出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)幸田露伴の名言
幸田露伴|1867〜1947年|日本|小説家・随筆家・考証家
江戸下谷に生まれた明治の文豪。電信技手として北海道に赴任したが職を捨てて帰京し、『風流仏』『五重塔』で尾崎紅葉と並ぶ人気作家となり「紅露時代」と呼ばれた。のちは史伝や考証、随筆に力を注ぎ、『努力論』『修省論』など生き方を説いた本も広く読まれた。第1回文化勲章を受章。娘も作家になった。
のせている言葉:13こ(出典あり 13)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(13こ)
- 努力は一である。しかしこれを察すれば、おのずから…
- 努力は功の有と無とによって、これをあえてすべきや…
- 努力して努力する、それは真のよいものではない。努…
- 惜福とはどういうものかというと、福を使い尽くし取…
- 分福とはどういうことであるかというに、自己の得る…
- 植福とは何であるかというに、我が力や情や智をもっ…
- 一に曰く、正なり。二に曰く、大なり。三に曰く、精…
- みずから新しくせんとする人が少なくなれば、国は老…
- その志さえ失わないで、一蹶しても二躓しても、三顛…
- 人は生きている間は、向上進歩の望みを捨てることは…
- 運命前定は一半だけ真実の事実でして、全部運命は前…
- 幸いにして人間は牛や馬ではありません。自分で自分…
- 自己の好運ならざるを歎ずる者ほど、悲しむべき不幸…
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
努力は一である。しかしこれを察すれば、おのずからにして二種あるを観る。一は直接の努力で、他の一は間接の努力である。
出典:『努力論』自序(1912年)
出典について青空文庫の本文で確認(原文は旧字。新字・現代かなに直した)。続けて「間接の努力は準備の努力で、基礎となり源泉となるものである」とある。
意味と背景
努力には、目の前の仕事に全力を尽くす「直接の努力」と、そのための準備や土台づくりである「間接の努力」の二つがある、という露伴の努力論の出発点。本番の頑張りだけでなく、見えない準備も努力だと教えてくれる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
準備を大切にしたい人の座右の銘です。面接では、試合当日の頑張りより、毎朝のランニングや道具の手入れといった間接の努力を続けてきたことを話し、目立たない準備こそ結果を支えると考えている、と伝えるとよいでしょう。
努力は功の有と無とによって、これをあえてすべきや否やを判ずべきではない。
出典:『努力論』自序(1912年)
出典について青空文庫の本文で確認(新字・現代かなに直した)。続けて「努力ということが人の進んで止むことを知らぬ性の本然であるから努力すべきなのである」とある。
意味と背景
努力するかどうかを、成果が出るか出ないかで決めてはいけない。人は本来、進まずにはいられない生き物だから努力するのだ、という考え。努力がむだに終わったと嘆く人への励ましで、結果が出なくても努力そのものに意味があると説く。
座右の銘にするなら・面接での答え方
結果が出なくても続けたい人の座右の銘になります。面接では、何度挑戦しても賞が取れなかったが描き続け、その積み重ねが別の場面で役立った経験を話し、成果だけで努力を判断しないと伝えると、この言葉らしい答えになります。
努力して努力する、それは真のよいものではない。努力を忘れて努力する、それが真の好いものである。
出典:『努力論』自序の結び(1912年)
出典について青空文庫の本文で確認(新字・現代かなに直した)。
意味と背景
歯を食いしばって「努力しなければ」と自分を追い立てる努力は、まだ本物ではない。努力していることさえ忘れて、自然に打ち込んでいる状態こそ本当によい努力だ、という意味。好きで夢中になれることの強さを言い当てている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
好きなことに夢中になる力を大切にしたい人の座右の銘です。面接では、プログラミングが楽しくて気づけば毎日触っていたら、いつの間にか人に教えられるほどになった経験を話し、努力を忘れるほど打ち込めることを仕事にしたいと伝えるとよいでしょう。
惜福とはどういうものかというと、福を使い尽くし取り尽くしてしまわぬをいうのである。
出典:『努力論』「惜福の説(幸福三説第一)」(1912年)
