肖像画:作者不詳(松浦松洞筆と伝わる)『絹本着色吉田松陰像(自賛)』(パブリックドメイン)(ファイルのページ)吉田松陰の名言
吉田松陰|1830〜1859年|日本|思想家・教育者(長州藩士)
長州藩の兵学師範の家を継ぎ、若くして藩主に講義するほどの秀才だった。ペリー艦隊に乗り込んで海外へ渡ろうとして捕らえられ、萩で謹慎中に松下村塾を開いた。わずか二年ほどで高杉晋作・久坂玄瑞・伊藤博文らを育てたが、安政の大獄で江戸に送られ、29歳で処刑された。最期に門下生へ遺書『留魂録』を残した。
のせている言葉:14こ(出典あり 12・伝承・出典未確認 2)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(14こ)
- 身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和…
- 十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は自…
- 妄りに人の師となるべからず。又妄りに人を師とすべ…
- 学問の大禁忌は作輟なり。
- 余寧ろ人を信じるに失するとも、誓って人を疑うに失…
- 夫れ志の在る所、気も亦従ふ。志気の在る所、遠くし…
- 心はもと活きたり、活きたるものには必ず機あり、機…
- 志を立てて以て万事の源と為す。
- 凡そ生まれて人たれば、宜しく人の禽獣に異なる所以…
- 士の行は質実にして欺かざるを以て要と為し、巧詐に…
- 親思ふ心にまさる親心けふのおとずれ何ときくらん
- 学者になるのはつまらない。学者になるには本を読み…
- かくすればかくなるものと知りながら已むに已まれぬ…
- 死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて…
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂
出典:『留魂録』冒頭の歌(1859年10月、処刑の前日に江戸・伝馬町の牢で書く)
出典についてWikiquoteの「情報源の確かなもの」に『留魂録』の歌として載る。留魂録は松陰の直筆が萩の松陰神社に現存する。辞世として広く知られる。旧かなはそのまま。
意味と背景
自分の体はこの武蔵の国(江戸)の野原で朽ち果てても、日本を思う魂だけはこの世に残しておきたい、という歌。処刑の前日に門下生へ向けた遺書の最初に置かれ、自分の志を弟子たちが受け継ぐことを願った。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘にするなら「自分がいなくなっても残るものを作りたい」という意味で使えます。面接では、部活や委員会で後輩に引き継ぐ仕組みを作った経験と合わせて話すと、松陰の願いと重なって伝わります。
十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は自ら二十の四時あり。
出典:『留魂録』第八節(1859年)
出典についてWikiquoteに『留魂録』第八節の原文(カタカナ交じり)が載る。ここではひらがなに直した。
意味と背景
稲が春夏秋冬を経て実るように、人の一生にも四季がある。十歳で死ぬ人にも十年の四季があり、三十歳の自分にも三十年の四季があって、もう実りの時を迎えている、という意味。死を前にして、命の長さではなく中身で考えた言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
若いから経験が足りないと思わず、今の年齢にも実りの時期があると考えるようにしています。面接では「年数ではなく、その期間に何を実らせたか」で自分を評価したいという話に使えます。
妄りに人の師となるべからず。又妄りに人を師とすべからず。
出典:『講孟余話』(野山獄と幽囚中に行った『孟子』の講義録、1855〜56年)(1856年)
出典についてWikiquoteに『講孟余話』の一節として載る。続けて「必ず真に教ふべきことありて師となり、真に学ぶべきことありて師とすべし」とある。
意味と背景
軽い気持ちで人の先生になってはいけないし、軽い気持ちで人を先生にしてもいけない。本当に教えるべきことがある時に師となり、本当に学ぶべきことがある時に師とせよ、という意味。教える側にも学ぶ側にも覚悟を求めている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
塾講師のアルバイトで、分かったつもりで教えて生徒を混乱させた失敗があります。それ以来、教える前に自分が本当に理解しているか確かめるようにしており、この言葉をその戒めにしています。
学問の大禁忌は作輟なり。
出典:『講孟余話』(1855年)
出典について山口県の観光公式サイト「おいでませ山口へ」の松陰特集が『講孟余話』の言葉として出典付きで紹介している。
