肖像画:作者不詳(鎌倉時代)『道元禅師像(月見の像)』(パブリックドメイン)(ファイルのページ)道元の名言
道元|1200〜1253年|日本(鎌倉時代)|僧侶(曹洞宗の開祖)
京都の貴族の家に生まれ、幼くして両親を失い出家した。疑問を解くため宋(中国)に渡り、天童山の如浄のもとで「身心脱落」の悟りを得て帰国。ただひたすら坐禅する「只管打坐」を説き、越前(福井県)に永平寺を開いた。主著『正法眼蔵』は日本語で書かれた仏教思想書として、今も哲学者に読まれている。
のせている言葉:14こ(出典あり 13・伝承・出典未確認 1)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(14こ)
- 仏道をならうというは、自己をならうなり。自己をな…
- 花は愛惜に散り、草は棄嫌に生うるのみなり。
- 人の悟りをうる、水に月のやどるがごとし。月ぬれず…
- 薪は灰となる。さらにかえりて薪となるべきにあらず…
- 魚、水を行くに、ゆけども水のきわなく、鳥、空をと…
- 生をあきらめ死をあきらむるは、仏家一大事の因縁な…
- この一日の身命は、尊ぶべき身命なり。
- 一日をいたずらに使うことなかれ。この一日は惜しむ…
- いたずらに百歳生けらんは、恨むべき日月なり。
- 光陰を護惜すべし。頭燃をはらうがごとく坐禅をこの…
- 人身うること難し、仏法あうことまれなり。
- ひとり明窓に坐する、たとい一知半解なくとも、無為…
- 而今の山水は、古仏の道現成なり。
- 春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて冷しかり…
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
仏道をならうというは、自己をならうなり。自己をならうというは、自己をわするるなり。
出典:『正法眼蔵』現成公案(1233年)
出典について道元の主著『正法眼蔵』の第一巻「現成公案」にある。Wikiquoteと、松門寺が公開する『正法眼蔵』全文の両方で確認した。旧かなを現代かなに直した。
意味と背景
現代語訳:仏の道を学ぶということは、自分自身を学ぶことだ。自分を学ぶということは、自分を忘れることだ。続けて「自分を忘れるとは、あらゆるものに確かめられることだ」と説く。自分を深く知ろうとすると、かえって「自分が、自分が」というこだわりが消えていく、という逆説。
座右の銘にするなら・面接での答え方
人前で話す時、うまく見せようとするほど緊張していました。この言葉を知り、自分ではなく聞き手のことだけを考えるようにしたら、自然に話せるようになりました。自分を忘れると力が出る、という実感から座右の銘にしています。
花は愛惜に散り、草は棄嫌に生うるのみなり。
出典:『正法眼蔵』現成公案(1233年)
出典について『正法眼蔵』現成公案の冒頭近く。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:花は惜しまれながら散り、雑草は嫌われながら生えてくる。ただそれだけのことだ。どんなに悟りの理屈をこねても、現実は思いどおりにならない。その思いどおりにならなさを、そのまま見つめるところから修行が始まる、という意味に読める。
座右の銘にするなら・面接での答え方
大事にしていた大会の直前にけがをしました。悔しくてたまりませんでしたが、思いどおりにならないのが現実だと受け止めて、できるリハビリに集中できたのは、この言葉のおかげです。
人の悟りをうる、水に月のやどるがごとし。月ぬれず、水やぶれず。
出典:『正法眼蔵』現成公案(1233年)
出典について『正法眼蔵』現成公案。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:人が悟りを得るのは、水に月が映るようなものだ。月はぬれないし、水も壊れない。大きな月の光が、小さな水たまりにも草の露一滴にも映る。悟りは特別な人だけのものではなく、どんな小さな人にもまるごと宿る、という美しいたとえ。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自分は才能がないと思いこんでいた時、この言葉に励まされました。月は小さな露にも丸ごと映ります。器の大きさではなく、受け止める心があるかどうか。そう考えて、小さな仕事でも全力で向き合うようにしています。
薪は灰となる。さらにかえりて薪となるべきにあらず。
出典:『正法眼蔵』現成公案(1233年)
