イラスト(AIで作成)・本人の写真ではありません荘子の名言
荘子(荘周)|前369ごろ〜前286ごろ年|中国(戦国時代)|思想家(道家)
中国・戦国時代の宋の人で、名は周。老子とならぶ道家の代表で「老荘」と呼ばれる。役人の地位をすすめられても断り、貧しくても自由な生き方を選んだと伝わる。善悪・大小・生死といった区別は人間の思いこみにすぎず、自然のままに生きることを説いた。書物『荘子』は、ユーモラスなたとえ話や寓話が多いのが特徴で、内篇は荘子本人、外篇・雑篇は後の弟子たちの作と考えられている。
のせている言葉:11こ(出典あり 11)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(11こ)
- 昔者、荘周夢に胡蝶と為る。知らず、周の夢に胡蝶と…
- 吾が生や涯り有り、而して知や涯り無し。涯り有るを…
- 彼の節なる者には間有りて、刀刃なる者には厚さ無し…
- 人は皆、有用の用を知りて、無用の用を知る莫きなり…
- 至人は己無く、神人は功無く、聖人は名無し。
- 朝に三つにして暮れに四つ。
- 井蛙は以て海を語るべからざるは、虚に拘ればなり。
- 子は魚に非ず、安んぞ魚の楽しみを知らん。
- 吾、将に尾を塗中に曳かんとす。
- 君子の交わりは淡きこと水の若く、小人の交わりは甘…
- 筌は魚に在る所以なり。魚を得て筌を忘る。言は意に…
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
昔者、荘周夢に胡蝶と為る。知らず、周の夢に胡蝶と為るか、胡蝶の夢に周と為るか。
原文(漢文)昔者莊周夢爲胡蝶,栩栩然胡蝶也,自喻適志與,不知周也。俄然覺,則蘧蘧然周也。不知周之夢爲胡蝶與?胡蝶之夢爲周與?
出典:『荘子』斉物論篇(内篇)
出典について『荘子』内篇・斉物論篇の結び、いわゆる「胡蝶の夢」。中国語版Wikisourceの本文で確認した。書き下しと現代語訳は自分でつけた。
意味と背景
現代語訳:昔、荘周は夢で蝶になった。ひらひらと楽しく飛び、自分が荘周であることも忘れていた。ふと目覚めると、まぎれもなく荘周だった。荘周が夢で蝶になったのか、蝶が夢で荘周になっているのか、分からない。自分と世界の区別さえ確かではない、という不思議な問いかけ。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自分はこういう人間だ、と決めつけて苦しくなった時、この話を思い出します。今の自分も一つの姿にすぎないと思えば、新しい自分にも変われる気がします。柔らかく考えるための話です。
吾が生や涯り有り、而して知や涯り無し。涯り有るを以て涯り無きに随う、殆うきのみ。
原文(漢文)吾生也有涯,而知也无涯。以有涯隨无涯,殆已。
出典:『荘子』養生主篇(内篇)冒頭
出典について『荘子』内篇・養生主篇の書き出し。中国語版Wikisourceの本文で確認した。
意味と背景
現代語訳:私の命には限りがあるが、知識には限りがない。限りある命で、限りない知識を追いかけるのは危ういことだ。何でも知ろうとして心身をすり減らすより、大切なことを見きわめて生きよ、という戒め。
座右の銘にするなら・面接での答え方
資格や勉強を次々に増やして疲れ果てたことがあります。この言葉を知って、全部を知ろうとするより、本当に必要なことを選ぶ大切さに気づきました。限られた時間を何に使うかを考えるようにしています。
彼の節なる者には間有りて、刀刃なる者には厚さ無し。厚さ無きを以て間有るに入る。恢恢乎として其の刃を遊ばすに必ず余地有り。
原文(漢文)彼節者有間,而刀刃者无厚,以无厚入有間,恢恢乎其於遊刃必有餘地矣
出典:『荘子』養生主篇(内篇)庖丁解牛
出典について『荘子』内篇・養生主篇の「庖丁解牛」の話で、料理人の丁(庖丁)が王に語った言葉。荘子が作ったたとえ話の中のせりふ。「庖丁」「余地」「遊刃余地あり」の語源とされる。