意味と背景
学問で一番してはいけないのは、やったりやめたりすることだ、という意味。「作」は始めること、「輟」は途中でやめること。獄中でも講義を続けた松陰らしく、才能より続けることを何より重く見た。
座右の銘にするなら・面接での答え方
三日坊主だった英語の勉強を、一日10分でも毎日続けると決めてから成績が伸びました。面接では「量より続けること」を大切にしている例として、続けてきた習慣を具体的な日数で話すと説得力が出ます。
余寧ろ人を信じるに失するとも、誓って人を疑うに失することなからんことを欲す。
出典:『講孟余話』(1855年)
出典について山口県の観光公式サイト「おいでませ山口へ」の松陰特集が『講孟余話』の言葉として紹介している。
意味と背景
人を信じて失敗することがあっても、人を疑って失敗することだけはしたくない、という意味。だまされる危険を知った上で、それでも信じる側に立つと決めている。囚人の良い所を見つけて教え合った松陰の人柄が出ている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
チームのまとめ役をした時、メンバーを疑って細かく確認するより、任せて信じたほうが皆が力を出してくれました。面接では「まず信じて任せる」という自分の人との向き合い方として紹介できます。
夫れ志の在る所、気も亦従ふ。志気の在る所、遠くして至るべからざるなく、難くして為すべからざるものなし。
出典:『未忍焚稿』(1846年、医学修行に出る友人へのはなむけ)
出典について山口県の観光公式サイト「おいでませ山口へ」が『未忍焚稿』弘化3年の言葉として紹介している。16歳の時の文。
意味と背景
志があれば気力はあとからついてくる。志と気力がそろえば、どんなに遠い所にも届き、どんなに難しいこともやり遂げられる、という意味。16歳の松陰が旅立つ友人を励ますために書いた言葉で、志を何より先に置く考えがすでに見える。
座右の銘にするなら・面接での答え方
第一志望の大学がまだ遠く見えた時、まず目標をはっきり決めたらやる気が後からついてきました。面接では「やる気を待つのではなく志を先に決める」という自分の進め方を説明するのに使えます。
心はもと活きたり、活きたるものには必ず機あり、機なるものは触に従ひて発し、感に遭ひて動く。
出典:『西遊日記』(1850年、九州遊学の日記)
出典について山口県の観光公式サイト「おいでませ山口へ」が『西遊日記』嘉永3年の言葉として紹介している。
意味と背景
心は本来生きて動いているもので、生きているものには必ずきっかけがある。そのきっかけは何かに触れて生まれ、心が動かされて動き出す、という意味。初めて藩の外に出た旅で、見聞が人を変えることを実感して書いた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
オープンキャンパスで実際の研究室を見て、ぼんやりしていた進路がはっきりしました。面接では「実際に見て触れることで心が動く。だから現場に足を運ぶ」という行動の理由として話せます。
志を立てて以て万事の源と為す。
原文(漢文)立志以為萬事之源
出典:「士規七則」結び(1855年、従弟・玉木彦介の元服に贈る)
出典についてWikipedia「士規七則」に漢文の原文と読み下しが載る。萩市にも碑がある。七則を三つに約した結びの一つ目。
意味と背景
現代語にすると「志を立てることが、すべての物事の出発点である」。士規七則は七つの心得を最後に三つにまとめ、その最初に志を置いた。何をするにも、まず目指すものを決めることから始まるという松陰の教育の柱。
座右の銘にするなら・面接での答え方
面接の定番ですが、「何となく」で選ばず、志望理由を一番先に固めたという話と組み合わせると具体的になります。「目的を決めてから手段を選ぶ」のが自分の仕事の進め方だ、と伝えられる言葉です。
凡そ生まれて人たれば、宜しく人の禽獣に異なる所以を知るべし。
原文(漢文)凡生為人 宜知人所以異於禽獣
出典:「士規七則」第一則(1855年)
出典についてWikipedia「士規七則」の原文・読み下しにある。
意味と背景
現代語にすると「人として生まれたからには、人が鳥や獣とどこが違うのかを知るべきだ」。食べて寝るだけなら動物と変わらない。人には人としての道があり、それを知ることが学びの始まりだという問いかけ。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「人にしかできないことは何か」を考えるきっかけになる言葉です。面接では「AIや機械にできない、人だからこそできる気配りや判断を磨きたい」と今の時代に置き換えて話すと、古い言葉が生きてきます。
士の行は質実にして欺かざるを以て要と為し、巧詐にして過を文るを以て恥と為す。
原文(漢文)士行以質實不欺為要 以巧詐文過為耻
