出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)中原中也の名言
中原中也|1907〜1937年|日本|詩人
山口県湯田(今の山口市)の医者の家に生まれた。ダダイスムやフランスの象徴詩に影響を受け、ランボーなどの翻訳もした。生前に出た詩集は『山羊の歌』だけで、亡くなった翌年に『在りし日の歌』が出た。歌うようなリズムと、悲しみや喪失感を率直に表した詩は、今も若い読者を中心に愛されている。結核性脳膜炎のため30歳で亡くなった。
のせている言葉:9こ(出典あり 9)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(9こ)
- 汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる
- ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
- 幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました
- あゝ おまへはなにをして来たのだと…… 吹き来る…
- 思へば遠く来たもんだ 十二の冬のあの夕べ 港の空…
- ホラホラ、これが僕の骨だ、生きてゐた時の苦労にみ…
- 愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません…
- 秋の夜は、はるかの彼方に、小石ばかりの、河原があ…
- 私の上に降る雪は 真綿のやうでありました
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる
出典:詩「汚れつちまつた悲しみに……」(詩集『山羊の歌』)(1934年)
出典について青空文庫『山羊の歌』の本文で確認。
意味と背景
汚れてしまった悲しみに、今日もまた小雪が降りかかる、という詩の書き出し。何が悲しいのかもはっきりしないまま、ただ心が汚れてしまったという感覚を、静かに降る雪に重ねている。言葉にしにくい心の痛みを、リズムのある言葉で表した中也の代表作。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘というより、言葉にしにくい気持ちを表した詩として紹介できます。面接では、悲しい時にこの詩を読んで、自分の気持ちを言葉にしてもらえたように感じた経験を話し、言葉の力に関わる仕事への思いを伝えるとよいでしょう。
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
出典:詩「サーカス」(詩集『山羊の歌』)(1934年)
出典について青空文庫『山羊の歌』の本文で確認。サーカス小屋の空中ブランコの揺れを表す言葉。
意味と背景
サーカス小屋の高い梁から下がったブランコが揺れる様子を、独特の音で表した言葉。意味ではなく音の響きで、ゆったりと揺れる動きと、どこかもの悲しい夜の雰囲気を伝えている。一度聞いたら忘れられない、中也の詩の中でも特に有名な一節。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘には向きませんが、言葉の響きの面白さを語る時の例になります。面接では、説明の上手さだけでなく、音やリズムで人の心に残る言葉を大切にしたいと話す時に紹介すると、言葉への感性が伝わります。
幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました
出典:詩「サーカス」冒頭(詩集『山羊の歌』)(1934年)
出典について青空文庫『山羊の歌』の本文で確認。
意味と背景
いくつもの時代があって、茶色い戦争がありました、という詩の書き出し。長い歴史をおとぎ話のような語り口でたどり、そのあとに「今夜此処での一と殷盛り」とサーカスの夜へつなぐ。時の流れの大きさと、今この瞬間のにぎわいの対比が印象的。
座右の銘にするなら・面接での答え方
歴史の流れの中で今を大切にしたい人に響く一節です。面接では、長い歴史を学ぶ中で、今自分がここにいる時間の貴重さを感じるようになったと話すと、この詩の世界観を生かした答えになります。
あゝ おまへはなにをして来たのだと…… 吹き来る風が私に云ふ
出典:詩「帰郷」(詩集『山羊の歌』)(1934年)
出典について青空文庫『山羊の歌』の本文で確認。
意味と背景
故郷に帰ってくると、吹いてくる風が「ああ、お前は今まで何をしてきたのだ」と自分に問いかけてくる、という詩の結び。懐かしい故郷の穏やかさの中で、何者にもなれていない自分を責める気持ちが静かにわき上がる。誰もが一度は感じる問いを言葉にしている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自分の歩みを振り返り、次に生かしたい人に合う一節です。面接では、帰省した時に自分の成長を問われているように感じ、それをきっかけに目標を立て直した経験を話すと、この詩らしい答えになります。
