに終わりはないという謙虚な姿勢を表す言葉。もともとは、老人が子どもに返って学び直す姿を描いた絵に添えられた銘句だった。
- 95
「一本の矢はたやすく折れるが、三本束ねれば容易には折れない。」
元就の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ毛利元就が死の床で三人の息子に矢を折って見せたという「三本の矢」の話は有名だが、作り話とされる。元就が1557年に三人の息子に書いた「三子教訓状」は兄弟の結束を説いているが、矢の話は出てこない。また長男の隆元は元就より先に亡くなっており、臨終に三人がそろうことはありえなかった。江戸時代の「前橋旧蔵聞書」の、多くの子に矢の束を示した話が変化したとみられる。
出典:「三矢の訓え」。毛利元就の「三子教訓状」(1557年)には矢の話はない
一人ひとりの力は弱くても、力を合わせれば簡単には崩れない強さになるという教え。兄弟や仲間の団結の大切さを伝える話として、今も学校やスポーツチームでよく使われている。
- 96
「知性の高さも、想像力も、その二つを合わせても、天才は生まれない。愛、愛、愛。それこそが天才の魂である。」
モーツァルトの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Neither a lofty degree of intelligence nor imagination nor both together go to the making of genius. Love, love, love, that is the soul of genius.
本当の出どころモーツァルトの名言として非常に有名だが、英語版Wikiquoteによれば、友人のジャカンがモーツァルトの記念帳(友人たちが言葉を書きこむ帳面)に書きこんだ言葉で、モーツァルト本人の言葉ではない。
出典:ウィーンの友人ジャカン(ジャカン家)がモーツァルトの記念帳に書いた言葉(1787年4月11日)。英語版Wikiquote
頭の良さや想像力だけでは天才にはなれず、心からの愛こそが天才の本質だという意味。モーツァルトの音楽の温かさにぴったりなため本人の言葉とされたが、実際は彼を慕う友人が、記念に書き残した贈る言葉だった。
- 97
「私が完全に自分自身になり、一人きりで、上機嫌な時、着想はもっともよく、豊かに流れてくる。」
モーツァルトの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
When I am, as it were, completely myself, entirely alone, and of good cheer
本当の出どころモーツァルトが作曲のしかたを説明した手紙として19世紀から広く引用されてきたが、英語版Wikiquoteによれば、音楽評論家ヨハン・フリードリヒ・ロホリッツが作った偽の手紙だと考えられている。
出典:モーツァルトの手紙とされる文章(偽作)。英語版Wikiquote
馬車の旅や散歩の時など、一人で気分の良い時に曲の着想が次々と浮かび、頭の中で全体が一度に聞こえるという内容。天才の創作の秘密を語る文として多くの本に引かれたが、本物の手紙ではないことが分かっている。
- 98
「私は人の褒め言葉にも非難にも、まったく注意を払わない。ただ自分の感じるままに従うだけだ。」
モーツァルトの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I pay no attention whatever to anybody's praise or blame. I simply follow my own feelings.
本当の出どころモーツァルトの言葉として名言集で広まっているが、英語版Wikiquoteによれば、出典として挙げられるのは1996年の名言集だけで、手紙など本人の文書には見つからない。
出典:出典なし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
人の評価に振り回されず、自分の感覚を信じて進め、という意味で使われる。実際のモーツァルトは、手紙の中で聴衆の拍手や評判をとても気にしており、この言葉の印象とは少し違う。
- 99
「私はエルバ島を見るまでは有能だった。(Able was I ere I saw Elba)」
ナポレオンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Able was I ere I saw Elba.
本当の出どころナポレオンの言葉ではない(Misattributed)。前から読んでも後ろから読んでも同じになる英語の回文で、ナポレオンは英語をほとんど話さなかった。1848年の新聞の言葉遊びが最古。
出典:1848年、アメリカの新聞にボルチモアの読者「J.T.R.」の作として載った回文
ナポレオンが最初に流されたエルバ島を題材にした英語の言葉遊び。「エルバ島を見るまでは力があった」という意味になるため本人の嘆きのように語られるが、実際は後世の人が作った回文。言葉の面白さを楽しむ例として知られる。
- 100
「どの兵士も、背嚢の中に元帥の杖を入れている。」
ナポレオンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Every soldier carries a Marshal's baton in his knapsack.
本当の出どころナポレオンの言葉ではない(Misattributed)。ナポレオン失脚後に王位についたルイ18世の言葉だとする研究がある。能力主義のナポレオン軍のイメージと重なり、彼の言葉と誤解された。
出典:実際はフランス国王ルイ18世(1824年没)の言葉
どんな一兵卒にも、努力しだいで最高位の元帥にまで出世する可能性がある、という意味。身分ではなく能力で出世できることを示した言葉で、ナポレオン軍の気風を表すとされてきたが、言ったのは別の王だった。
- 101
「一頭のライオンに率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられたライオンの群れに勝る。」
ナポレオンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
An army of sheep led by a lion is better than an army of lions led by a sheep.
本当の出どころナポレオンの言葉として紹介されるが、英語版Wikiquoteによれば、これは古くからあることわざの一つで、アレクサンドロス大王をはじめ多くの将軍や政治家の言葉とされてきた。ナポレオンの言葉としたのは20世紀の伝記である。
出典:ナポレオンの記録になし。古くからのことわざの一つ(英語版Wikiquote「Misattributed」)
集団の強さは、メンバー一人ひとりの能力よりも、それを率いるリーダーの力で大きく変わるという意味。リーダーの役割の重さを語る言葉として、会社やスポーツの場面でよく使われる。
- 102
「イギリスは商店主の国だ。」
ナポレオンの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
England is a nation of shopkeepers.
本当の出どころナポレオンがイギリスをばかにして言った言葉として有名だが、これより前から使われていた表現である。英語版Wikiquoteによれば、経済学者アダム・スミスが1776年の『国富論』で「商店主の国」という言い方を使っており、ナポレオンの言葉かどうかは疑わしい。
出典:アダム・スミス『国富論』(1776年)などに先例(英語版Wikiquote「Misattributed」)
戦士や貴族の国ではなく、商売で生きる人の国だという、イギリスを見下した言い方として知られる。しかし実際には、商売と経済の力こそがイギリスを強くしたともいえ、見方によってはほめ言葉にもなる。
- 103
「月が綺麗ですね」
夏目漱石の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころWikipediaによれば、漱石の著作や記録にこの話はなく、漱石や近しい人から聞いたという文献も存在しない。漱石が「I love you ハ日本ニナキformulaナリ」とメモした記録や、同僚らが「I love youは日本語に訳せない」と述べたことはある。それを踏まえて「西洋人がI love youと言う場面で日本人は『いい月ですね』と言う」という言説が1920年代ごろから現れ、1970年代以降に漱石の逸話として広まったとみられる。
出典:漱石が“I love you”をこう訳せと教えた、という逸話
英語教師の漱石が、生徒の「我君を愛す」という直訳を直して「月が綺麗ですね」と訳させた、というロマンチックな話。とても有名だが、漱石の記録には一切なく、後の時代に作られて漱石の名前と結びついたものと考えられている。
- 104
「人は、壁ばかり築いて、橋を十分に架けていない。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
Les hommes construisent trop de murs et pas assez de ponts.
本当の出どころ1958年のノーベル平和賞の受賞講演で「ニュートンの言葉」として引かれたことから、アイザック・ニュートンの言葉と広まった。英語版Wikiquoteによれば、講演者が指していたのは米国の牧師ジョゼフ・フォート・ニュートン(1880〜1950年)で、彼の著書(1948年)に、恐れから自分の周りに壁を築き、人に橋を架けない人の話がある。
出典:アイザック・ニュートンではない。米国の牧師ジョゼフ・フォート・ニュートンの考えがもと(英語版Wikiquote「Misattributed」)
人は不安や恐れから自分の周りに壁を作って閉じこもりがちで、他人とつながる橋を架けることが足りない、という意味。人と人の間に壁ではなく橋をつくろう、という呼びかけになる。物理学者ではなく、同じ姓の牧師の考えから生まれた言葉である。
- 105
「気配りとは、敵をつくらずに要点を伝える技である。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Tact is the knack of making a point without making an enemy.
