肖像画:葛飾北斎『芭蕉像』(パブリックドメイン)(ファイルのページ)芭蕉の名言
松尾芭蕉|1644〜1694年|日本(伊賀国=三重県)|俳諧師(俳人)
伊賀上野の生まれで、江戸に出て俳諧の師匠となった。言葉遊びが中心だった俳諧を、自然や人生の深い味わいを表す芸術に高め、「俳聖」と呼ばれる。深川の芭蕉庵に住み、各地を旅しながら『野ざらし紀行』『おくのほそ道』などの紀行文を書いた。弟子たちとともに「蕉風」と呼ばれる作風を確立し、大坂への旅の途中で病に倒れて亡くなった。
のせている言葉:14こ(出典あり 14)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(14こ)
- 月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり…
- 夏草や兵どもが夢の跡
- 閑さや岩にしみ入る蝉の声
- 五月雨を集めて早し最上川
- 荒海や佐渡に横たう天の河
- 行く春や鳥啼き魚の目は泪
- 古池や蛙飛び込む水の音
- 旅に病んで夢は枯野をかけめぐる
- 秋深き隣は何をする人ぞ
- この道や行く人なしに秋の暮
- 人の短をいうことなかれ、己が長を説くことなかれ。…
- 山路来て何やらゆかし菫草
- やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
- おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり。
出典:『おくのほそ道』冒頭(元禄2年=1689年の旅をもとに書かれた紀行文)
出典について芭蕉自身が書いた紀行文『おくのほそ道』の最初の一文(Wikisourceは大正期の注釈本が底本で、原文は「月日は百代の過客にしてゆきかふ年も又旅人なり」。かなづかいを今の形に直した)。
意味と背景
月日は永遠に旅を続ける旅人のようなもので、来ては去っていく年もまた旅人である、という意味。続けて、舟の上や馬の上で一生を過ごす人は毎日が旅で、旅をすみかとしている、と書く。人生そのものを旅と見る芭蕉の考えが表れた名文である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「人生は旅だと思っているので、変化を恐れず、新しい場所で学ぶことを楽しみたい」と、転勤や異動への前向きな姿勢を語る時に使える。古文の授業で覚えた人も多く、共感を得やすい。
夏草や兵どもが夢の跡
出典:『おくのほそ道』平泉(1689年)
出典について『おくのほそ道』の平泉の段にある芭蕉の句。Wikisourceの底本には「兵どもが」に異本の注記がある。
意味と背景
かつて奥州藤原氏が栄え、源義経たちが戦った平泉。今はただ夏草が生い茂るばかりで、武士たちの栄華も夢のあとのようだ、という句。どんな栄光も時がたてば消えていくという無常と、それでも力強く生える夏草の対比が胸に迫る。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘より、歴史や人生を語る話のたねに向く。「どんな成功も永遠ではないので、今の結果に満足せず、次の準備を続けたい」と、驕らない姿勢につなげると面接でも使える。
閑さや岩にしみ入る蝉の声
出典:『おくのほそ道』立石寺(山寺)(1689年)
出典について『おくのほそ道』の立石寺の段にある芭蕉の句。Wikisourceの底本は「しみ込」で、異本の「しみ入る」を注記している。広く知られるのは「しみ入る」の形。
意味と背景
山形の立石寺で、あたりの静けさの中、蝉の声が岩にしみ込んでいくように感じられた、という句。蝉がうるさく鳴いているのに「静か」と感じる不思議さが、この句の深さである。音があるからこそ静けさが際立つ、という発見がある。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「忙しい職場でも心の静けさを保てる人でありたい」と、落ち着きを語る時に使える。蝉の声の中に静けさを見つけた芭蕉のように、騒がしい中で集中する工夫を話すとよい。
五月雨を集めて早し最上川
出典:『おくのほそ道』最上川(1689年)
出典について『おくのほそ道』の最上川の段にある芭蕉の句。Wikisourceの底本には「早し」に異本「涼し」の注記がある(芭蕉は最初「涼し」と詠み、のちに「早し」に直したとされる)。
意味と背景