意味と背景
現代語訳:牛の骨の関節にはすき間があり、私の刀の刃には厚みがない。厚みのない刃をすき間に入れるのだから、ゆったりと刃を動かす余裕が必ずある。だから十九年使っても刃こぼれしない。物事の筋目に逆らわず、自然の理に従えば無理なく生きられるというたとえ。
座右の銘にするなら・面接での答え方
仕事で力任せに頑張って疲れていた時、この話を読みました。物事にも人にも「筋目」があり、それに沿えば無理なくうまくいく。力を入れるより、流れを読むことを大事にするようになりました。
人は皆、有用の用を知りて、無用の用を知る莫きなり。
原文(漢文)人皆知有用之用,而莫知无用之用也。
出典:『荘子』人間世篇(内篇)
出典について『荘子』内篇・人間世篇の結び。中国語版Wikisourceの本文で確認した。
意味と背景
現代語訳:人はみな、役に立つものの役立ち方は知っているが、役に立たないものの役立ち方を知らない。桂は食べられるから切られ、漆は使えるから傷つけられる、と続く。一見むだに見えるものにこそ大切な価値がある、という逆転の発想。
座右の銘にするなら・面接での答え方
趣味の読書や散歩を「役に立たない」と言われたことがありますが、そこから生まれたアイデアが仕事で生きました。この言葉は、むだに見える時間の大切さを教えてくれます。余白を大事にしています。
至人は己無く、神人は功無く、聖人は名無し。
原文(漢文)至人无己,神人无功,聖人无名。
出典:『荘子』逍遥遊篇(内篇)
出典について『荘子』内篇・逍遥遊篇の一節。中国語版Wikisourceの本文で確認した。
意味と背景
現代語訳:最高の人物は自分というこだわりがなく、神のような人物は手柄を求めず、聖人は名声を求めない。自分・手柄・名声へのこだわりを捨ててこそ、本当に自由に生きられるという、荘子の理想の人間像。
座右の銘にするなら・面接での答え方
人に認められたい気持ちが強すぎて苦しかった時、この言葉で肩の力が抜けました。手柄や評判を求めず、やるべきことをやる。そう思えると、かえって仕事を楽しめるようになりました。
朝に三つにして暮れに四つ。
原文(漢文)狙公賦芧曰:『朝三而暮四。』衆狙皆怒;曰:『然則朝四而暮三。』衆狙皆悅。名實未虧,而喜怒爲用。
出典:『荘子』斉物論篇(内篇)
出典について『荘子』内篇・斉物論篇の「朝三暮四」の話。中国語版Wikisourceの本文で確認した。
意味と背景
現代語訳:猿飼いがとちの実を「朝に三つ、夕方に四つやろう」と言うと猿たちは怒り、「では朝に四つ、夕方に三つ」と言うと大喜びした。中身は何も変わっていないのに喜んだり怒ったりする。見かけの違いに振り回される愚かさを笑った寓話。
座右の銘にするなら・面接での答え方
セールの「〇〇%オフ」に飛びつきそうになった時、この話を思い出します。言い方が変わっただけで中身は同じかもしれません。見かけに惑わされず中身で判断することを心がけています。
井蛙は以て海を語るべからざるは、虚に拘ればなり。
原文(漢文)井蛙不可以語於海者,拘於虛也。夏蟲不可以語於冰者,篤於時也。曲士不可以語於道者,束於教也。
出典:『荘子』秋水篇(外篇)
出典について『荘子』外篇・秋水篇で、海の神・北海若が語る言葉。外篇は荘子本人ではなく後学の作と考えられている。「井の中の蛙大海を知らず」の出どころとされる。
意味と背景
現代語訳:井戸の中の蛙に海の話をしても通じないのは、狭い場所にとらわれているからだ。夏の虫に氷の話をしても通じないのは、生きている季節にしばられているからだ。偏った学者に道を語っても通じないのは、教えにしばられているからだ。視野の狭さへの戒め。
座右の銘にするなら・面接での答え方
地元しか知らなかった私が、留学して自分の常識が通じないことに驚きました。この言葉の通り、外に出てはじめて自分の小ささが分かります。いつも新しい場所に出ていく人でありたいです。
