出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)東郷平八郎の名言
東郷平八郎|1848〜1934年|日本|海軍軍人(元帥・連合艦隊司令長官)
薩摩藩出身の海軍軍人。若いころイギリスに留学して航海術や国際法を学んだ。日露戦争では連合艦隊司令長官として、1905年の日本海海戦でロシアのバルチック艦隊をほぼ全滅させ、世界に名を知られた。晩年は元帥として海軍に大きな影響力を持ち、その神格化を心配する声もあった。86歳で亡くなり国葬が行われた。
のせている言葉:10こ(出典あり 9・伝承・出典未確認 1)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(10こ)
- 皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ。
- 百発百中の一砲よく百発一中の敵砲百門に対抗し得る…
- 武力なるものは艦船兵器等のみにあらずして、これを…
- 武人の一生は連綿不断の戦争にして、時の平戦により…
- 事有れば武力を発揮し、事無ければこれを修養し、終…
- 観ずればこれまた長期の一大演習にして、これに参加…
- いやしくも武人にして治平に偸安せんか、兵備の外観…
- 神明はただ平素の鍛錬に力め、戦わずしてすでに勝て…
- 古人曰く、勝って兜の緒を締めよと。
- 西郷軍に身を投じただろう。
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ。
出典:日本海海戦の開戦直前、旗艦「三笠」にZ旗を掲げて全艦隊に送った信号文(1905年5月27日)
出典について連合艦隊司令長官・東郷の名で掲げた信号文で、Wikipedia「Z旗」「東郷平八郎」にも載る。原文は「皇國ノ興廢此ノ一戰ニ在リ、各員一層奮勵努力セヨ」。英国のネルソンがトラファルガー海戦で掲げた信号に倣ったとされる。文面は参謀・秋山真之の作と広く言われ、Wikiquoteも秋山の項に載せるが、Wikipedia「秋山真之」は参謀長・加藤友三郎が作ったとする説も紹介しており、起草者ははっきりしない。
意味と背景
国が栄えるか滅びるかはこの一戦にかかっている。全員がいっそう奮い立って力を尽くせ、という意味。以後Z旗は「ここ一番」の象徴となり、今も受験や試合の前に勝利を願う旗として使われることがある。
座右の銘にするなら・面接での答え方
勝負所で全力を出し切る覚悟を表す言葉です。面接では、大会や受験の直前にこの言葉を机に貼って気持ちを引き締めたと話し、大事な場面ほど一人ひとりが持ち場で力を尽くすことが大切だと学んだ、と結ぶとよいでしょう。
百発百中の一砲よく百発一中の敵砲百門に対抗し得る。
出典:「聯合艦隊解散之辞」(1905年12月21日)
出典についてウィキソースの原文で確認(原文は「百發百中ノ一砲能ク百發一中ノ敵砲百門ニ對抗シ得ル」)。東郷の名で読み上げられた訓示だが、Wikipediaによると文面の起草は参謀の秋山真之とされる。のちに海軍の内部からも、確率の考えから見て精神主義に偏った主張だと批判されたことが知られる。
意味と背景
兵器の数より、それを使いこなす腕前こそが本当の力だ、という意味。百発撃って一発しか当たらない砲が百門あっても、必ず当てる一門にはかなわない。だから平時の訓練が大事だと説いた。数より質を重んじる考え方として今もよく引かれる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
量より質を磨きたい人の座右の銘になります。面接では、資格の勉強で問題集を何冊もこなすより、一冊を完璧に解けるまで繰り返した方が合格に近づいた経験を話すと、この言葉にぴったりの答えになります。
武力なるものは艦船兵器等のみにあらずして、これを活用する無形の実力にあり。
出典:「聯合艦隊解散之辞」(1905年12月21日)
出典についてウィキソースの原文で確認(旧字・カタカナを読みやすく直した)。起草は秋山真之とされる。
意味と背景
本当の強さは、船や兵器のような目に見える物ではなく、それを使いこなす人の目に見えない力にある、という意味。道具や設備をそろえても、使う人の技と心が伴わなければ役に立たない、という教え。
座右の銘にするなら・面接での答え方
道具より使う人の力を磨きたい、という意味で使えます。面接では、高価な機材がなくても、工夫と練習で動画編集の腕を上げ、サークルの広報を任された経験を話すと、目に見えない実力の大切さが伝わります。
武人の一生は連綿不断の戦争にして、時の平戦によりその責務に軽重あるの理なし。
出典:「聯合艦隊解散之辞」(1905年12月21日)
出典についてウィキソースの原文で確認(旧字・カタカナを読みやすく直した)。起草は秋山真之とされる。
意味と背景
軍人の一生は途切れることのない戦いであり、戦時か平時かによって責任が重くなったり軽くなったりすることはない、という意味。戦争が終わったからといって気をゆるめるな、という戒め。仕事の責任は忙しさに関係ないという意味にも読める。
座右の銘にするなら・面接での答え方
状況に関係なく責任を果たしたい人の座右の銘です。面接では、お客様が少ない時間帯も清掃や準備を怠らず、忙しい時に慌てずに済んだ経験を話し、どんな時も手を抜かない姿勢を伝えると説得力があります。
事有れば武力を発揮し、事無ければこれを修養し、終始一貫その本分を尽くさんのみ。
出典:「聯合艦隊解散之辞」(1905年12月21日)
出典についてウィキソースの原文で確認(旧字・カタカナを読みやすく直した)。起草は秋山真之とされる。