梅雨の雨を集めて、最上川が勢いよく流れていく様子を詠んだ句。降り続いた雨が一本の川に集まり、すさまじい速さになる迫力が伝わる。小さな雨粒も集まれば大きな力になる、という読み方もできる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「一人ひとりの小さな力も、集まれば大きな流れになると考えています」と、チームの力を語る時に引くことができる。最初は「涼し」だったのを直したという推敲の話も、改善の大切さを伝える話のたねになる。
荒海や佐渡に横たう天の河
出典:『おくのほそ道』越後(出雲崎付近)(1689年)
出典について『おくのほそ道』にある芭蕉の句(Wikisourceの表記は「あら海や佐渡に橫たふ天河」)。
意味と背景
荒れる日本海の向こうに佐渡島があり、その上に天の川が横たわっている、という雄大な句。佐渡は流罪の島として知られ、その歴史への思いも込められているとされる。荒々しい海と静かな星空の対比が、壮大な景色を描き出している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘には向かないが、ふるさとや好きな景色を語る場面で使える。新潟出身の人なら、自己紹介で「芭蕉も詠んだ佐渡の見える町で育ちました」と添えると印象に残る。
行く春や鳥啼き魚の目は泪
出典:『おくのほそ道』旅立ち(江戸・千住)(1689年)
出典について『おくのほそ道』の旅立ちの段にある芭蕉の句(Wikisourceの表記は「行春や鳥は啼き魚の目は泪」)。
意味と背景
長い旅に出る芭蕉が、見送りの人々との別れを詠んだ句。過ぎていく春を惜しんで、鳥は鳴き、魚の目にも涙が浮かんでいるようだ、と別れの悲しみを生き物に託している。旅立ちや卒業の別れの場面にぴったりの句である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
卒業式や送別会のスピーチで「芭蕉は旅立ちの日、鳥も魚も泣いているようだと詠みました」と使える。別れを悲しむだけでなく、新しい旅の始まりとして前向きに結ぶとよい。
古池や蛙飛び込む水の音
出典:芭蕉の句(貞享3年=1686年ごろ)。大塚甲山編『芭蕉俳句全集』(1903年)所収
出典について芭蕉の代表句として句集に収められている(Wikisourceの『芭蕉俳句全集』の表記は「古池や蛙とびこむ水の音」)。
意味と背景
静かな古池に蛙が飛び込み、その水音で、かえって辺りの静けさが深く感じられる、という句。それまでの和歌では蛙は「鳴き声」を詠むものだったが、芭蕉は飛び込む「音」に目をつけた。蕉風を開いた記念の句といわれる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「当たり前と思われていることを、違う角度から見るのが好きです。芭蕉が蛙の鳴き声ではなく飛び込む音を詠んだように」と、発想力を語る時に使える。有名すぎる句に新しい視点を添えられる。
旅に病んで夢は枯野をかけめぐる
出典:芭蕉の最後の句(元禄7年=1694年、大坂で病床にて)。『芭蕉俳句全集』所収
出典について芭蕉が亡くなる数日前に詠んだ句として句集に収められている。辞世として知られるが、芭蕉自身は辞世のつもりではなかったともいわれる。
意味と背景
旅の途中で病に倒れ、床についていても、夢の中ではなお枯れ野原をかけめぐっている、という句。最後まで旅と俳諧への思いを捨てなかった芭蕉の執念が伝わる。体が動かなくなっても心は前へ進み続ける、という強さを感じさせる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「どんな状況でも、夢を追う気持ちだけは止めたくない」と語る時に使える。けがや病気で挫折した経験がある人なら、その時の心境と重ねて話すと、心に残る答えになる。
秋深き隣は何をする人ぞ
出典:芭蕉の句(元禄7年=1694年、亡くなる直前)。『芭蕉俳句全集』所収
出典について芭蕉の句として句集に収められている。
意味と背景
秋が深まり、物寂しさが増す中で、壁一つ隔てた隣の人はどんな暮らしをしているのだろう、と思いをはせた句。近所付き合いが薄いことを嘆く句と誤解されがちだが、実は見知らぬ人へのしみじみとした親しみと、人恋しさが込められている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「よく誤解される句ですが、本当は見知らぬ人への親しみの句だそうです。私も、まず周りの人に関心を持つことを大切にしています」と、人への関心を語る時に使える。
この道や行く人なしに秋の暮
出典:芭蕉の句(前書き「所思」、元禄7年=1694年)。『芭蕉俳句全集』所収