思へば遠く来たもんだ 十二の冬のあの夕べ 港の空に鳴り響いた 汽笛の湯気は今いづこ
出典:詩「頑是ない歌」(詩集『在りし日の歌』)(1938年)
出典について青空文庫『在りし日の歌』の本文で確認。詩集は中也の死後に刊行された。
意味と背景
思えば遠くまで来てしまったものだ。十二歳の冬の夕方、港の空に響いた汽笛の湯気は、今どこへ行ってしまったのか、という詩の書き出し。子どものころの記憶と今の自分との隔たりを、消えてしまった汽笛の湯気に託している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
ここまで歩んできた道のりを振り返る時に響く一節です。面接では、子どものころに抱いた夢から今の志望につながるまでの道のりを話し、思えば遠くまで来たが原点は忘れていない、と結ぶと印象に残る答えになります。
ホラホラ、これが僕の骨だ、生きてゐた時の苦労にみちた あのけがらはしい肉を破つて、しらじらと雨に洗はれ、ヌックと出た、骨の尖。
出典:詩「骨」(詩集『在りし日の歌』)(1938年)
出典について青空文庫『在りし日の歌』の本文で確認。
意味と背景
死んだ自分の骨を、自分で見ているという不思議な詩。「ホラホラ」というおどけた呼びかけで始まり、苦労に満ちた肉体が消えて、雨に洗われた白い骨だけが残る姿を描く。死を怖がるのではなく、少し離れて眺めるような、中也独特の感覚がある。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘には向きませんが、生と死をユーモアを交えて見つめる詩として紹介できます。面接で読書や文学について聞かれた時、この詩の不思議な視点に驚いた経験を話すと、感性の豊かさを伝えられます。
愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません。……けれどもそれでも、業が深くて、なほもながらふことともなつたら、奉仕の気持に、なることなんです。
出典:詩「春日狂想」(詩集『在りし日の歌』)(1938年)
出典について青空文庫『在りし日の歌』の本文で確認(途中を省略し、「業(?)」の原注は省いた)。長男・文也を2歳で亡くした後に書かれた詩。
意味と背景
愛する者を失った悲しみの極みを、あえて極端な言葉で語り出したうえで、それでも生き続けることになったなら「奉仕の気持ちになること」だと続ける詩。死ではなく、悲しみを抱えて人のために生きる道を選ぶという、喪失からの再生を描いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
大切な人を失った悲しみを抱えた人に寄り添う詩です。冒頭だけを切り取らず、「奉仕の気持ちになる」という結論まで含めて紹介することが大切です。面接では、悲しい経験を人の役に立つ力に変えたいという思いを語る時に使えます。
秋の夜は、はるかの彼方に、小石ばかりの、河原があつて、それに陽は、さらさらと さらさらと射してゐるのでありました。
出典:詩「一つのメルヘン」(詩集『在りし日の歌』)(1938年)
出典について青空文庫『在りし日の歌』の本文で確認。
意味と背景
秋の夜、はるか遠くに小石ばかりの河原があって、そこに陽の光がさらさらと射している、という幻想的な詩の書き出し。夜なのに陽が射すという夢のような景色を、「さらさら」という音で描く。このあと乾いた河原に水が流れ出す、静かな奇跡の詩。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘というより、想像力の豊かさを語る時に紹介できる詩です。面接では、現実の枠にとらわれず自由に発想することを大切にしていると話し、企画やデザインの仕事にその想像力を生かしたいと伝えるとよいでしょう。
私の上に降る雪は 真綿のやうでありました
出典:詩「生ひ立ちの歌」(詩集『山羊の歌』)(1934年)
出典について青空文庫『山羊の歌』の本文で確認。「幼年時」の連。
意味と背景
幼いころの自分に降る雪は、真綿のようにやわらかかった、という詩の書き出し。このあと少年時は霙、十七から十九歳は霰と、年齢ごとに雪の姿を変えて人生の移り変わりを描いていく。降る雪で自分の生い立ちを語る、独創的な詩。
座右の銘にするなら・面接での答え方
人生の変化を前向きにとらえたい人に響く詩です。面接では、自分の成長を季節や天気にたとえて振り返るのが好きだと話し、厳しい時期もやわらかな時期も含めて今の自分がある、と伝えると個性的な答えになります。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/中原中也
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