本当の出どころ物理学者アイザック・ニュートンの言葉として紹介されることがあるが、実際は米国の広告業者で作家のハワード・W・ニュートン(1903〜1951年)の言葉である。同じ姓だったために、有名な科学者の言葉と取り違えられた。
出典:アイザック・ニュートンの言葉ではない。米国の広告業者ハワード・W・ニュートンの言葉(英語版Wikiquote「Misattributed」)
言うべきことはきちんと伝えながら、相手を傷つけたり怒らせたりしないのが、本当の気配りだという意味。正しいことを言うだけでなく、相手が受け取りやすい言い方を考えることの大切さを教えている。
- 106
「個人は、いつも群れに飲み込まれないよう戦わなければならなかった。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The individual has always had to struggle to keep from being overwhelmed by the tribe.
本当の出どころニーチェの言葉ではない(Misattributed)。実際は『ジャングル・ブック』の作者キップリングが1935年の取材で語ったもの。考え方がニーチェに似ているため、ネットでニーチェの言葉として広まった。
出典:イギリスの作家ラドヤード・キップリング(1936年没)の1935年のインタビュー。『リーダーズ・ダイジェスト』に掲載
周りに合わせず自分らしく生きようとすると、孤独や不安を感じることもある。それでも自分を自分のものにしておく価値は何よりも大きい、という意味。内容はニーチェの思想と響き合うが、作者はキップリング。
- 107
「偉大なものへの道は、静けさを通っていく。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ドイツ語)
Der Weg zu allem Großen geht durch die Stille.
本当の出どころニーチェの言葉ではない(ドイツ語版Wikiquoteの「誤って帰せられた言葉」)。実際はドイツの作家パウル・ケラーの言葉とされる。
出典:ドイツの作家パウル・ケラー(1932年没)の言葉
大きなことを成し遂げるには、騒がしさから離れ、一人で静かに考え積み重ねる時間が欠かせない、という意味。ニーチェが孤独な散歩の中で思索したことと重ねられて広まったが、作者は別の人物。
- 108
「敵意によって敵意が終わることはない。友情によって敵意は終わる。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ドイツ語)
Nicht durch Feindschaft kommt Feindschaft zu Ende, durch Freundschaft kommt Feindschaft zu Ende.
本当の出どころニーチェの言葉ではない(ドイツ語版Wikiquoteの「誤って帰せられた言葉」)。ニーチェは著作で釈迦の言葉として紹介しており、本人も自分の言葉とはしていない。
出典:仏典『法句経(ダンマパダ)』の釈迦の言葉。ニーチェはこれを引用するとき、いつも出典を示していた
恨みに恨みで返していては争いは終わらない。相手と和解し、友情を築くことでしか敵対は終わらない、という仏教の教え。ニーチェが引用したため彼の言葉と思われることがあるが、元は2,000年以上前の釈迦の言葉。
- 109
「踊っている者は、音楽の聞こえない者には狂っているように見える。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Those who dance appear insane to those who cannot hear the music.
本当の出どころニーチェの言葉としてSNSなどで広まっているが、ニーチェの著作にはない。英語版Wikiquoteによれば、この考えが最初に記録されているのはフランスの作家スタール夫人が1813年に書いた『ドイツ論』で、遠くから音楽を聞かずに踊る人々を見ると狂っているように見える、という趣旨が書かれている。
出典:ニーチェの著作になし。スタール夫人『ドイツ論』(1813年)に似た考え(英語版Wikiquote「Misattributed」)
自分の中に信じるものや情熱を持って動く人は、それを知らない人からは理解されず、変わり者に見えることがあるという意味。周りに笑われても、自分の聞いている音楽を信じてよいと励ましてくれる。
- 110
「愛国心だけでは足りない。私はだれに対しても、憎しみや恨みを持ってはならない。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Patriotism is not enough. I must have no hatred or bitterness towards anyone.
本当の出どころナイチンゲールの言葉とされることがあるが、実際は第一次世界大戦中の1915年、ドイツ軍に処刑された英国の看護師イーディス・キャベルが、処刑の前夜に牧師に語った言葉である。同じ英国の看護師だったために取り違えられた。
出典:英国の看護師イーディス・キャベルの処刑前夜の言葉(1915年)(英語版Wikiquote「Misattributed」)
国を愛する気持ちだけでは十分ではなく、敵とされる人々も含めて、だれも憎まない心が大切だという意味。戦争のさなかに、敵味方の区別なく負傷兵を看護した人の言葉として重みがある。
- 111
「めづらしと 誰か見ざらん 世の中の 春にさきだつ 梅の初花」
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ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ同志社女子大学の研究者の論文によると、NHKの歴史番組のエンディングで読み上げられたため八重の歌と誤解した人がいたが、実は詩人・湯浅半月(1943年没)が八重の死後に八重をたたえて詠んだ歌。現存する八重の和歌34首には桜や梅の歌は一首もないという。
出典:八重の歌として紹介されることがあるが、実は湯浅半月が八重の死後に詠んだ歌
世の中の春に先がけて咲く梅の初花を、珍しいと見ない人はいないだろう、という歌。時代に先がけて生きた八重を梅の花にたとえてたたえたもので、本人の作ではない。八重を詠んだ歌が八重の歌として広まった例。
- 112
「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ信長の句ではない。江戸時代後期、平戸藩主・松浦静山の随筆『甲子夜話』に、三人の天下人の性格をホトトギスで詠み分けた作者不明の句として「なかぬなら殺してしまへ時鳥 織田右府」と出てくるのが元。信長の死から200年以上後の記録で、句は後世の人が信長らしさを想像して作ったもの(日本語版Wikiquote・Wikipedia「甲子夜話」)。
出典:松浦静山の随筆『甲子夜話』巻五十三(江戸後期)に、作者不明の句として載る
信長の短気で苛烈な性格を表す句として広く知られるが、本人の言葉ではなく、江戸時代の人が描いた「信長像」である。実際の信長は、家臣の妻に気づかいの手紙を送るなど細やかな面もあったと伝えられ、イメージとのずれに注意したい。
- 113
「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとくなり。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ信長の言葉として広く知られるが、信長が作った言葉ではない。もとは平敦盛の最期を題材にした幸若舞「敦盛」の一節で、信長はこれを好んで舞った。『信長公記』には、桶狭間の戦いに出陣する前にこの一節を舞ったと書かれている。
出典:幸若舞「敦盛」の一節(『信長公記』に信長が舞った記録)
人の世の50年は、天上の世界の時間に比べれば夢や幻のように短くはかないという意味。「人間」はもとは「じんかん」と読み「人の世」を指す。「昔の人の寿命は50年」という意味ではない。
- 114
「すべての人の心には、神の形をした空洞がある。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
There is a God-shaped vacuum in the heart of each man...
本当の出どころパスカルの言葉として英語圏で広く知られるが、この形の文はパスカルの著作にない。『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章425)の「無限の深い淵は、無限で変わらないもの、つまり神によってしか満たされない」という一節を、後の人が分かりやすく言いかえたもの。
出典:パスカルの著作に同じ文はない(英語版Wikiquote「Misattributed」)
人の心には、物やお金では埋められない空しさがあり、それを満たせるのは神だけだという考え。中身は『パンセ』の考えに近いが、「神の形の空洞」というしゃれた言い回しはパスカル自身のものではなく、後の時代に作られた。
- 115
「少しの科学は人を神から遠ざけるが、多くの科学は神へと連れ戻す。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
Un peu de science éloigne de Dieu, beaucoup en rapproche.
本当の出どころパスツールの言葉としてよく引用されるが、フランス語版Wikiquoteによれば本人は書いていない。似た考えはイギリスの哲学者フランシス・ベーコンの『随筆集』の「無神論について」(1597年)にあり、それが言いかえられて広まったと考えられる。
出典:パスツールの著作になし(フランス語版Wikiquote「Citations faussement attribuées」)
浅い知識は信仰を疑わせるが、深く学べば学ぶほど、世界の奥にある大きな存在を感じるようになる、という考え。信仰の厚いパスツールに合うため本人の言葉とされたが、元はベーコンの随筆の考えである。
- 116
「病原菌は何物でもない。体という土壌がすべてだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
Le microbe n'est rien, le terrain est tout.