出典について『正法眼蔵』現成公案。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:薪は燃えて灰になり、灰がまた薪に戻ることはない。だからといって、薪が先で灰が後だと見てはいけない。薪は薪として、灰は灰として、それぞれその時をまるごと生きている。今この瞬間はそれだけで完結している、という時間の見方。
座右の銘にするなら・面接での答え方
過去の失敗をいつまでも引きずる性格でしたが、この言葉で、過ぎた時は戻らない、そして今は今で一つの大事な時だと考えられるようになりました。今日の一日に集中することを心がけています。
魚、水を行くに、ゆけども水のきわなく、鳥、空をとぶに、とぶといえども空のきわなし。
出典:『正法眼蔵』現成公案(1233年)
出典について『正法眼蔵』現成公案。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:魚が水の中を泳いでも、泳いでも水の果てはなく、鳥が空を飛んでも、飛んでも空の果てはない。それでも魚も鳥も水や空を離れたことはない。学びや修行にはゴールがなく、その中を進み続けること自体が生きることだ、というたとえ。
座右の銘にするなら・面接での答え方
資格を取った時に「これで終わり」と思いかけましたが、この言葉を思い出しました。学びに果てはなく、泳ぎ続けることが自分の生き方だと考え、今も毎月一冊は専門書を読むようにしています。
生をあきらめ死をあきらむるは、仏家一大事の因縁なり。
出典:『正法眼蔵』諸悪莫作
出典について『正法眼蔵』第三十一「諸悪莫作」にある。明治時代に在家向けにまとめられた『修証義』の冒頭にも使われて広く知られる。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:生とは何か、死とは何かをはっきり見きわめることこそ、仏の道を歩む者のいちばん大事な課題である。「あきらめる」は投げ出すことではなく「明らかにする」という意味。生き方と死に方を正面から考えよ、という言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
祖父を見送った時、生きる意味を真剣に考えました。「あきらめる」は本来「明らかにする」という意味だと知り、目をそらさず考えることの大切さを学びました。悔いのない毎日を送るための言葉です。
この一日の身命は、尊ぶべき身命なり。
出典:『正法眼蔵』行持
出典について『正法眼蔵』第十六「行持」。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:今日という一日を生きるこの命は、尊ぶべき命である。ただ百年生きるより、正しく過ごした一日のほうがはるかに価値がある、という文脈で語られる。長さではなく、一日一日の中身が命の値打ちを決める。
座右の銘にするなら・面接での答え方
毎朝、今日やることを三つだけ書き出す習慣があります。一日を大事にすれば一生が変わると思うからです。この言葉は、だらだら過ごしそうな日に自分を引き締める合図になっています。
一日をいたずらに使うことなかれ。この一日は惜しむべき重宝なり。
出典:『正法眼蔵』行持
出典について『正法眼蔵』第十六「行持」。上の「この一日の身命」のすぐ後に続く。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:一日を無駄に使ってはいけない。この一日は惜しむべき大切な宝物だ。続けて、どんな宝石とも比べられないほど貴い、と説く。時間は宝だという分かりやすい形で、毎日を真剣に生きることを求めている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
受験勉強中、スマホを見て一日が終わってしまった反省から、この言葉を机に貼りました。一日は取り返せない宝だと思うと、少しの時間でも単語帳を開けるようになり、最後まで走り切れました。
いたずらに百歳生けらんは、恨むべき日月なり。
出典:『正法眼蔵』行持
出典について『正法眼蔵』第十六「行持」。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:何もせずむなしく百年生きたとしても、それは悔やまれる年月であり、悲しむべき抜けがらにすぎない。長生きそのものではなく、何をして生きたかが大事だという、厳しくも励ましになる言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「まだ若いから」と挑戦を先送りしていた時、この言葉にどきっとしました。時間があることに甘えず、やりたいことは今始めると決め、ずっと迷っていた留学の準備を始めました。
