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大倉喜八郎の肖像写真
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)

大倉喜八郎の名言

大倉喜八郎|1837〜1928年|日本|実業家(大倉財閥の創始者)

越後新発田の商家に生まれ、江戸で乾物店を開いたのち、幕末に鉄砲商として財をなした。明治以降は貿易・建設・鉱業など多くの事業を興し、渋沢栄一らと帝国ホテルや帝国劇場をつくった。大倉商業学校(今の東京経済大学)や日本初の私立美術館・大倉集古館も創立した。狂歌を愛し「鶴彦」の名で数万首を詠んだという。

のせている言葉:4こ(出典あり 1・伝承・出典未確認 3)更新:2026-10-20

この人の名言の一覧(4こ)
  1. 進一層(しんいっそう)
  2. 寿命を三十年貸してくれるならば、あのようなことを…
  3. 現金引換で武器を仕入れている大倉屋は、代金を一文…
  4. 大切な御用を仰せつかりましたので、物騒な山内を護…

それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。

進しん一層いっそう(しんいっそう)

出典:大倉喜八郎が使っていた言葉。東京経済大学(前身は大倉が創立した大倉商業学校)の建学の精神

出典について東京経済大学が大学プレスセンターで発表したリリースに「大倉喜八郎が使用していた言葉で、東京経済大学の建学の精神」とある。大学の建物にも「大倉喜八郎 進一層館」と名付けられている。

意味と背景

大学の説明では「困難に出合ってもひるまずに、なお一層前に進む」という意味で、今でいうチャレンジ精神に近い。一介の商人から身を起こし、危険な商売や海外事業にも挑み続けた大倉の生き方そのものを表す言葉。

座右の銘にするなら・面接での答え方

困難な時こそ一歩前へ、という意味で座右の銘にできます。面接では、うまくいかない時にやめるのではなく、もう一歩だけ踏み込んでみることで道が開けた経験を話し、「進一層」を心がけていると伝えると印象に残ります。

2伝承・出典未確認#挑戦#勇気#人生
寿命じゅみょうを三十さんじゅう年ねん貸かしてくれるならば、あのようなことをもう二に、三さん度どやってみたい。

出典:『致富の鍵』で、西南戦争のころ釜山からイカ釣り船で嵐の玄界灘を渡った冒険を振り返って書いた言葉として伝わる(1911年)

出典についてWikipediaが大倉の著書『致富の鍵』にある言葉として載せるが、本文を確かめられなかった。

意味と背景

米を運ぶために渡った釜山で船に置いていかれ、小さなイカ釣り船で嵐の海を渡って九死に一生を得た。その危ない体験を、命があと三十年あるなら、あんな冒険をもう二、三度やりたいと振り返った言葉。危険を楽しむほどの大胆さが表れている。

座右の銘にするなら・面接での答え方

挑戦を怖がらず楽しみたい人の座右の銘になります。面接では、一人旅で予定が崩れて困ったが、自分で交渉して乗り切った経験を話し、大変だったけれどもう一度やりたいと思えるほど成長できたと伝えると、この言葉らしい答えになります。

3伝承・出典未確認#仕事#勇気#お金
現金げんきん引換ひきかえで武器ぶきを仕入しいれている大倉おおくら屋やは、代金だいきんを一文いちもんももらえぬ彰義しょうぎ隊たいとは商売しょうばいできない。

出典:幕末、官軍に武器を売っていた大倉が彰義隊に捕らえられて詰問された時の答えとして伝わる(1868年)

出典についてWikipediaの逸話欄に載る。米寿の祝いに帝国劇場で『上野の戦争』として芝居にもなった話で、大倉自身の回顧談がもとと見られるが、一次資料は確認できなかった。この答えに彰義隊の将校は「大倉に道理がある」と言って、代金を払って銃を注文したという。

意味と背景

どちらの味方かと責められた大倉が、自分は現金で取引する商人であり、代金を払わない相手とは商売しないだけだと、商いの筋を通して答えた言葉。命の危険がある場面でも、理屈で相手を納得させた度胸と商人の信念が伝わる。

座右の銘にするなら・面接での答え方

立場ではなく筋を通す、という意味で使えます。面接では、意見が対立した場面で感情ではなく決まりや根拠を示して説明し、相手に納得してもらえた経験を話すと、この逸話にふさわしい答えになります。

4伝承・出典未確認#仕事#勇気#言葉
大切たいせつな御ご用ようを仰おおせつかりましたので、物騒ぶっそうな山内さんないを護衛ごえいしていただきたい。

出典:彰義隊から三日以内に銃三百挺を納めるよう注文された後、帰り道の護衛を頼んだ言葉として伝わる(1868年)

出典についてWikipediaの逸話欄に、上の「現金引換で…」の続きとして載る。一次資料は確認できなかった。大倉は彰義隊に駕籠屋まで送り届けさせたという。

意味と背景

捕らえられていた相手から注文を取りつけたうえ、ついでに帰りの護衛まで頼んでしまったという、大倉のしたたかさとユーモアを伝える言葉。ピンチをチャンスに変え、相手を味方にしてしまう商人らしい機転が光る。

座右の銘にするなら・面接での答え方

ピンチをチャンスに変える機転を表す言葉です。面接では、クレームを受けた相手と丁寧に話すうちに常連になってもらえた経験などを話し、困った場面でも相手との関係を良くする工夫を考えられる人だと伝えるとよいでしょう。

人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/大倉喜八郎

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