本当の出どころパスツールが死の床で自説を撤回した言葉として出回っているが、英語版Wikiquoteによれば、病原菌説に反対していた同時代の生理学者クロード・ベルナール(1878年没)の考えを表す言葉とされ、パスツールの言葉ではない。
出典:パスツールの言葉ではない(英語版Wikiquote「Misattributed」)
病気の原因は菌ではなく、体の状態の方にあるという主張。病原菌説を打ち立てたパスツールが最後に考えを改めたという話は、病原菌説に反対する人々によって広められたが、確かな記録はない。
- 117
「困難を乗り越えることが、英雄をつくる。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
It is surmounting difficulties that makes heroes.
本当の出どころパスツールの言葉として紹介されることがあるが、英語版Wikiquoteによれば、ハンガリー独立運動の指導者コシュート・ラヨシュ(1894年没)の言葉とされる。
出典:ハンガリーの政治家コシュート・ラヨシュの言葉(英語版Wikiquote「Misattributed」)
英雄は生まれつきの特別な人ではなく、目の前の困難を乗り越える経験を積むことで英雄になっていく、という意味。数々の困難を乗り越えたパスツールにふさわしく聞こえるが、別の人物の言葉である。
- 118
「賢い者は言うべきことがあるから話し、愚か者は何か言わずにいられないから話す。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Wise men talk because they have something to say; fools, because they would like to say something.
本当の出どころプラトンの言葉として有名だが、英語版Wikiquoteによれば、この形の文はプラトンの著作に見つからない。19世紀アメリカのトライオン・エドワーズが編んだ名言辞典に載っており、『饗宴』などの似た考えが混ざり合ってできたものと考えられている。
出典:プラトンの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
中身のある人は必要な時に話し、中身のない人ほど黙っていられずに話してしまう、という皮肉。言葉の重みは量ではなく中身で決まるという教えで、プラトンらしく聞こえるが、後の時代の名言集の中で形づくられた言い回しである。
- 119
「暗闇を怖がる子どもは簡単に許せる。人生の本当の悲劇は、大人が光を恐れることだ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
We can easily forgive a child who is afraid of the dark; the real tragedy of life is when men are afraid of the light.
本当の出どころプラトンの名言としてネットで非常に多く見られるが、英語版Wikiquoteによれば、どのプラトンの著作にもない。似た考えは、ローマの詩人ルクレティウスの詩をセネカが言いかえた一節にある。
出典:プラトンの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
知らないことを怖がるのは子どもなら当然だが、大人が真実や新しい知識から目をそらすのは悲劇だ、という意味。『国家』の「洞窟のたとえ」を思わせるためプラトンの言葉とされたが、実際の原文には見当たらない。
- 120
「必要は発明の母である。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Necessity is the mother of invention.
本当の出どころプラトンの言葉とされることがあるが、英語版Wikiquoteによれば、19世紀の学者ジャウエットが1871年に『国家』369cを英訳した際、意訳として英語のことわざを当てはめたもので、ギリシャ語の原文にこの文はない。
出典:『国家』369cの英訳(1871年)で付け加えられたことわざ(英語版Wikiquote「Misattributed」)
必要に迫られると、人は工夫して新しいものを生み出す、という意味のことわざ。『国家』では、人が一人では生きられず、必要を満たすために国ができると論じる箇所があり、そこを訳した人が分かりやすいことわざを使ったため、プラトンの言葉と誤解された。
- 121
「勇気とは、何を恐れ、何を恐れなくてよいかを知ることである。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Courage is knowing what to fear and what not to fear.
本当の出どころプラトンの言葉として広まっているが、この短い形の文は著作にない。英語版Wikiquoteによれば、20世紀の古典学者が『プロタゴラス』360dの「何が恐ろしく何が恐ろしくないかについての知恵」という議論を要約した言葉が、プラトンの名言として独り歩きしたもの。
出典:プラトンの著作にこの形はない(英語版Wikiquote「Misattributed」)
勇気とは、何も恐れないことではなく、本当に恐れるべきものと、恐れなくてよいものを見分ける知恵だ、という意味。考え方は『プロタゴラス』の議論に基づいているが、短い名言の形は後の時代の要約である。
- 122
「戦争の終わりを見たのは、死者だけである。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Only the dead have seen the end of war.
本当の出どころプラトンの言葉として軍人の演説などで引かれてきたが、プラトンの著作にはない。確認できる最も古い例はスペイン生まれの哲学者ジョージ・サンタヤナの1922年の著作で、彼はだれかの引用としてではなく自分の文として書いている。
出典:プラトンの著作になし。哲学者サンタヤナ(1922年)の文(英語版Wikiquote「Misattributed」)
人間の歴史から戦争がなくなることはなく、生きている者は次の戦いを目にすることになるという重く悲しい見方。平和は自然に続くものではなく、守る努力が要るという戒めとしても読める。
- 123
「親切であれ。あなたが出会うだれもが、厳しい戦いをしているのだから。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Be pitiful, for every man is fighting a hard battle.
本当の出どころプラトンやフィロンの言葉として広まっているが、どちらの著作にもない。もとはスコットランドの牧師で作家のイアン・マクラーレン(本名ジョン・ワトソン)が1897年のクリスマスに雑誌に寄せた「思いやり深くあれ、人はみな厳しい戦いをしているのだから」という言葉である。
出典:イアン・マクラーレン(ジョン・ワトソン)『ブリティッシュ・ウィークリー』(1897年)(英語版Wikiquote「Misattributed」)
だれもが人には見せない悩みや苦しみを抱えて生きている。だから相手の事情を知らなくても、まずやさしく接しようという意味。きつい態度の人にも何かわけがあるかもしれないと想像する心を教えている。
- 124
「音楽は宇宙に魂を、心に翼を、想像力に飛ぶ力を与える。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Music gives a soul to the universe, wings to the mind, flight to the imagination.
本当の出どころこの言葉はプラトンの著作には存在しない。英語版Wikiquoteによれば、英国の銀行家で学者のジョン・ラボックが19世紀末に出した『人生の喜び』第2部で、プラトンの言葉として紹介したのが始まりとみられる。プラトン自身は音楽が人の心を形づくると考えていたが、この文はない。
出典:プラトンの著作になし。19世紀英国の本で初めてプラトンの言葉とされた(英語版Wikiquote「Misattributed」)
音楽は人の心を動かし、想像を広げ、世界に生き生きとした意味を与えるという、音楽をたたえる言葉。音楽を学ぶ人や、音楽に救われた経験を持つ人に好まれている。言葉にできない気持ちを伝える音楽の力を、短く美しく言い表している。
- 125
「聞いたことは忘れる。見たことは覚える。やったことは分かる。」
論語の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I hear and I forget. I see and I remember. I do and I understand.
本当の出どころ英語版Wikiquoteは「Misattributed」に入れ、元は荀子(孔子より約二百年後の儒家)の『荀子』だとしている。英語圏で教育の標語として広まる中で孔子の言葉にされた。荀子の原文も「聞くより見る、見るより知る、知るより行う」という順番の話で、英語の形とは少し違う。
出典:孔子ではなく『荀子』儒效篇の「不聞不若聞之,聞之不若見之,見之不若知之,知之不若行之」が元とされる
体験して学ぶことの大切さを言った言葉として、学校や研修でよく引かれる。考え方そのものは儒家の伝統に沿っているが、孔子ではなく荀子の文が英語で言い換えられたもの。出典を示すなら「荀子」とするのが正確である。
- 126
「最大の栄光は一度も倒れないことではなく、倒れるたびに起き上がることにある。」
論語の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Our greatest glory is not in never falling, but in rising every time we fall.
本当の出どころ孔子の言葉として広まっているが、『論語』にはない。英国の作家オリバー・ゴールドスミスが1760年から書いた『世界の市民』の一節で、架空の中国人旅行者が英国を語るという設定の作品だったため、のちに孔子の言葉と思われるようになった。
出典:ゴールドスミス『世界の市民』(1760〜61年)(英語版Wikiquote「Oliver Goldsmith」)
失敗しないことよりも、失敗してもあきらめずに立ち上がることに本当の価値があるという意味。日本のことわざ「七転び八起き」と同じ心を表しており、つまずいた人を励ます言葉として人気がある。
- 127
「ロープの端まで来てしまったら、結び目を作ってしがみつけ。」
フランクリン・ルーズベルトの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
When you reach the end of your rope, tie a knot in it and hang on.