光陰を護惜すべし。頭燃をはらうがごとく坐禅をこのむべし。
出典:『正法眼蔵』坐禅儀(1243年)
出典について『正法眼蔵』第十一「坐禅儀」。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:時間を大切に惜しみなさい。頭に火がついたのを払いのけるような必死さで坐禅に打ちこみなさい。頭の火は放っておけない。それくらいの切迫感で、今やるべきことに向き合えという意味。
座右の銘にするなら・面接での答え方
締め切り直前にしか本気になれない自分を変えたくて、この言葉を選びました。頭に火がついたつもりで毎日少しずつ取り組むと、直前に慌てることがなくなり、仕上がりも良くなりました。
人身うること難し、仏法あうことまれなり。
出典:『正法眼蔵』帰依仏法僧宝
出典について『正法眼蔵』(十二巻本)第六「帰依仏法僧宝」。『修証義』の冒頭にも引かれて広く知られる。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:人として生まれることはむずかしく、正しい教えに出会うことはめったにない。だからこそ、むなしく一生を過ごしてはいけない、と続く。今ここに生きていることのありがたさに気づかせる言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
恩師との出会いで人生が変わった経験があります。良い教えや人に出会えるのは当たり前ではないと知り、この言葉を選びました。出会いに感謝し、受けたものを次の人に返していきたいです。
ひとり明窓に坐する、たとい一知半解なくとも、無為の絶学なり。
出典:『正法眼蔵』行持
出典についてWikiquoteに『正法眼蔵』行持の言葉として載る。
意味と背景
現代語訳:一人、明るい窓辺に静かに坐る。たとえ少しの知識も理解もなくても、それは作為を離れた最高の学びである。知識を詰めこむことだけが学びではなく、ただ黙って向き合う時間そのものに価値がある、という意味に読める。
座右の銘にするなら・面接での答え方
答えをすぐ調べる癖がありましたが、この言葉を知ってから、分からない問題に一人でじっくり向き合う時間を大切にしています。すぐ答えが出なくても、その時間が考える力を育ててくれると感じます。
而今の山水は、古仏の道現成なり。
出典:『正法眼蔵』山水経(1240年)
出典について『正法眼蔵』第二十九「山水経」の書き出し。松門寺公開の全文で確認した。
意味と背景
現代語訳:今目の前にある山や川は、昔の仏たちの教えがそのまま現れたものだ。真理は経典の中だけでなく、目の前の自然そのものに表れている。自然を見る目を変えてくれる言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
山歩きが趣味で、行き詰まると近くの山に登ります。景色を眺めていると答えが見えてくることがあります。教えは自然の中にもある、というこの言葉は、立ち止まって周りを見ることの大切さを教えてくれます。
春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪さえて冷しかりけり。
出典:道元の歌集『傘松道詠』所収の和歌(題「本来面目」)
出典について永平寺入口の歌碑に刻まれ、観光庁の多言語解説文(国土交通省サイト)でも道元の和歌として紹介される。ただし歌集『傘松道詠』は江戸時代にまとめられたもので、収められた歌すべてが道元作と確かめられているわけではないため「伝承」とした。20世紀の日本の作家がノーベル賞講演で引いたことでも有名。
意味と背景
現代語訳:春には花、夏にはほととぎす、秋には月、冬には雪が冴えわたって冷たく澄んでいる。季節のありのままの姿を並べただけの歌だが、題の「本来面目(本当の姿)」とあわせて、飾らない自然そのものが真理だという心を詠んだとされる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
毎日の通学路でも、季節ごとに違う景色があります。この歌を知ってから、何気ない毎日の変化に気づけるようになりました。当たり前を大切にできる人でありたい、という思いをこめた座右の銘です。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/道元
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