子は魚に非ず、安んぞ魚の楽しみを知らん。
原文(漢文)惠子曰:「子非魚,安知魚之樂?」莊子曰:「子非我,安知我不知魚之樂?」
出典:『荘子』秋水篇(外篇)濠梁の問答
出典について『荘子』外篇・秋水篇で、荘子と友人の恵子が川の橋の上で交わした問答。見出しの言葉は恵子の問いで、荘子は「君は私ではないのに、私が魚の楽しみを知らないとどうして分かるのか」と返している。外篇は後学の作とされる。
意味と背景
現代語訳:恵子「君は魚ではないのに、どうして魚が楽しんでいると分かるのか」。荘子「君は私ではないのに、私が魚の楽しみを分からないとどうして分かるのか」。他者の気持ちは本当に分かるのか、という問いを、二人の軽やかなやりとりで描いた名場面。
座右の銘にするなら・面接での答え方
人の気持ちは完全には分からない、だからこそ想像し続けることが大切だと思っています。この問答を知ってから、相手の気持ちを決めつけず「どう感じている?」と聞くようにしています。
吾、将に尾を塗中に曳かんとす。
原文(漢文)此龜者,寧其死爲留骨而貴乎?寧其生而曳尾於塗中乎?…莊子曰:「往矣!吾將曳尾於塗中。」
出典:『荘子』秋水篇(外篇)
出典について『荘子』外篇・秋水篇。楚の王から宰相にと招かれた荘子が、使者に答えた言葉。外篇は後学の作とされる。
意味と背景
現代語訳:私は泥の中で尾を引きずって生きていたい。死んで骨を宮殿に大切に祀られる亀と、生きて泥の中で尾を引きずる亀と、どちらがよいか。地位や名誉と引き換えに自由を失うより、貧しくても自分らしく生きたいという荘子の答え。
座右の銘にするなら・面接での答え方
給料の高さだけで仕事を選びそうになった時、この話を思い出しました。自分が生き生きできる場所で働くことの方が大切だと考え直しました。肩書きより自分らしさを選ぶ勇気をくれる話です。
君子の交わりは淡きこと水の若く、小人の交わりは甘きこと醴の若し。
原文(漢文)君子之交淡若水,小人之交甘若醴;君子淡以親,小人甘以絕。
出典:『荘子』山木篇(外篇)
出典について『荘子』外篇・山木篇で、子桑雽(しそうこ)が孔子に語った言葉として出てくる。外篇は後学の作とされる。
意味と背景
現代語訳:立派な人どうしの付き合いは水のようにあっさりしているが、つまらない人どうしの付き合いは甘酒のようにべたべたしている。あっさりした付き合いはかえって長く親しく続き、べたべたした付き合いはすぐ切れる。友情の本質を突いた言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
毎日連絡を取らなくても、会えばすぐ昔に戻れる友人がいます。この言葉の通り、さっぱりした関係ほど長続きすると感じます。相手を縛らない付き合い方を大切にしています。
筌は魚に在る所以なり。魚を得て筌を忘る。言は意に在る所以なり。意を得て言を忘る。
原文(漢文)荃者所以在魚,得魚而忘荃。蹄者所以在兔,得兔而忘蹄。言者所以在意,得意而忘言。
出典:『荘子』外物篇(雑篇)
出典について『荘子』雑篇・外物篇の結び。雑篇は後学の作とされる。「得魚忘筌」の出どころ。
意味と背景
現代語訳:魚を捕る道具の筌は、魚を捕るためのもので、魚を捕ったら筌のことは忘れる。言葉は意味を伝えるためのもので、意味が伝わったら言葉は忘れてよい。手段にこだわりすぎて目的を見失うな、という教え。
座右の銘にするなら・面接での答え方
ノート作りに凝りすぎて、肝心の勉強が進まなかったことがあります。この言葉で、道具は目的のためのものだと気づきました。今は手段より、何を身につけたいかを先に考えるようにしています。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/荘周
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