本当の出どころルーズベルトの言葉ではない(Misattributed)。見つかっている最も古い例は1919年の雑誌で、ルーズベルトとは結びつけられず、昔からの知恵として紹介されている。
出典:出典不明。最も古い例は1919年の『LIFE』誌で、作者不明の生活の知恵として紹介されている
「ロープの端まで来る」は英語で「もう限界」という意味の言い回し。もう限界だと思ったときも、結び目を作ってしがみつけば、まだ持ちこたえられる、という励まし。困難に耐えた大統領の言葉として広まったが、作者は不明。
- 128
「政治では、偶然起きることは何もない。何かが起きたなら、それはそう計画されていたのだ。」
フランクリン・ルーズベルトの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
In politics, nothing happens by accident. If it happens you can bet it was planned that way.
本当の出どころルーズベルトの言葉ではない(Misattributed)。この形で言った記録はない。実際の演説では「私たちは偶然ではなく、計画してそうしているから、以前より確かに立ち直りつつある」と、景気回復について語っており、陰謀めいた意味はなかった。
出典:記録なし。1935年10月23日のシタデル(陸軍士官学校)での演説の一節を、後の人が言い換えたものとみられる
政治の出来事はすべて裏で計画されている、という陰謀論のような意味で広まった言葉。だが元の演説は、景気回復は偶然ではなく計画的な政策の成果だ、という前向きな話だった。言葉が切り取られて意味が変わる典型的な例。
- 129
「魚を与えれば一日食べられる。釣り方を教えれば一生食べられる。」
老子の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Give a man a fish and you feed him for a day. Teach him how to fish and you feed him for a lifetime.
本当の出どころ英語版Wikiquoteの「Misattributed」にあり、出どころは不明とされる。老子のほか、孔子や管仲の言葉ともされるが、『老子』(道徳経)にこの文は無い。英語圏で広まったことわざが、東洋の古典の言葉として紹介されるようになったもの。
出典:『老子』には無い。作者不明のことわざ
物を与えるより、自分で手に入れる力を身につけさせるほうが本当の助けになる、という意味。教育や支援の考え方としてよく使われる。内容は良いが老子の言葉ではない。老子で近いのは、目立たず人々に「自分たちでやった」と思わせる指導者を最上とする第17章である。
- 130
「自然に帰れ。」
ルソーの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
Retour à la nature.
本当の出どころルソーの思想を表す言葉として教科書にも出てくるが、ルソー自身がこの言葉を書いたとは確かめられていない。日本語版Wikipediaによれば、「自然に帰れ」は18世紀後半の思想界で広く使われた言葉で、ディドロが書いたとされる文章に出てくることから、のちにルソーの名前と結びついたという説がある(1959年の研究論文)。
出典:ルソーの著作にこの形の言葉はないとする説(日本語版Wikipedia「自然に帰れ」)
文明や社会が人間をゆがめてしまったので、人間が本来持っていた善良さや自由を取りもどそうという考え。原始の生活に戻れという意味ではなく、社会の中で人間らしさを回復しようという呼びかけと理解されている。
- 131
「計画のない目標は、ただの願い事にすぎない。」
サン=テグジュペリの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
A goal without a plan is just a wish.
本当の出どころWikiquoteでは真偽不明(Disputed)の欄だが、見つかる最古の例は1995年の本で、作者不明のことわざとして紹介されている。数年そのまま出回った後、2007年ごろからサン=テグジュペリの言葉とされるようになった。本人の作品には見当たらない。
出典:1995年のダイエットの本に、作者不明のことわざとして載ったのが最古
目標を立てるだけでは夢と変わらず、いつまでに何をするかという計画があって初めて実現に近づく、という意味。役に立つ教えだが、サン=テグジュペリとは関係のない、作者不明の言葉。
- 132
「健康がすべてではないが、健康がなければすべては無である。」
ショーペンハウアーの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ドイツ語)
Die Gesundheit ist zwar nicht alles, aber ohne Gesundheit ist alles nichts.
本当の出どころショーペンハウアーの名言としてドイツ語圏で特に有名だが、この形の文は著作にない。ドイツ語版Wikiquoteによれば、『幸福について』第2章の「幸せの10分の9は健康にかかっている」などの箇所を、分かりやすく言いかえた形である。
出典:ショーペンハウアーの原文にこの形はない(ドイツ語版Wikiquoteの注記)
健康だけで幸せになれるわけではないが、健康を失えば他のすべても意味を失う、という意味。ショーペンハウアーの考えをうまくまとめているため、本人の言葉として広まったが、本当の原文はもう少し長く、健康の大切さを具体的に論じている。
- 133
「人は自分の欲することを行うことはできる。しかし、自分が何を欲するかを欲することはできない。」
ショーペンハウアーの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ドイツ語)
Der Mensch kann tun was er will; er kann aber nicht wollen was er will.
本当の出どころショーペンハウアーの言葉として、アインシュタインが引用したことでも有名だが、この短い形の文は著作にない。ドイツ語版Wikiquoteによれば、懸賞論文『意志の自由について』の「あなたは欲することを行える。しかし、どの瞬間にも、ある決まったことしか欲することができない」という議論を、後に短くまとめた形である。
出典:この形はショーペンハウアーの原文にない(ドイツ語版Wikiquoteの注記)。もとは『意志の自由について』
行動は自分の意志で選べるが、何を望むかという意志そのものは、自分で自由に選べるものではない、という意味。人間の自由には限界があるという深い考えで、アインシュタインは他人に寛容になる理由としてこの考えを大切にしたと言われる。
- 134
「すべての真理は三つの段階を経る。まず笑われ、次に激しく反対され、最後に当然のこととして受け入れられる。」
ショーペンハウアーの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
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原文(英語)
All truth passes through three stages. First, it is ridiculed. Second, it is violently opposed. Third, it is accepted as being self-evident.
本当の出どころショーペンハウアーの言葉として広まっているが、この形の文は彼の著作にない。英語版Wikiquoteによれば、『意志と表象としての世界』初版の序文の最後にある「真理には、逆説として退けられる長い時期と、つまらないものとして軽んじられる長い時期の間に、短い勝利の時しか許されない」という趣旨の一節を、不正確に言いかえたものである。
出典:ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』初版序文(1819年)の不正確な言いかえ(英語版Wikiquote)
新しい考えは、最初はばかにされ、次に強く反対され、やがて当たり前のことになるという意味。新しいことに取り組む人を励ます言葉として使われる。もとの序文はむしろ、真理が認められる時間の短さを嘆く、皮肉な文だった。
- 135
「一期一会。」
千利休の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ「一期一会は千利休の言葉」とよく紹介されるが、利休の弟子・山上宗二が記したのは「一期に一度の会のように」という文で、「一期一会」という四字の形で茶の湯の心得として打ち出したのは、幕末の大老・井伊直弼の『茶湯一会集』(巻頭)である。考え方は利休にさかのぼるが、言葉そのものは直弼のもの。
出典:井伊直弼『茶湯一会集』(幕末)
意味:一生に一度だけの出会いと思って、その時を大切にすること。利休の教えを受けた井伊直弼が、茶会の主人と客が心を尽くすべきことを四字にまとめた。今では茶道を離れて、人との出会い全般を大切にする言葉として使われている。
- 136
「私たちは人生のためではなく、学校のために学んでいる。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ラテン語)
Non vitae sed scholae discimus.
本当の出どころよく知られる「学校のためでなく人生のために学ぶ(Non scholae sed vitae discimus)」はセネカの言葉としてそのままの形では存在しない。原文は逆で、役に立たない理屈ばかり学ぶ当時の哲学の授業を皮肉った嘆きだった。後の時代に語順を入れかえた形が学校の標語として広まった。
出典:『道徳書簡』第106書簡 第12節
セネカは、細かすぎる言葉の議論に夢中になる学者を批判し、「私たちは生きるためでなく教室のために学んでいる」と嘆いた。本来の意味は「学びを人生に生かしていない」という反省であり、有名な標語と結論は同じでも、言い方は正反対である。
- 137
「幸運とは、準備が機会に出会ったときに起こるものだ。」
セネカの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Luck is what happens when preparation meets opportunity.
