肖像画:狩野安信『伊達政宗像』(パブリックドメイン)(ファイルのページ)伊達政宗の名言
伊達政宗|1567〜1636年|日本(戦国〜江戸時代初期)|戦国武将・仙台藩初代藩主
出羽国米沢に生まれた戦国武将。幼いころ天然痘で右目を失い「独眼竜」と呼ばれた。18歳で家督を継いで南奥州に勢力を広げたが、豊臣秀吉に従い、関ヶ原では徳川家康に味方した。仙台の町を開き、62万石の大藩の基礎を築いた。支倉常長をヨーロッパに派遣したことでも知られる。和歌・漢詩・茶道・料理にも通じた文化人だった。
のせている言葉:6こ(出典あり 1・伝承・出典未確認 5)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(6こ)
- 馬上少年過ぐ、世平らかにして白髪多し。残躯天の赦…
- 曇りなき心の月を先だてて、浮世の闇を照らしてぞ行…
- 馳走とは、旬の品をさりげなく出し、主人自ら調理し…
- 仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。礼に…
- この世に客に来たと思えば、何の苦もなし。
- 倹約の仕方は、不自由を忍ぶにあり。
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
馬上少年過ぐ、世平らかにして白髪多し。残躯天の赦す所、楽しまずして是を如何せん。
原文(漢文)馬上少年過 世平白髪多 残軀天所赦 不楽是如何
出典:漢詩「酔余口号」(晩年)
出典について政宗の晩年の漢詩としてWikiquote・Wikipediaに載る。結句は「楽しまずんば是いかん」(楽しまなければどうする)とも「楽しまずして是を如何せん」(楽しめないのをどうしようか)とも読め、政宗がわざとどちらにも取れるように作ったという見方もある。
意味と背景
現代語訳:馬に乗って戦場を駆けた若い日々は過ぎ去り、世は平和になって白髪が増えた。生き残ったこの身は天が許してくれたものだ。これを楽しまずにどうしようか(あるいは、楽しめないのをどうしようか)。天下を狙った武将が、平和な世で老いていく複雑な思いを詠んだ。
座右の銘にするなら・面接での答え方
部活を引退した時、燃え尽きたような気持ちになりましたが、この詩で「残りの時間を楽しまずにどうする」と前を向けました。一つの章が終わっても、次の章を楽しむ。そんな意味で座右の銘にしています。
曇りなき心の月を先だてて、浮世の闇を照らしてぞ行く。
出典:辞世の歌(1636年)
出典について政宗の辞世としてWikipediaなどに載り、広く知られている。ただし辞世を記した当時の記録までは確かめられなかったため「伝承」とした。
意味と背景
現代語訳:一点の曇りもない心の月を先に立てて、この世の闇を照らしながら、あの世へと進んで行こう。戦乱の世を生き抜いた政宗が、迷いのない澄んだ心で人生を終えようとする覚悟を詠んだ歌とされる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
迷いがある時ほど、自分の心を曇らせないことを大切にしています。正直に、後ろめたいことをしない。そうすれば暗い道でも自分の心が明かりになる。この歌はそんな生き方の目標です。
馳走とは、旬の品をさりげなく出し、主人自ら調理して、もてなすことである。
出典:『政宗公御名語集』として伝わる
出典についてWikipediaに『政宗公御名語集』の言葉として載る。料理好きだった政宗らしい言葉として料理学校などでも引かれるが、この語録集の成立や原文は確かめられなかった。表現は現代語に直された形で伝わっている。
意味と背景
意味:本当のごちそうとは、高価なものを並べることではなく、その季節の物を何気なく出し、主人が自分で料理してもてなすことだ。手間と心をかけることこそもてなしの本質だという、食通・政宗らしい考え。
座右の銘にするなら・面接での答え方
友人を家に招く時は、高い店の料理より、旬の野菜で自分が作った一品を出すようにしています。手作りの方が喜ばれ、会話も弾みます。もてなしは値段ではなく心だと、この言葉から学びました。
仁に過ぐれば弱くなる。義に過ぐれば固くなる。礼に過ぐれば諂いとなる。智に過ぐれば嘘をつく。信に過ぐれば損をする。
出典:「五常訓」(「仙台黄門政宗卿遺訓」などの名で伝わる)
出典について政宗の遺訓として有名だが、Wikipediaによれば最も古い記録は明治27年(1894)の雑誌『好古叢誌』で、伊達家の資料には裏付けが見つかっていない。同じような教訓は徳川光圀や林子平の名でも伝わっており、政宗本人の言葉ではない可能性が高い。
意味と背景
意味:思いやりも度が過ぎれば弱さになり、正義も度が過ぎれば頑固になる。礼儀が過ぎればへつらいに、知恵が過ぎればうそに、誠実さが過ぎれば損になる。儒教の五つの徳も、行き過ぎればかえって害になるという「ほどほど」の教え。
座右の銘にするなら・面接での答え方
後輩に優しくしすぎて、かえって成長の機会を奪ってしまったことがあります。この言葉で、良いことも度を越すと逆効果だと気づきました。今は見守ることと手を貸すことの加減を意識しています。
この世に客に来たと思えば、何の苦もなし。
出典:「五常訓」(政宗の遺訓として伝わる)
出典について上の「五常訓」の後半の一節。五常訓そのものが明治時代に初めて記録に出てくるもので、政宗本人の言葉とは確かめられない。
意味と背景
意味:この世には客として招かれて来たのだと思えば、何も苦にならない。客なら、出された料理がまずくても褒めて食べるし、居心地が悪くても我慢できる、と続く。人生をお客の気持ちで謙虚に受け止める知恵。
座右の銘にするなら・面接での答え方
新しい職場で戸惑うことが多かった時、この言葉で気持ちが楽になりました。招かれた客のつもりで、まず感謝し、相手のやり方を尊重する。そうすると不満より学びが増えました。
倹約の仕方は、不自由を忍ぶにあり。
出典:「五常訓」(政宗の遺訓として伝わる)
出典について上の「五常訓」の一節。政宗本人の言葉とは確かめられない点は同じ。
意味と背景
意味:倹約のこつは、少しの不自由をがまんすることにある。節約とは特別な技術ではなく、ちょっとした不便を受け入れる心構えのことだという、分かりやすい生活の知恵。
座右の銘にするなら・面接での答え方
一人暮らしを始めてから、コンビニに寄らず水筒と弁当を持つようにしています。最初は面倒でしたが、少しの不自由を受け入れるだけで月に一万円以上貯まりました。小さな我慢の積み重ねの大切さを実感しています。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/伊達政宗
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