意味と背景
いざという時には力を出し、何もない時にはその力を養う。始めから終わりまで、自分の務めをひたすら果たすだけだ、という意味。本番と準備の両方を同じ重さで大切にする姿勢を、短く言い表している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
本番だけでなく準備の時間も大切にしたい人に合います。面接では、試合がない時期にこそ基礎体力づくりに取り組み、それが大会での粘りにつながった経験を話すと、この言葉らしい具体的な答えになります。
観ずればこれまた長期の一大演習にして、これに参加し幾多啓発するを得たる武人の幸福比するに物無し。
出典:「聯合艦隊解散之辞」(1905年12月21日)
出典についてウィキソースの原文で確認(旧字・カタカナを読みやすく直した)。起草は秋山真之とされる。
意味と背景
一年半に及んだ苦しい戦いも、考えてみれば長い一つの大演習であり、それに加わって多くを学べたことは何よりの幸せだった、という意味。つらい経験を「学びの機会」と捉え直す前向きな見方が表れている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
苦労を学びに変えたい人の座右の銘になります。面接では、人手不足で大変だったアルバイト期間を「長い演習」と考えて乗り切り、仕事の段取りが身についた経験を話すと、前向きさが伝わります。
いやしくも武人にして治平に偸安せんか、兵備の外観巍然たるも、あたかも砂上の楼閣のごとく、暴風一過たちまち崩倒するに至らん。
出典:「聯合艦隊解散之辞」(1905年12月21日)
出典についてウィキソースの原文で確認(原文「兵備ノ外觀巍然タルト宛モ沙上ノ樓閣ノ如ク」。旧字・カタカナを読みやすく直した)。起草は秋山真之とされる。
意味と背景
軍人が平和に慣れて楽をすれば、どれほど立派な装備を並べても、それは砂の上に建てた高い建物のようなもので、嵐が一度来ればたちまち崩れてしまう、という警告。見かけだけの備えのもろさを鋭く言い表している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
油断を戒める座右の銘として使えます。面接では、試験で一度良い点を取って油断し、次の試験で大きく下げた失敗を話し、それ以来、結果が良い時ほど基礎を見直すようにしている、と伝えるとよいでしょう。
神明はただ平素の鍛錬に力め、戦わずしてすでに勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足し治平に安んずる者よりただちにこれを褫う。
出典:「聯合艦隊解散之辞」(1905年12月21日)
出典についてウィキソースの原文で確認(旧字・カタカナを読みやすく直した)。起草は秋山真之とされる。
意味と背景
神は、普段から鍛錬に励み、戦う前からすでに勝っている者に勝利を与える。そして一度の勝ちに満足して安心している者からは、すぐにそれを取り上げる、という意味。勝負は本番の前に決まっているという考え。
座右の銘にするなら・面接での答え方
準備で勝負を決めたい人の座右の銘です。面接では、発表会の前に何度もリハーサルを重ね、本番では落ち着いて話せた経験を話し、勝負は準備の段階で決まると考えている、と結ぶと説得力があります。
古人曰く、勝って兜の緒を締めよと。
出典:「聯合艦隊解散之辞」結び(1905年12月21日)
出典についてウィキソースの原文で確認。東郷自身が「古人曰く」と書いているとおり、言葉そのものは昔からのことわざで、東郷が作ったものではない(戦国大名・北条氏綱の遺訓とする説もある)。この訓示で引かれたことで一気に広まった。
意味と背景
戦いに勝っても気をゆるめず、兜のひもを締め直せ、という意味。日露戦争に勝って国中が浮かれる中、東郷はこの古いことわざで訓示を締めくくった。成功した時こそ油断が生まれる、という戒めとして今もよく使われる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
成功した時ほど気を引き締めたい人の定番の座右の銘です。面接では、部活で大会に優勝した直後こそ練習内容を見直して翌年も結果を残した話をし、言葉はことわざで東郷が訓示で引いたと添えると、知識の正確さも伝わります。
西郷軍に身を投じただろう。
出典:イギリス留学からの帰国途中に西南戦争で西郷隆盛が自害したと知り、後年「もし日本に残っていたらどうしたか」と問われた時の答えとして伝わる
出典についてWikipediaが2009年の新書を出典に載せるが、いつ誰に答えたかの一次資料は確認できなかった。東郷の実兄は実際に西郷軍に加わって戦死している。
意味と背景
同じ薩摩出身の西郷隆盛を深く敬い、もし日本にいたら迷わず西郷のもとで戦っただろう、という答え。のちに政府の海軍を代表する人物になった東郷が、ためらわずにこう言ったところに、恩人や郷土への義理を重んじる人柄が表れている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘というより、恩や縁を大切にする姿勢の例として使えます。面接では、自分を育ててくれた先輩や地域への恩を忘れず、立場が変わっても筋を通したいと話す時に、伝わる逸話として紹介するとよいでしょう。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/東郷平八郎
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