本当の出どころセネカの言葉として広まったのは1990年代からで、著作には見つからない。1912年のアメリカの雑誌に作者名なしで似た文が載っている。『恩恵について』第7巻に準備の大切さを説く一節はあるが、「幸運」という言葉は出てこない。
出典:セネカの著作になし(英語版Wikiquote「Disputed」)
運がいい人とは、日ごろから準備をしていて、チャンスが来た時にそれをつかめる人だという考え。内容は多くの人を励ますが、古代ローマの哲学者の言葉ではなく、近代の英語の言い回しにセネカの名前が後から付けられたものと考えられる。
- 138
「愛されたいなら、愛せ。」
セネカの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ラテン語)
Si vis amari, ama.
本当の出どころセネカの書簡に出てくるが、セネカ自身が「ヘカトンが言うには」と、ギリシャのストア派の哲学者ロドスのヘカトンの言葉として引用している。セネカの言葉として紹介されることが多いが、本当の作者はヘカトン。
出典:『道徳書簡』第9書簡 第6節(ヘカトンの言葉の引用)
薬もおまじないも使わずに人から愛される方法がある、それは自分から愛することだ、という意味。セネカは友情について書いた手紙でこの言葉を引き、友だちは待っていてできるものではなく、自分から心を向けることで生まれると説いた。
- 139
「人に抜きん出たいという願いほど、ありふれたものはない。」
シェイクスピアの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Nothing is so common-place as to wish to be remarkable.
本当の出どころシェイクスピアの言葉ではない(Misattributed)。アメリカの医師・作家ホームズが1858年に書いた言葉で、テレビドラマでシェイクスピアの言葉として紹介されたことから誤解が広まった。
出典:オリバー・ウェンデル・ホームズ(父、1894年没)『朝食テーブルの独裁者』(1858) 第12章
特別な人になりたい、目立ちたいという気持ちは、実は誰もが持っているごく普通の願いだ、という皮肉。人と違うことを求めるより、自分らしく地道に生きることの方が本当は難しく価値がある、と考えさせる言葉。
- 140
「あなたを傷つけた者は、あなたより強いか弱いかのどちらかだ。弱いなら許してやれ。強いなら自分を大事にせよ。」
シェイクスピアの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ラテン語)
Aut potentior te aut inbecillior laesit: si inbecillior, parce illi, si potentior, tibi.
本当の出どころシェイクスピアの言葉とされることがあるが、実際は古代ローマの哲学者セネカが『怒りについて』第3巻第5章に書いた言葉である。英語版Wikiquoteがシェイクスピアの誤った引用として挙げている。
出典:セネカ『怒りについて』第3巻第5章(英語版Wikiquote「William Shakespeare」Misattributed)
傷つけてきた相手が自分より弱いなら大目に見てやればよいし、強いなら争って自分が傷つくより、身を守るほうがよいという意味。どちらにしても仕返しにこだわらず、怒りを手放そうという教えである。
- 141
「成功とは、一度も失敗しないことではなく、同じ失敗を二度しないことにある。」
バーナード・ショーの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Success does not consist in never making blunders, but in never making the same one a second time.
本当の出どころバーナード・ショーの言葉として紹介されることがあるが、英語版Wikiquoteによれば、アメリカのユーモア作家ジョシュ・ビリングズ(本名H・W・ショー、1885年没)の言葉で、1874年の雑誌に引用されている。同じ「ショー」という名前のために取り違えられたと考えられる。
出典:アメリカのユーモア作家ジョシュ・ビリングズ(本名ヘンリー・ウィーラー・ショー)の言葉。英語版Wikiquote「Misattributed」
失敗をしないことが成功なのではなく、失敗から学んで同じ間違いをくり返さないことが成功なのだ、という意味。中身はよく知られた教訓だが、作者は名字が同じ別のショーだったという、名言にありがちな取り違えの例である。
- 142
「少年老い易く学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず。」
朱子の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(漢文)
少年易老學難成 一寸光陰不可輕
本当の出どころ中国・宋の学者朱熹(朱子)の詩「偶成」として長く教えられてきたが、朱熹の詩文集には見当たらない。日本語版Wikipediaによれば、この詩は室町時代の日本の禅僧たちの詩集に別の題で収められており、最も古い本文は観中中諦の『青嶂集』の「進学斎」である。朱熹の作とされたのは明治時代の漢文の教科書からで、今では日本の五山僧の作である可能性が最も高いとされる。
出典:朱熹「偶成」とされてきた漢詩。古い写本では日本の五山僧の作として伝わる
若いうちはまだ時間があると思っていても、すぐに年をとり、学問は思うように身につかない。だからわずかな時間もむだにしてはいけないという教え。勉強の大切さを説く言葉として、今も学校でよく使われる。
- 143
「多くのことをやりとげる一番の近道は、一度に一つのことだけをすることだ。」
スマイルズの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The shortest way to do many things is to do only one thing at once.
本当の出どころスマイルズの名言として紹介されることが多いが、『自助論』の中でスマイルズは、イギリスの牧師リチャード・セシル(1810年没)の口ぐせとして紹介している。スマイルズ自身の言葉ではない。
出典:『自助論』第9章「実務家」でのリチャード・セシルの言葉の紹介
あれもこれもと同時に手をつけるより、一つずつ集中して片づける方が、結果的に早く多くのことができるという意味。セシルは仕事が驚くほど速い人で、後回しにせず一つを終えてから次に移ったと、スマイルズは紹介している。
- 144
「思いの種をまけば行いを刈り取り、行いの種をまけば習慣を刈り取り、習慣の種をまけば人格を刈り取り、人格の種をまけば運命を刈り取る。」
スマイルズの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Sow a thought, and you reap an act; Sow an act, and you reap a habit; Sow a habit, and you reap a character; Sow a character, and you reap a destiny.
本当の出どころスマイルズの言葉として日本でも有名だが、英語版Wikiquoteによれば、1881年の雑誌に作者名なしで載ったもので、スマイルズは1887年の著書でそれを引用しただけ。アメリカの牧師ジョージ・ダナ・ボードマン(1903年没)の言葉とされることが多く、エマソンなどの名で紹介されることもある。
出典:1881年の雑誌に作者名なしで載った言葉(英語版Wikiquote「Misattributed」)
心の中の小さな思いが行動になり、行動がくり返されて習慣になり、習慣が人柄をつくり、人柄が人生を決めていく、という意味。毎日の小さな思いと行いの大切さを分かりやすく示した言葉として、作者がはっきりしないまま世界中で愛されている。
- 145
「悪法もまた法なり。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ラテン語)
Dura lex, sed lex.
本当の出どころソクラテスが死刑判決に従って毒杯を飲んだことから「悪法もまた法なり」と言ったとされるが、プラトンの著作にこの言葉は無く、ソクラテス裁判を研究した加来彰俊も、言った証拠はどこにもないと指摘している。ラテン語の格言「Dura lex, sed lex(法は厳しいが、それでも法である)」の訳が、ソクラテスの話の例として結びつけられたと言われる。
出典:プラトンの著作には無い。ラテン語の法格言の訳がソクラテスの話と結びついて広まったとされる
ソクラテスが脱獄を断った理由は『クリトン』に書かれていて、「悪法でも従え」という話ではなく、「自分が正しいと考えてきたことに背いて不正をしない」という話である。この誤伝は、権力に都合のよい理屈として広まったと見る人もいる。
- 146
「汝自身を知れ。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(原文)
Γνῶθι σεαυτόν
本当の出どころソクラテスの言葉として紹介されることが多いが、もとはデルポイのアポロン神殿に刻まれていた格言で、ソクラテスより前からあった。古代ギリシャの七賢人(ソロンやタレスなど)の言葉とする伝えもある。ソクラテスは対話の中でこの格言をよく引いた(英語版Wikiquote・日本語版Wikipedia)。
出典:デルポイのアポロン神殿に刻まれていた格言。ソクラテス以前からある
もともとは「人間は神ではないのだから、身の程をわきまえよ」という戒めだった。ソクラテスはこれを「自分の無知を知れ」という意味に深め、哲学の出発点にした。ソクラテスが作った言葉ではないが、ソクラテスが生き方で示した言葉とは言える。
- 147
「ぜひ結婚しなさい。良い妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば哲学者になれる。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
By all means, marry. If you get a good wife, you'll become happy; if you get a bad one, you'll become a philosopher.