出典:「士規七則」第四則(1855年)
出典についてWikipedia「士規七則」の原文・読み下しにある。続けて「光明正大皆な是れ由り出づ」。
意味と背景
現代語にすると「立派な人の行いは、飾らず人をだまさないことが肝心で、ずる賢くごまかしたり失敗を言いつくろったりすることを恥とする」。まっすぐで公明な態度はすべてここから生まれる、と続く。
座右の銘にするなら・面接での答え方
アルバイトで発注ミスをした時、言い訳せずすぐ店長に報告したら大事にならずに済みました。「失敗をかざらない」ことを心がけている、と面接で具体的な場面とともに話せる言葉です。
親思ふ心にまさる親心けふのおとずれ何ときくらん
出典:処刑を前に家族へ宛てた別れの手紙の歌(1859年10月20日)
出典についてWikipediaが家族にあてた別れの手紙の中の短歌(安政6年10月20日)として載せる。Wikiquoteでは「帰せられるもの」に分類されているが、家族宛ての手紙(永訣の書)の歌として広く知られている。
意味と背景
子が親を思う心よりも、親が子を思う心のほうがずっと深い。自分が死ぬという今日の知らせを、父母はどんな思いで聞くだろうか、という歌。国のために命をかけた松陰が、最後に見せた家族への思いがにじむ。
座右の銘にするなら・面接での答え方
一人暮らしを始めて、親がどれだけ自分を気にかけてくれていたかに気づきました。座右の銘というより、親への感謝を忘れないための歌として大切にしている、と話すと人柄が伝わります。
学者になるのはつまらない。学者になるには本を読みさえすれば出来る。学問するには立志という事が大切である。
出典:門下生・渡辺嵩蔵(天野清三郎)の談話(『吉田松陰全集』第12巻所収)
出典についてWikipediaが『吉田松陰全集』第12巻の渡辺嵩蔵談話を出典として引用する。松陰の筆ではなく、昭和まで生きた門下生が「何のために学問するか」と問われた思い出として語ったもの。
意味と背景
本を読めば物知りの学者にはなれるが、それはつまらない。学問で大切なのは何のために学ぶかという志を立てることだ、という意味。知識を集めることと、学んで何かを成し遂げることを、松陰ははっきり分けていた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
資格の勉強をする時に「取って何をするか」を先に決めたら、勉強の質が変わりました。面接では、学ぶ目的を自分で説明できることの大切さを伝える言葉として、志望動機と結びつけて話せます。
かくすればかくなるものと知りながら已むに已まれぬ大和魂
出典:ペリー艦隊への密航に失敗して江戸へ送られる途中、泉岳寺の前で詠んだとされる歌(1854年)
出典について山口県の観光公式サイトは1854年に高輪・泉岳寺の前で詠んだ歌として紹介するが、Wikipediaは処刑前夜の歌とし、「下田獄中で詠んだ」とする文献もあること、実物が萩に存在しないため偽作・後世の創作とする説もあることを記している。詠んだ時と場所に諸説あり、直筆が確かめられていない。
意味と背景
こうすればこうなる(捕まって罰を受ける)と分かっていながら、それでも止められない日本を思う気持ち、という歌。赤穂浪士の墓がある泉岳寺の前で、結果を承知で行動した浪士たちに自分を重ねたと説明されることが多い。
座右の銘にするなら・面接での答え方
結果が怖くても、やるべきだと思ったら動くという意味で使えます。面接では、失敗するかもしれないと分かりながら立候補した経験などを話す時に。ただし作られた時と場所に諸説あることも知っておくと安心です。
死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。
出典:門下生(高杉晋作とされる)の「男子の死ぬべき所はどこか」という問いへの答えとして伝わる言葉(1859年)
出典についてWikipediaの「語録」に載り、高杉晋作に宛てた獄中からの手紙の一節として広く紹介されるが、今回は手紙の原文や全集の該当箇所を確かめられなかった。
意味と背景
死ぬことで名が永く残る見込みがあるならいつ死んでもよい。生きて大きな仕事ができる見込みがあるなら、どこまでも生きよ、という意味。死に急ぐことを戒め、生きて成し遂げることにも同じ重みを置いた言葉として読まれている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
大きな失敗をして全部投げ出したくなった時、「生きて取り返す見込みがあるなら続けろ」と読み替えて踏みとどまりました。面接では、粘り強く続ける理由を語る言葉として使えます。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/吉田松陰
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