出典について芭蕉の句として句集に収められている(表記は「此道や行く人なしに秋の暮」、前書きは「所思」=思う所)。
意味と背景
秋の夕暮れ、この道を行く人は誰もいない。目に見える道の寂しさとともに、自分が切り開いてきた俳諧の道を、ともに歩む人がいない孤独も重ねているとされる。新しい道を行く人の孤独と覚悟を感じさせる句である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「誰もやっていないことに挑戦する時は孤独ですが、それでも進む覚悟を持ちたい」と、挑戦の姿勢を語る時に使える。起業や新規事業の話と組み合わせると、言葉の重みが増す。
人の短をいうことなかれ、己が長を説くことなかれ。物いえば唇寒し秋の風。
出典:芭蕉の句(前書き「座右の銘」)。『芭蕉俳句全集』所収
出典について芭蕉が「座右の銘」と題して書いた二行と句(『芭蕉俳句全集』の表記は「人の短をいふこと勿れ/己が長を說くこと勿れ/物いへば唇寒し秋の風」)。前の二行は、中国・後漢の崔瑗の「座右銘」(『文選』所収)の「人の短を道うこと無かれ、己の長を説くこと無かれ」を借りたもの。
意味と背景
人の欠点を言うな、自分の長所を自慢するな。人の悪口や余計なことを言うと、秋の風のように唇が寒々しく、むなしくなるものだ、という意味。ことわざ「物言えば唇寒し秋の風」の元になった句で、芭蕉自身が「座右の銘」と題した言葉である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
まさに「座右の銘」と題された言葉なので面接にぴったり。「人の悪口と自慢話はしないと決めています。芭蕉が自分の座右の銘にした言葉です」と言えば、謙虚さと教養が同時に伝わる。
山路来て何やらゆかし菫草
出典:芭蕉の句(前書き「大津にいづる時山路を越えて」、『野ざらし紀行』の旅)。『芭蕉俳句全集』所収(1685年)
出典について芭蕉の句として句集に収められている(表記は「山路來て何やらゆかし菫草」)。
意味と背景
山道を越えてきて、ふと道ばたに咲くすみれを見つけ、なんとなく心ひかれる、という句。大げさな景色ではなく、小さな花に心を動かされる素直な感動が描かれている。忙しい毎日でも、足元の小さな美しさに気づく心を思い出させてくれる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「大きな成果だけでなく、毎日の小さな改善や同僚の気づかいに目を向けるようにしています」と、小さなことに気づく力を語る時に使える。柔らかい印象を与えたい場面に向く。
やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
出典:芭蕉の句。『芭蕉俳句全集』所収
出典について芭蕉の句として句集に収められている(表記は「頓て死ぬけしきは見えず蟬の聲」)。
意味と背景
蝉はもうすぐ死ぬ運命なのに、そんな様子は少しも見せず、精いっぱい鳴いている、という句。短い命を全力で生きる姿への感動とも、自分の死を知らない生き物へのあわれみとも読める。限りある時間をどう生きるかを考えさせる句である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「限られた時間だからこそ、全力で取り組みたい」という気持ちを語る時に使える。学生生活の最後の一年や、期限のあるプロジェクトに打ち込んだ経験と重ねると、言葉が生きる。
おもしろうてやがて悲しき鵜舟かな
出典:芭蕉の句(岐阜・長良川の鵜飼を見て)。『芭蕉俳句全集』所収(1688年)
出典について芭蕉の句として句集に収められている(表記は「面白うてやがて悲き鵜舟哉」、前書き「鵜舟も通り過ぐる程に歸るとて」)。
意味と背景
かがり火をたいた鵜飼の舟はにぎやかでおもしろいが、それが通り過ぎてしまうと、何とも言えない悲しさが残る、という句。楽しいことの後に来る寂しさ、にぎわいの後の静けさという、誰もが経験する心の動きを見事にとらえている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘には向かないが、お祭りやイベントの後の気持ちを語る時の話のたねになる。「楽しい時間の後の寂しさも含めて大事にしたい」と、思い出を大切にする人柄を伝えられる。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/松尾芭蕉
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