本当の出どころ英語版Wikiquoteによると、古代の出典は見つからず出どころは不明。1955年の英語のスピーチ集ではイギリスの文筆家シドニー・スミスの言葉とされ、1935年・1949年の本にも別の形がある。ソクラテスの妻クサンティッペが悪妻として有名だったことから、ソクラテスの言葉にされたとみられる。
出典:古代の文献には無い。出どころ不明で、20世紀の英語の本で広まった
妻クサンティッペが「悪妻」として語り継がれたため、ソクラテスにぴったりの冗談として広まった言葉。ただし古代の記録には無く、20世紀の英語の本が出どころである。クサンティッペの悪妻像も、後の時代に話がふくらんだ面があるとされる。
- 148
「今の若者はぜいたくを好み、行儀が悪く、権威をばかにし、年長者を敬わない。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
The children now love luxury; they have bad manners, contempt for authority; they show disrespect for elders…
本当の出どころ「今どきの若者は」と嘆く言葉の代表としてソクラテス作とされるが、英語版Wikiquoteによると、ケネス・ジョン・フリーマンが1907年の著書『Schools of Hellas』で古代の若者への不満を自分の言葉で要約した文が、ソクラテスの言葉として広まったもの。古代の原文は無い。
出典:古代の文献には無い。1907年の英国の本『Schools of Hellas』の要約文が元
「いつの時代も年長者は若者を嘆く」という話の証拠としてよく使われるが、実はこれ自体が20世紀に作られた文である。若者批判の言葉が、ソクラテスの権威を借りて広まった例として覚えておくとよい。
- 149
「教育とは、器を満たすことではなく、火をともすことである。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Education is the kindling of a flame, not the filling of a vessel.
本当の出どころ英語版Wikiquoteによると、ソクラテスの出典は無く、この形は1990年代に初めて現れた。プルタルコス(1〜2世紀)の『聴くことについて』にある「心は満たすべき器ではなく、燃やすべき薪である」という趣旨の文が元とみられ、詩人イェイツの言葉とされることもある。
出典:ソクラテスの出典は無い。1990年代に現れ、プルタルコスの文が元になったとみられる
知識を詰め込むより、学ぶ意欲に火をつけるのが本当の教育だ、という考え。教育者の間でよく引かれるが、ソクラテスの言葉ではない。元になった考えはプルタルコスのもので、ソクラテスの問答法の精神とは通じるところがある。
- 150
「三十六計、逃げるに如かず。」
孫子の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(漢文)
檀公三十六策,走是上計。
本当の出どころ「孫子の兵法」と思われがちだが『孫子』には無い。元は『南斉書』王敬則伝で、南朝宋の将軍・檀道済の策について「三十六策のうち逃げるのが上策」と言った話。兵法書『三十六計』は明末清初ごろの作者不明の本で、孫子より二千年ほど後のもの。
出典:『南斉書』王敬則伝(6世紀の歴史書)。『孫子』には無い
どうにもならない時は、逃げて身を守るのが一番の策だという意味。孫子も勝ち目のない戦いは避けよと説いているので考え方は近いが、言葉そのものは別の本から来ている。「孫子曰く」と言うのは間違いなので注意したい。
- 151
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」
高杉晋作の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ高杉の名言として紹介されることがあるが、高杉本人の言葉ではない。Wikipediaの「評価」の項に、伊藤博文が高杉を評した言葉として「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し、衆目駭然、敢て正視する者なし。これ我が東行高杉君に非ずや」が載る。後輩が先輩をたたえた言葉が、本人の言葉と取り違えられている。
出典:伊藤博文が高杉を評した言葉(顕彰碑の碑文)
いったん動けば雷のように速く激しく、口を開けば嵐のように人を圧倒する。人々は驚いて正面から見ることもできなかった、という高杉への賛辞。功山寺挙兵などで一気に流れを変えた高杉の行動力を、そばで見ていた伊藤が表現した。
- 152
「自分にできることを、今持っているもので、今いる場所でやれ。」
セオドア・ルーズベルトの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Do what you can, with what you've got, where you are.
本当の出どころルーズベルトの言葉として非常に有名だが、本人は自伝の中で、バージニア州ワイドナーズ・バレーの「スクワイア・ビル・ワイドナー」という人物の言葉として紹介している。英語版Wikiquoteも、ルーズベルト作とするのは誤りだと注記している。
出典:『セオドア・ルーズベルト自伝』第9章(1913年)でのビル・ワイドナーの言葉の紹介
条件が整うのを待たず、今の自分の力と持ち物で、今いる場所からできることを始めよ、という意味。ルーズベルトはこの言葉を気に入って自伝で紹介し、それが広まるうちに本人の言葉として覚えられるようになった。
- 153
「決断の時に一番よいのは正しいことをすること、次によいのは間違ったことをすること、最も悪いのは何もしないことだ。」
セオドア・ルーズベルトの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
In any moment of decision the best thing you can do is the right thing, the next best thing is the wrong thing, and the worst thing you can do is nothing.
本当の出どころルーズベルトの言葉として広まったのは20世紀末から。英語版Wikiquoteによれば、元になったのは1910年に作家アルフレッド・ヘンリー・ルイスがルーズベルトについての記事を宣伝した広告の文句で、当時の雑誌には「一番よいのは正しいことをすること…最悪なのはじっと立ち止まること」という形で載っている。
出典:本人の演説・著作に確認できず(英語版Wikiquote「Disputed」)
迷って何もしないことが一番悪く、間違っていても動けば学びがあるという考え。行動派だったルーズベルトの人柄に合うため本人の言葉とされたが、実際は彼について書いた作家の宣伝文句が元で、それが言いかえられて広まった。
- 154
「成功はたいてい、成功を探すのに忙しすぎない人にやって来る。」
ソローの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Success usually comes to those who are too busy to be looking for it.
本当の出どころソローの名言として広まっているが、英語版Wikiquoteによれば著作に見つからない。1942年のアメリカの鉄道員向けの雑誌に、作者名なしで似た文が載っている。
出典:ソローの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
成功ばかりを追い求めるより、目の前の仕事に夢中で打ち込んでいる人のところに、成功は自然とやって来る、という意味。働く人を励ます言葉として親しまれているが、ソローの死後80年ほどたってから現れた作者不明の言葉である。
- 155
「熱意を失った人ほど年老いた人はいない。」
ソローの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
None are so old as those who have outlived enthusiasm.
本当の出どころソローの言葉として1886年と1894年の本で紹介されたのが早い例だが、英語版Wikiquoteによれば、ソローの著作の中には見つからない。
出典:ソローの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
人を本当に老けさせるのは年齢ではなく、何かに夢中になる心を失うことだ、という意味。年を取っても熱意を持ち続ける人は若々しい。ソローらしく聞こえるため、彼の死後まもなく本人の言葉として紹介され始めたが、出典は確かめられていない。
- 156
「たいていの人は静かな絶望の中で生き、心の中の歌を歌わないまま墓に入る。」
ソローの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Most men lead lives of quiet desperation and go to the grave with the song still in them.
本当の出どころ前半の「たいていの人は静かな絶望の生活を送っている」はソローの『ウォールデン』(1854年)に実際にある文だが、「心の中の歌を歌わないまま墓に入る」という後半は本人の文ではなく、後から付け足されたものである。英語版Wikiquoteはこの全体を誤った引用としている。
出典:ソロー『ウォールデン』(1854年)の一文に、後から別の文が付け足されたもの(英語版Wikiquote「Misattributed」)
多くの人は本当にやりたいことを胸にしまったまま、あきらめて日々を過ごしてしまうという意味。だからこそ、自分の中の「歌」、つまり夢や願いを表に出して生きようと呼びかける言葉として使われる。
- 157
「幸せは蝶のようなものだ。追いかけるほど逃げていくが、ほかのことに心を向けていると、そっと肩にとまる。」
ソローの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Happiness is like a butterfly: the more you chase it, the more it will elude you, but if you turn your attention to other things, it will come and sit softly on your shoulder.