出典について青空文庫の本文で確認(原文「惜福とは何樣いふものかといふと、福を使ひ盡し取り盡して終はぬをいふのである」を新字・現代かなに直した)。
意味と背景
露伴の「幸福三説」の一つ目。手にした幸運やお金を使い切ってしまわず、少し残しておくことを「惜福」と呼んだ。幸運に恵まれる人の多くは惜福の工夫をしており、福を惜しむ人のところに福はまた訪れる、と露伴は観察している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
調子の良い時ほど控えめにしたい人の座右の銘です。面接では、アルバイト代が増えた時も全部使わずに貯め、いざという時に資格の受験料に回せた経験を話して、幸運を使い切らない工夫を大事にしていると伝えるとよいでしょう。
分福とはどういうことであるかというに、自己の得るところの福を他人に分かち与うるをいうのである。
出典:『努力論』「分福の説(幸福三説第二)」(1912年)
出典について青空文庫の本文で確認(新字・現代かなに直した)。露伴は大きな西瓜を例に、食べきれない分を残すのが惜福、人に分けて一緒に味わうのが分福だと説明している。
意味と背景
自分が得た幸運を、独り占めせずに人に分けることを「分福」と呼んだ。惜福が自分一人にかかわる控えめな工夫なのに対し、分福は他人をも喜ばせる積極的な行いだという。分けた幸せは、めぐりめぐって自分にも返ってくる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
幸せを周りと分かち合いたい人の座右の銘になります。面接では、自分が覚えた効率のいい作業方法をすぐ同僚にも共有し、チーム全体の作業が早くなった経験を話して、得たものを分け合うことを大切にしていると伝えると具体的です。
植福とは何であるかというに、我が力や情や智をもって、人世に吉慶幸福となるべき物質や、清趣や、知識を寄与することをいうのである。
出典:『努力論』「植福の説(幸福三説第三)」(1912年)
出典について青空文庫の本文で確認(新字・現代かなに直した)。露伴は惜福・分福よりも優れたよいこととして植福を挙げている。
意味と背景
自分の力や心や知恵を使って、世の中に幸せのもととなる物や、心を清める楽しみや、知識を残すことを「植福」と呼んだ。木を植えるように、自分が去った後にも人々の幸せが育っていくような行いこそ最上の幸福だという考え。
座右の銘にするなら・面接での答え方
後の人の役に立つものを残したい人の座右の銘です。面接では、部活の練習メニューや引き継ぎ資料をまとめて後輩に残し、自分が卒業した後も役立っていると聞いた経験を話すと、植福の考え方にぴったりの答えになります。
一に曰く、正なり。二に曰く、大なり。三に曰く、精なり。四に曰く、深なり。
出典:『努力論』「修学の四標的」(1912年)
出典について青空文庫の本文で確認。学問を修め、身を立て、功を成し、徳に進もうとする者が目標とすべき四つとして挙げている。
意味と背景
学びの目標は「正しく、大きく、精しく、深く」の四つだ、という露伴の勉強の心得。目新しいことではないが、昔から変わらないからこそ頼りになる、と露伴は言う。四つを目標に進めば、途中でつまずいても必ず大きく伸びるという。
座右の銘にするなら・面接での答え方
勉強の姿勢を表す座右の銘として使えます。面接では、資格の勉強で「正しく理解し、全体像を大きくつかみ、細部まで精しく、深く考える」の四つを意識して学んだ経験を話すと、学ぶ姿勢が具体的に伝わります。
みずから新しくせんとする人が少なくなれば、国は老境に入ったのである。
出典:『努力論』「自己革新論」(1912年)
出典について青空文庫の本文で確認(原文「みづから新しくせんとする人が少くなれば、國は老境に入つたのである」を新字・現代かなに直した)。
意味と背景
自分を新しく変えようとする人が減れば、その国は年老いて衰えに向かう、という意味。一人ひとりが自分を磨き直そうとする努力が積み重なってこそ世の中は進歩する、と露伴は説く。個人の成長と社会の活力を結びつけた言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
現状に満足せず自分を更新し続けたい人の座右の銘です。面接では、慣れた方法に頼らず毎年新しい勉強法や道具を試してきた経験を話し、自分から変わり続けることで組織にも新しい風を入れたいと伝えるとよいでしょう。
その志さえ失わないで、一蹶しても二躓しても、三顛四倒しても、起き上がり起き上がりしてあえて進んだならば、鈍駑も奮迅すればあに寸進なからんやである。
