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高橋是清の肖像写真
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)

高橋是清の名言

高橋是清|1854〜1936年|日本|政治家・財政家(第20代内閣総理大臣・大蔵大臣)

江戸生まれ、仙台藩の足軽の養子となる。少年時代にアメリカへ渡り、だまされて奴隷同然に売られる苦労もした。帰国後は教師・官僚・日本銀行を経て、日露戦争の戦費を外国債でまかなう交渉に成功した。首相を一度、大蔵大臣を7度務め、昭和恐慌からの立ち直りに手腕を発揮したが、軍事費の抑制を主張して二・二六事件で暗殺された。丸い顔から「ダルマ」と親しまれた。

のせている言葉:2こ(伝承・出典未確認 2)更新:2026-10-20

この人の名言の一覧(2こ)
  1. 日本国は過去に外債・内国債で、一度も利払いを遅延…
  2. 予算は国民所得に応じたものをつくらなければならぬ…

それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。

1伝承・出典未確認#仕事#お金#挑戦
日本にほん国くには過去かこに外債がいさい・内ない国債こくさいで、一度いちども利払りばらいを遅延ちえんしたことがない。

出典:日露戦争の戦費のための外債募集でロンドンの銀行家と交渉した際、関税担保のためにイギリス人を派遣して税関を管理させる案を拒んだ時の言葉として伝わる(1904年)

出典についてWikipediaに交渉の場面とともに載るが、言葉の一次資料(自伝・交渉記録)は確認できなかった。

意味と背景

日本はこれまで借金の利息の支払いを一度も遅らせたことがない、だから税関を外国人に管理させる必要はない、と国の信用を盾に条件を退けた言葉。勝ち目が薄いと見られていた日本の外債を売るため、国の信用の積み重ねを最大の武器にした。

座右の銘にするなら・面接での答え方

信用は日々の積み重ねでできる、という意味で座右の銘にできます。面接では、アルバイトで一度も遅刻せず、締め切りも必ず守ってきたことが、大事な仕事を任されるきっかけになった経験と結ぶと、この言葉らしい答えになります。

2伝承・出典未確認#お金#仕事#リーダー
予算よさんは国民こくみん所得しょとくに応おうじたものをつくらなければならぬ。財政ざいせい上じょうの信用しんよう維持いじが最大さいだいの急務きゅうむである。

出典:大蔵大臣として、陸海軍からの大幅な予算増額要求に応じなかった時の言葉として伝わる(1935年ごろ)

出典についてWikipediaが大谷健の著書を出典に載せる。この後「国防のみに遷延して悪性インフレを引き起こし、その信用を破壊するが如きことがあっては、国防も決して牢固となりえない」と続く。一次資料は確認できなかった。翌1936年の二・二六事件で高橋は殺害された。

意味と背景

国の予算は国民の稼ぎに見合った大きさにすべきで、国の財布の信用を守ることが何より大事だ、という主張。軍事費だけを膨らませてインフレを起こせば、かえって国の守りも弱くなると説き、軍の要求に抵抗した。命がけの財政規律の言葉。

座右の銘にするなら・面接での答え方

身の丈に合ったお金の使い方を大切にしたい人の座右の銘です。面接では、サークルの会計で要望をすべて聞かず、収入に合わせて優先順位をつけた予算を組み、赤字を出さなかった経験を話すと説得力があります。

人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/高橋是清

ほかの日本の偉人の名言

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