本当の出どころソローの言葉として広まっているが、ソローとの結びつきは裏づけがない。英語版Wikiquoteによれば、調査サイトが見つけた最も古い例は1848年6月、米国ニューオーリンズの新聞『デイリー・クレセント』に「L」という署名で載った文である。
出典:ソローの著作になし。1848年のニューオーリンズの新聞が最古(英語版Wikiquote「Misattributed」)
幸せを手に入れようと必死に追いかけると、かえって遠ざかってしまう。目の前のことに打ちこんでいるうちに、幸せは自然にやってくるという意味。幸せを目的にしすぎない生き方をすすめている。
- 158
「人の一生は、重い荷を背負って遠い道を行くようなものだ。急いではいけない。」
徳川家康の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ家康の遺訓として有名だが、偽作とされる(日本語版Wikiquote・Wikipedia)。江戸時代後期にはまず水戸の徳川光圀の言葉として広まり、天保6年(1835年)に家康の言葉として本に載ったことから家康の遺訓とされるようになった。明治11年(1878年)ごろ、元旗本の池田松之助が家康の署名と花押を入れたものを日光東照宮に奉納し、さらに広まったという。
出典:「東照宮御遺訓」(家康の遺訓とされる文)。江戸後期以降に広まった
人生は長く重い道のりだから、焦らず一歩ずつ進め、という教え。忍耐の人・家康のイメージにぴったりなので、家康の言葉として定着した。内容そのものは今も多くの人を励ましているが、本人が書いたものではないことは知っておきたい。
- 159
「堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え。」
徳川家康の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ「人の一生は重荷を負うて」で始まる「東照宮御遺訓」の一節で、遺訓全体が家康の作ではないとされる(成立の事情は同じ)。
出典:「東照宮御遺訓」の一節
がまんすることが、平和に長く続くための土台であり、怒りは自分を滅ぼす敵だと思え、という教え。怒りにまかせた行動が失敗を招くことは、誰もが経験から知っている。遺訓の中でも特によく引用される一節である。
- 160
「及ばざるは過ぎたるより勝れり。」
徳川家康の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ「東照宮御遺訓」の結びの言葉で、遺訓全体が家康の作ではないとされる。『論語』の「過ぎたるは猶お及ばざるがごとし」(やり過ぎは足りないのと同じ)をさらに一歩進めて、「足りないほうがやり過ぎよりまし」と言い換えている。
出典:「東照宮御遺訓」の結びの一節
何事もやり過ぎるより、少し足りないくらいのほうがよい、という意味。『論語』の「過ぎたるは猶お及ばざるがごとし」を下敷きにして、控えめさをさらに重んじた言い方になっている。食べすぎや言いすぎを戒める言葉としても使える。
- 161
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。」
徳川家康の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ徳川家康の遺訓として有名だが、家康の言葉ではないとされる。日本語版Wikipediaによれば、江戸時代後期に水戸藩主・徳川光圀の言葉として広まっていたものが、1835年(天保6年)の本で「東照御神君(家康)の教え」とされたことで家康の言葉という説が生まれた。明治11年(1878年)ごろ、元旗本の人物が家康の署名と花押を入れたものを日光東照宮に奉納している。
出典:「東照宮御遺訓」。家康の署名と花押入りのものは明治11年ごろ日光東照宮に奉納
人生は重い荷物を背負って遠い道のりを歩くようなものだから、あせらず、一歩ずつ着実に進めという教え。続く「不自由を常と思えば不足なし」「堪忍は無事長久の基」などとともに、忍耐の大切さを説いている。
- 162
「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」
徳川家康の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ家康の性格を表す句として有名だが、家康本人が詠んだものではない。江戸時代後期の平戸藩主・松浦静山の随筆『甲子夜話』巻53に、作者の分からない句として三人の天下人のものが並べて載せられており、静山自身も「人が作ったものだろうが、それぞれの人柄によく合っている」と書いている。原文は「なかぬなら鳴まで待よ郭公」。
出典:松浦静山『甲子夜話』巻53(江戸時代後期)
思いどおりにならない時も、あせらずに時が来るのを待つ。家康の忍耐強さを表した句で、長い戦乱を生き抜いて最後に天下を取った生き方をよく言い表している。急がず機が熟すのを待つことも、立派な戦い方の一つだと教えている。
- 163
「幸せになりたいなら、なりなさい。」
トルストイの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(ロシア語)
Если хочешь быть счастливым, будь им.
本当の出どころレフ・トルストイの言葉ではない。遠い親戚にあたるアレクセイ・トルストイ伯爵(1875年没)とジェムチュジニコフ兄弟が作り上げた架空の作家「コジマ・プルトコフ」の格言。20世紀後半の自己啓発書でレフ・トルストイの言葉とされた。ロシア語の原文はロシア語版Wikiquoteの「コジマ・プルトコフ」のページで確認。
出典:架空の作家「コジマ・プルトコフ」の『思索と格言』(週刊誌『イスクラ』1860年)
幸せになるために条件がそろうのを待つ必要はない、幸せでいると決めればよい、という意味。もとはまじめな格言をからかう、ユーモアのある架空の作家の言葉だったが、前向きな名言として広まった。
- 164
「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」
豊臣秀吉の言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ秀吉の性格を表す句として知られるが、秀吉本人の句ではない。江戸時代後期の平戸藩主・松浦静山の随筆『甲子夜話』巻53に、三人の天下人の人柄を表す作者不詳の句として載せられたもので、原文は「鳴かずともなかして見せふ杜鵑」。今は「鳴かぬなら鳴かせてみせよう」の形で広まっている。
出典:松浦静山『甲子夜話』巻53(江戸時代後期)
思いどおりにならない相手でも、知恵と工夫で動かしてみせるという、秀吉の機転と自信を表した句。農民の出から天下人にまでなった秀吉の、あきらめない工夫の力を後の人がこう言い表した。
- 165
「私は絵を夢に見て、それから夢を描く。」
ゴッホの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I dream my picture and then I paint my dream.
本当の出どころゴッホの名言として世界中で使われるが、手紙には見つからない。英語版Wikiquoteによれば、ゴッホの言葉とされたのは1990年代からで、もとはフランスの画家カミーユ・コロー(1875年没)の「私は自分の絵を夢見て、後でその夢を描く」という言葉として1908年ごろから知られていたものを、少し変えた形である。
出典:ゴッホの手紙になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
頭の中で思い描いた夢のような情景を、絵として形にする、という画家の創作を表した言葉。夢のような色彩のゴッホにぴったりに聞こえるため本人の言葉とされたが、本当はひと世代前の風景画家コローの言葉が元になっている。
- 166
「退屈で死ぬくらいなら、情熱で死にたい。」
ゴッホの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I would rather die of passion than of boredom.
本当の出どころゴッホの言葉として有名だが、英語版Wikiquoteによれば、ゴッホではなくフランスの作家エミール・ゾラ(1902年没)の小説『ボヌール・デ・ダム百貨店』の中の言葉。ゴッホはゾラの小説の愛読者だった。
出典:エミール・ゾラの小説『ボヌール・デ・ダム百貨店』(1883年)。英語版Wikiquote「Misattributed」
何もせず退屈に生きるより、情熱を燃やし尽くして生きる方がいい、という激しい言葉。情熱的なゴッホの人生に重ねられて広まったが、実際はゴッホが愛読したゾラの小説の一節である。
- 167
「より良いものは、良いものの敵である。」
ヴォルテールの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
Dans ses écrits un sage Italien Dit que le mieux est l'ennemi du bien
本当の出どころヴォルテールの名言として有名だが、ヴォルテール自身が詩の冒頭で「あるイタリアの賢者が書物の中で言うには」と、イタリアのことわざとして紹介している(フランス語版Wikisource)。広めたのはヴォルテールだが、作者は本人ではない。
出典:物語詩『気むずかし屋の女』冒頭(「イタリアの賢者の言葉」として紹介)
もっと良くしようと手を加え続けると、せっかくの良いものまで台無しにしてしまう、という意味。ヴォルテールは、知恵や優しさは高めてよいが、それ以外では理想を追いすぎず今の幸せを大切にせよと続け、高望みして不幸になる女性の物語を語った。
- 168
「あなたにばかげたことを信じさせられる者は、あなたに残虐なことをさせることもできる。」
ヴォルテールの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
Ceux qui peuvent vous faire croire à des absurdités peuvent vous faire commettre des atrocités.