出典:『努力論』「自己革新論」(1912年)
出典について青空文庫の本文で確認(原文は旧字、繰り返し記号を「起き上がり起き上がり」と書き直した)。
意味と背景
志さえ失わなければ、一度つまずき、二度つまずき、三度四度と倒れても、そのたびに起き上がって進めば、才能の乏しい者でも少しずつは必ず前に進める、という励まし。何度転んでも起き上がることの大切さを、力強いリズムで語っている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
何度失敗しても立ち上がりたい人の座右の銘です。面接では、受験に失敗しても志望を変えずに挑み続け、ついに合格した経験を話し、転ぶ回数より起き上がる回数を大切にしていると伝えると、この言葉らしい答えになります。
人は生きている間は、向上進歩の望みを捨てることはできぬものであります。
出典:「運命は切り開くもの」
出典について青空文庫の本文で確認(原文「人は生きて居る間は向上進歩の望を捨てることは出来ぬものであります」を現代かなに直した)。
意味と背景
占いなどで運命がすべて決まっていると考えるのは、人が本来持つ向上心を踏みにじる卑屈な考えだ、と露伴は言う。人は生きている限り、より良くなりたいという望みを捨てられない。それこそが人間の本当の姿だという言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
成長し続けたい気持ちを大切にしたい人の座右の銘です。面接では、苦手だった分野にも毎年少しずつ挑戦し、昨日の自分より良くなることを目標にしてきたと話し、生きている限り成長を続けたいと伝えるとよいでしょう。
運命前定は一半だけ真実の事実でして、全部運命は前定しているものだなぞと思っては、確かにそれは間違いです。
出典:「運命は切り開くもの」
出典について青空文庫の本文で確認(現代かなに直した)。
意味と背景
生まれる家や顔立ちを自分で選べないように、運命があらかじめ決まっている部分は確かに半分ある。しかし、すべてが決まっていると思うのは間違いだ、という意味。変えられない半分を認めつつ、残りの半分は自分で切り開けると説く。
座右の銘にするなら・面接での答え方
環境のせいにせず自分で道を開きたい人の座右の銘です。面接では、恵まれない条件があっても、変えられる部分に集中して努力し結果を出した経験を話して、運命は半分は自分で切り開けると考えていると伝えると説得力があります。
幸いにして人間は牛や馬ではありません。自分で自分を向上させることのできるものです。
出典:「運命は切り開くもの」
出典について青空文庫の本文で確認(原文「幸にして人間は牛や馬ではありません。自分で自分を向上させることの出来るものですから」。文末を言い切りの形に整えた)。
意味と背景
生まれつきの顔立ちや体つきは変えられないが、人間は家畜とは違い、自分で自分を高めていける存在だ、という言葉。生まれで決まる部分にくよくよせず、心がけや努力で自分を磨けばよい、という露伴らしいユーモアまじりの励まし。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自分の力で自分を変えたい人の座右の銘になります。面接では、人前で話すのが苦手だったが、発表の練習を重ねて今では司会を任されるようになった経験を話し、人は自分で自分を向上させられると信じていると伝えるとよいでしょう。
自己の好運ならざるを歎ずる者ほど、悲しむべき不幸の人はない。
出典:『努力論』「運命と人力と」(1912年)
出典について青空文庫の本文で確認(新字・現代かなに直した)。生まれた年月や骨格で運命が決まっていると信じて、自分の運のなさを嘆く者についての文。
意味と背景
生まれた日や見た目で運命が決まっていると思い込み、自分は運が悪いと嘆く人ほど不幸な人はいない。なぜなら、そういう弱々しい気持ちこそが不運を招き、幸運を遠ざけるからだ、と露伴は言う。嘆く前に心の持ち方を変えよ、という教え。
座右の銘にするなら・面接での答え方
運のせいにせず前を向きたい人の座右の銘です。面接では、くじ運や偶然の不利を嘆くのをやめ、自分にできる準備に集中するようにしたら結果が良くなった経験を話すと、この言葉の意味が具体的に伝わります。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/幸田露伴
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