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内村鑑三の肖像写真
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)

内村鑑三の名言

内村鑑三|1861〜1930年|日本(江戸・高崎藩士の家)|キリスト教思想家・文筆家

高崎藩士の子として江戸に生まれ、札幌農学校でキリスト教に入信した。アメリカに留学したのち、第一高等中学校の教員となったが、教育勅語への礼拝をためらった「不敬事件」で職を追われた。その後は文筆と講演で生き、教会に属さず聖書だけを頼りにする「無教会主義」を唱えた。日露戦争では非戦論を唱え、英文の『代表的日本人』などで日本を世界に紹介した。

のせている言葉:10こ(出典あり 9・伝承・出典未確認 1)更新:2026-10-20

この人の名言の一覧(10こ)
  1. 人間が後世に遺すことができ、しかも誰にでも遺すこ…
  2. この美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、わ…
  3. われわれがこの世の中にあるあいだは、少しなりとも…
  4. あの人はこの世の中に活きているあいだは、真面目な…
  5. わたしの諂うべき人なし。わたしの組すべき党派なし…
  6. 春の枝に花あり、夏の枝に葉あり、秋の枝に果あり、…
  7. 外に拡がろうとするよりは、内を開発すべきでありま…
  8. 国の小なるはけっして歎くに足りません。これに対し…
  9. 緑は希望の色であります。
  10. われは日本のために、日本は世界のために、世界はキ…

それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。

人間にんげんが後世こうせいに遺のこすことができ、しかも誰だれにでも遺のこすことができる、利益りえきばかりあって害がいのない遺物いぶつがある。それは勇いさましい高尚こうしょうなる生涯しょうがいであると思おもいます。

出典:講演『後世への最大遺物』(明治27年=1894年7月、箱根・芦ノ湖畔のキリスト教徒夏期学校にて)

出典について講演を筆記して本にした『後世への最大遺物』の本文にある(青空文庫で確認。原文を少しつづめた)。

意味と背景

お金や事業、思想を遺せる人は限られている。しかし、勇ましく気高い生き方なら、誰でも後の世に遺すことができる、と内村は説いた。この本は多くの若者に読まれ、何を遺して生きるかを考えるきっかけを与えてきた。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「目に見える実績だけでなく、生き方そのものを後輩に遺したい」と語る時に使える。卒業スピーチや、教育・福祉の仕事の志望動機で、自分の生き方の目標として紹介すると心に響く。

2出典あり#感謝#夢#自然
この美うつくしい地球ちきゅう、この美うつくしい国くに、この楽たのしい社会しゃかい、われわれを育そだててくれた山やまや河かわに、何なんも遺のこさずには死しんでしまいたくない。

出典:講演『後世への最大遺物』(1894年)

出典について『後世への最大遺物』の本文にある(原文「すなわち私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、このわれわれを育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない、との希望が起ってくる」を少しつづめた)。

意味と背景

天国へ行ければそれで十分かと自分に問うと、「清い欲」が起こってくる、と内村は語る。自分を育ててくれたこの世界に、何か恩返しを遺したいという願いである。名誉のためではなく、世界を愛した証拠を遺したい、という気持ちが込められている。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「育ててくれた地元に何かを遺したいと思い、地域の仕事を志望しました」と、ふるさとや社会への恩返しの気持ちを語る時に使える。公務員や地域企業の面接に向いている。

われわれがこの世よの中なかにあるあいだは、少すこしなりともこの世よの中なかを善よくして往ゆきたいです。

出典:講演『後世への最大遺物』(1894年)

出典について『後世への最大遺物』の本文にある(青空文庫の本文どおり)。直後に天文学者ハーシェルの言葉を紹介している。

意味と背景

この世に生まれてきた以上、生きているあいだに、ほんの少しでも世の中を良くしていきたい、という願い。内村はハーシェルの「死ぬときには、生まれたときより世の中を少しでもよくして往こう」という言葉を引いて、この思いを強めている。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「大きなことはできなくても、自分のいる場所を少しずつ良くしたい」と語る時に使える。職場の小さな改善を続けてきた経験と合わせると、地に足のついた答えになる。

あの人ひとはこの世よの中なかに活いきているあいだは、真面目まじめなる生涯しょうがいを送おくった人ひとであるといわれるだけのことを、後世こうせいの人ひとに遺のこしたいと思おもいます。

出典:講演『後世への最大遺物』の結び(1894年)

出典について『後世への最大遺物』の最後の一文(「アノ人は」を「あの人は」に直した)。原本ではこのあと「(拍手喝采)」とある。

意味と背景

何も遺せず、誰にも覚えられなくてもよい。ただ「あの人は真面目に生きた」と言われるだけのものを遺したい、と講演を結んだ。特別な才能がなくても誰でも目指せる目標として、多くの人を励ましてきた言葉である。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「目立つ成果より、あの人は真面目だったと言われる生き方をしたい」と語れば、誠実さが伝わる。派手なアピールが苦手な人でも、自分らしく言える座右の銘である。