本当の出どころヴォルテールの名言として世界中で引用されるが、フランス語版Wikiquoteによれば、この形の文は著作にない。『奇跡に関する問い』(1765年)の「道理に合わないことを信じ込ませる権利を持つ者は、不正を行わせる権利も持つ」を、後の人が強い言葉に言いかえたもの。
出典:この形の文はヴォルテールの著作になし(フランス語版Wikiquote「Citations apocryphes」)
考える力を失って人の言葉をうのみにすると、恐ろしい行いにまで引き込まれてしまう、という警告。中身はヴォルテールの本当の考えに近いが、「残虐」という強い言葉を使ったこの言い回しは、後の時代に作られたものである。
- 169
「人々が賢くなればなるほど、人々はより自由になるだろう。」
ヴォルテールの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(フランス語)
Plus les hommes seront éclairés, et plus ils seront libres.
本当の出どころ思想家コンドルセがヴォルテールの『奇跡に関する問い』の言葉として紹介したが、フランス語版Wikiquoteによれば、その著作にこの文は見当たらない。
出典:ヴォルテールの著作に見当たらず(フランス語版Wikiquote「Citations apocryphes」)
人々が知識を身につけ、物事を正しく考えられるようになれば、権力や迷信に支配されず、より自由に生きられるようになる、という啓蒙思想の考え。ヴォルテールの考えをよく表しているが、本人の文としては確かめられていない。
- 170
「あなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを言う権利は命をかけて守る。」
ヴォルテールの言葉?ホント?ウソ? 答えを見る ▼
ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it.
本当の出どころヴォルテールの言葉として世界中で引かれるが、本人の著作や手紙にはない。英語版Wikiquoteによれば、1906年に英国で出版された評伝『ヴォルテールの友人たち』の中で、著者がヴォルテールの考え方を説明するために書いた一文が、のちにヴォルテール本人の言葉として広まった。
出典:ヴォルテールの著作になし。1906年に英国で出たヴォルテールの評伝の一文(英語版Wikiquote「Misattributed」)
自分と違う意見でも、それを口にする自由は守らなければならないという、言論の自由の考えを力強く表した言葉。ヴォルテールの生き方をよく表しているが、本人の言葉そのものではない。
- 171
「うそはつけません。ぼくが、この小さな斧でやったのです。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I cannot tell a lie, I did it with my little hatchet.
本当の出どころ少年ワシントンが父の大切な桜の木を切ったと正直に告白したという有名な「桜の木」の話は、ワシントンの死後に牧師メイソン・ロック・ウィームズが書いた伝記で初めて登場した。ほかに裏づけがなく、作り話と考えられている。
出典:パーソン・ウィームズ『ワシントンの生涯』(1806年版)の逸話(英語版Wikiquote「Spurious」)
正直であることの大切さを子どもに教える話として、アメリカでも日本でも長く語り継がれてきた。しかし実際には、偉人の子ども時代を美しく描くために伝記作家が作った逸話で、ワシントン本人の言葉ではない。
- 172
「政府とは理性でも雄弁でもない。力である!」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Government is not reason, it is not eloquence,—it is force!
本当の出どころワシントンの言葉として政治の議論でよく引かれるが、確かめられる最も古い例は1902年の宗教雑誌の記事で、告別の辞などワシントンの文書にはない。ワシントンの死後100年以上たってから現れた言葉。
出典:1902年の雑誌記事が初出(英語版Wikiquote「Spurious」)
政府は話し合いや説得ではなく、最後は強制する力で動いている、だから政府の力には注意せよ、という主張に使われる言葉。本当らしく聞こえるが、ワシントン本人の手紙や演説にこの言い回しは見つかっていない。
- 173
「神と聖書なしに、世界を正しく治めることは不可能である。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
It is impossible to rightly govern the world without God and the Bible.
本当の出どころ告別の辞の言葉として紹介されることがあるが、そこにはない。英語版Wikiquoteによれば、1836年ごろの短い形に、1893年に禁酒運動家のハワード・H・ラッセルが「正しく」「聖書」を書き足して今の形になった。
出典:告別の辞には無い(英語版Wikiquote「Spurious」)
国を治めるには信仰が欠かせないという主張。ワシントンは告別の辞で宗教と道徳の大切さを語ってはいるが、この言い回しは後の時代に少しずつ言葉が足され、本人の名前で広まったものである。
- 174
「いつも敵を許してやりなさい。それほど敵をいらだたせることはないのだから。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Always forgive your enemies; nothing annoys them so much.
本当の出どころワイルドの名言として非常に有名だが、英語版Wikiquoteによれば、著作にはない。確かめられる最も早い例は、ワイルドの死後半世紀近くたった1949年の別の作家の格言で、1954年ごろからワイルドの言葉とされるようになった。
出典:ワイルドの著作になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
許すことで相手を悔しがらせる、という皮肉の効いた冗談。ワイルドらしい言い回しなので本人の言葉と思われているが、実際に『デ・プロフンディス』で書いたのは「敵を許すのは自分のため、愛が憎しみより美しいから」という、ずっと真剣な言葉だった。
- 175
「私は、何でも知っていられるほど若くはない。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I'm not young enough to know everything.
本当の出どころワイルドの言葉として紹介されることがあるが、英語版Wikiquoteによれば、『ピーター・パン』の作者ジェームズ・M・バリー(1937年没)の戯曲『あっぱれクライトン』のせりふ。
出典:J・M・バリーの戯曲『あっぱれクライトン』(1903年)。英語版Wikiquote「Misattributed」
若者は何でも知っているつもりになりがちだ、という皮肉を、「年を取ったので何でも知るほど若くない」と逆さに言った言葉。ワイルドの逆説の言い回しによく似ているため取り違えられたが、作者は同じ時代の劇作家バリーである。
- 176
「私は仕事が好きだ。仕事には心を奪われる。何時間でも座って眺めていられる。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
I like work: it fascinates me. I can sit and look at it for hours.
本当の出どころワイルドの言葉として出回ることがあるが、英語版Wikiquoteによれば、イギリスのユーモア作家ジェローム・K・ジェローム(1927年没)の小説『ボートの三人男』の一節。
出典:ジェローム・K・ジェローム『ボートの三人男』(1889年)。英語版Wikiquote「Misattributed」
「仕事が好き」と言っておきながら、実は眺めているだけで手は動かさない、という怠け者のユーモア。軽妙な言い回しがワイルドを思わせるため取り違えられたが、同じ時代のユーモア小説の言葉である。
- 177
「ある人はどこへ行っても幸せをもたらし、ある人は去っていくたびに幸せをもたらす。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
原文(英語)
Some cause happiness wherever they go; others whenever they go.
本当の出どころワイルドの言葉として有名だが、英語版Wikiquoteによれば、1908年の保険業界の雑誌に作者名なしで載ったのが早い例で、ワイルドの言葉とされたのは1955年から。著作の中には見つかっていない。
出典:ワイルドの著作になし(英語版Wikiquote「Disputed」)
いるだけで周りを明るくする人もいれば、いなくなると周りがほっとする人もいる、という皮肉。英語の「wherever(どこへ行っても)」と「whenever(去るたびに)」の言葉遊びで、ワイルド風だが作者ははっきりしない。
- 178
「実年者は、今どきの若い者などということを絶対に言うな。」
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ウソ!本人の言葉ではありません
本当の出どころ文中の「実年」は、1985年11月に厚生省が公募で決めた50〜60歳代を指す新語(Wikipedia「実年」による)。1943年に亡くなった山本がこの語を使えるはずがなく、少なくともこの言い回しは本人のものではない。1985年以降に誰かが作り、山本の名を付けて広めたと考えられる。
出典:山本の言葉として出回っている長文の冒頭
年長者は「今どきの若者は」と言うな、自分も若い頃に同じことを言われたはずだ、若者の可能性を見つけてやれ、という内容。言っていることは筋が通っているが、使われている言葉の年代から山本の作ではないことが分かる。
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