共有XLINEFacebookThreads
北里柴三郎の肖像写真
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)

北里柴三郎の名言

北里柴三郎|1853〜1931年|日本|細菌学者・医学者

肥後国小国郷(熊本県小国町)の庄屋の家に生まれ、熊本医学校と東京医学校で学んだ。ドイツに留学してコッホに師事し、破傷風菌の純粋培養と血清療法を確立して世界的に知られた。帰国後は福沢諭吉の援助で伝染病研究所を開き、ペスト菌も発見した。北里研究所を創り、慶應義塾大学医学部の初代学部長も務め、「日本の近代医学の父」と呼ばれる。新しい千円札の肖像。

のせている言葉:5こ(出典あり 4・伝承・出典未確認 1)更新:2026-10-20

この人の名言の一覧(5こ)
  1. 人民に健康法を説いて身体の大切さを知らせ、病を未…
  2. 摂生は本にして治療は末なり
  3. 一科の進歩というものは他科の発達を促すものであり…
  4. 自分はむしろ別に1つの研究所を創立して立派なもの…
  5. 人に熱と誠があれば何事でも達成する

それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。

人民じんみんに健康けんこう法ほうを説といて身体しんたいの大切たいせつさを知しらせ、病やまいを未然みぜんに防ふせぐのが医道いどうの基本きほんである

出典:『医道論』(1878年、東京医学校在学中の演説原稿)

出典について慶應義塾の公式サイト(Keio Times「受け継がれ、進化する『予防医療』」)が、北里が『医道論』にこう記したと紹介している。原文は明治初期の文語で、ここに載せたのは同記事が示す現代語に近い形。

意味と背景

医者の仕事の基本は病気を治すことより、人々に健康の保ち方を教えて、病気になる前に防ぐことにある、という意味。コレラなどの伝染病が流行する中で学生時代にこの考えにたどり着き、予防医学を生涯の仕事と決めた原点の言葉。

座右の銘にするなら・面接での答え方

問題が起きてから対処するより、起きないように備えることを大切にしています。医療や看護、公衆衛生を志望する人なら、「予防こそ基本」という北里の考えに共感した、と志望動機の柱に使えます。

2出典あり#健康#生き方
摂生せっせいは本ほんにして治療ちりょうは末すえなり

出典:『医道論』(1878年)

出典について慶應義塾の公式サイトが、北里が『医道論』で訴えた言葉として紹介している。

意味と背景

体を大切にして健康を保つことが根本で、病気を治すことはその後のことだ、という意味。「本」と「末」を対比させ、医療の優先順位をはっきり示した。日本の公衆衛生を育てた北里の信念が、短い言葉に込められている。

座右の銘にするなら・面接での答え方

健康管理も勉強も、普段の積み重ねが本で、直前の対策は末だと考えています。面接では、体調管理や生活習慣を整えて結果につなげた経験と合わせ、この言葉を自分のルールとして紹介できます。

一科いっかの進歩しんぽというものは他科たかの発達はったつを促うながすものでありまして、相あい助たすけ合あいそれではじめて人類じんるいの福利ふくりを増進ぞうしんすることが出来できるものであります。

出典:北里研究所の設立・開所式での挨拶(1915年頃)

出典について北里研究所に関する資料(大学プレスセンター掲載のPDF)が、研究所の設立および開所式の挨拶からの抜粋として載せている。直前に「現代科学の研究というものは各科が別々に、従来のように孤立して、そうして障壁をその間に設けるということは今日では許しませぬ」とある。

意味と背景

学問の分野どうしが壁を作って孤立してはいけない。一つの分野の進歩は他の分野の発達をうながすもので、助け合ってこそ人類の幸せを増やせる、という意味。医学だけでなく農業や工業にも微生物の研究を生かそうとした、北里の広い視野が表れている。

座右の銘にするなら・面接での答え方

文系・理系の枠にとらわれず、いろいろな分野を学びたいと考えています。面接では、別の分野の知識が役立った経験や、学際的な研究に興味を持った理由を話す時に、北里の言葉を添えると説得力が出ます。

自分じぶんはむしろ別べつに1つの研究けんきゅう所しょを創立そうりつして立派りっぱなものにするつもりである。さすれば官立かんりつと相あい並ならんで、互たがいに他山たざんの石いしとして研鑽けんさんすればかえって国家こっかの為ためになると思おもう

出典:伝染病研究所の移管に反対して辞職した際の言葉(1914年)

出典について北里研究所に関する資料(大学プレスセンター掲載のPDF)が北里の言葉として引用している。直前に「伝染病研究所は多年苦労してやってきたが、今日では基礎も強固になり、もはや誰がやっても一通りの仕事は出来る」とある。

意味と背景

自分が育てた国立の伝染病研究所が、文部省に移され思い通りにできなくなった時、北里は怒るのではなく、新しい研究所を作って国立と競い合えばかえって国のためになると考えた。門下生とともに辞職し、私立の北里研究所を作った。

座右の銘にするなら・面接での答え方

思い通りにならない状況でも、新しい場を作って前に進む姿勢を学びました。面接では、環境が変わった時に不満を言わず、自分から新しい取り組みを始めた経験と合わせて話すと説得力があります。

5伝承・出典未確認#努力#仕事#心
人ひとに熱ねつと誠まことがあれば何事なにごとでも達成たっせいする

出典:北里の教えとして伝わる言葉(1891年、ベルリンで親友に語ったとされる)

出典について日本医事新報の記事によれば、生化学者の荒木寅三郎が1891年にストラスブールからベルリンの北里を訪ねた際に聞かされた言葉と「される」。北里自身の文章での原文は確かめられなかった。「熱と誠」は北里の教えを表す言葉として広く知られている。

意味と背景

情熱と誠実さがあれば、人はどんなことでも成し遂げられる、という意味。破傷風菌の純粋培養という不可能と言われた研究に成功したベルリン時代の北里の言葉とされ、研究への熱意と、誠実に実験を重ねる姿勢を表している。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「熱と誠」の三文字は座右の銘として使いやすく、医療系の面接では特に響きます。熱意だけでなく誠実さも大事にしていると話し、地道に続けてきた具体的な取り組みを添えると説得力が出ます。

人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/北里柴三郎

ほかの日本の偉人の名言

▲上へ