わたしの諂へつらうべき人ひとなし。わたしの組くみすべき党派とうはなし。……感謝かんしゃして日光にっこうを迎むかえ、感謝かんしゃして粗末そまつな食事しょくじに向むかい、感謝かんしゃして天職てんしょくを執とり、感謝かんしゃして眠ねむりにつく。生なまを得えることのなんと楽たのしいことか。

出典:詩「楽しき生涯(韻なき紀律なき一片の真情)」(『国民之友』明治29年=1896年1月)

出典について内村の詩「楽しき生涯」の一部(原文「我の諂ふべき人なし/我の組すべき党派なし……感謝して日光を迎へ/感謝して麁膳に対し/感謝して天職を執り/感謝して眠に就く/生を得る何ぞ楽しき」。間を中略し、今の表記に直した)。

意味と背景

不敬事件で職を失い、貧しい暮らしをしていた頃の詩。こびる相手も、頼る党派もないが、仕える神、愛する国、養う家族がいる。朝から晩まで感謝して暮らせば、生きることはなんと楽しいか、と歌う。逆境の中で見つけた幸せの形である。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「感謝して日光を迎え、感謝して眠りにつく」の部分だけでも座右の銘になる。「毎晩、その日感謝したことを三つ書いてから寝ています」と、感謝の習慣と組み合わせると具体的に伝わる。

春はるの枝えだに花はなあり、夏なつの枝えだに葉はあり、秋あきの枝えだに果みあり、冬ふゆの枝えだに慰なぐさめあり。花はな散ちりて後あとに、葉落はおちて後あとに、果み失うせて後あとに、芽めは枝えだに顕あらわる。

出典:詩「寒中の木の芽」(『国民之友』明治29年=1896年2月)

出典について内村の詩「寒中の木の芽」の一節(旧かな「顕はる」を「顕わる」に直した)。

意味と背景

花も葉も実もなくなった冬の枝にこそ、次の春の芽が現れる。詩は続けて「憂いに沈む者よ、不幸を嘆く者よ、望みを失った者よ、春の日は近い」と呼びかける。何もかも失ったように見える時こそ、新しい芽が出ているという励ましの詩である。

座右の銘にするなら・面接での答え方

挫折から立ち直った経験を語る時にぴったり。「受験に失敗した冬、この詩の『冬の枝に慰あり』に励まされました」と話せば、困難を乗り越える力を自然に伝えられる。

外そとに拡ひろがろうとするよりは、内うちを開発かいはつすべきであります。

出典:講演『デンマルク国の話』(明治44年=1911年10月22日、東京・柏木の今井館にて)

出典について『デンマルク国の話』の本文にある(原文「外に拡がらんとするよりは内を開発すべきであります」を今の言い方に直した)。

意味と背景

戦争で豊かな土地を失ったデンマークが、荒れ地に木を植えて国を立て直した話を紹介し、内村は、国を外に広げるより、今ある土地を開発するほうが大事だと説いた。日露戦争後、領土拡張に向かう日本への静かな問いかけでもあった。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「新しい分野に手を広げるより、今の仕事を深めて磨くことを大事にしています」と、自分の強みを掘り下げる姿勢を語る時に使える。自己研鑽の話と組み合わせるとよい。

国くにの小しょうなるはけっして歎なげくに足たりません。これに対たいして国くにの大だいなるはけっして誇ほこるに足たりません。

出典:講演『デンマルク国の話』(1911年)

出典について『デンマルク国の話』の本文にある(青空文庫の本文どおり)。

意味と背景

よく開発すれば小さな島も大陸にまさる富を生む。だから国が小さいことを嘆く必要はなく、大きいことを誇る理由もない、という言葉。大きさではなく、持っているものをどう生かすかが大事だという考えは、会社や個人にも当てはまる。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「小さな会社だからこそできることがあると考えています」と、中小企業の志望動機で使える。個人なら「体が小さいことを嘆くより、速さを生かしてきた」など、自分の条件を生かした話につなげられる。

緑みどりは希望きぼうの色いろであります。

出典:講演『デンマルク国の話』(1911年)

出典について『デンマルク国の話』の本文にある。

意味と背景

デンマークの荒れ地ユトランドに、ダルガス親子が苦労の末に植林を成功させ、初めて緑の野が広がった場面の言葉。緑は希望の色であり、ダルガスの希望、デンマークの希望、国民の希望が形になった、と内村は語った。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「荒れ地に木を植えるように、時間がかかっても希望を育てる仕事がしたい」と、農業・林業・環境の仕事の志望動機で使える。短く覚えやすいので、スピーチの結びにも向く。

10伝承・出典未確認#夢#生き方
われは日本にほんのために、日本にほんは世界せかいのために、世界せかいはキリストのために、そしてすべては神かみのために。

原文(英語)I for Japan, Japan for the World, The World for Christ, And All for God.

出典:内村の墓(東京・多磨霊園)に刻まれた英文

出典について内村の墓に刻まれている英文として日本語版Wikipediaに載る(写真の説明文による)。内村自身の言葉とされるが、いつどこで書いたものかは今回確かめられなかった。

意味と背景

自分は日本のために、日本は世界のために尽くし、そのすべては神のためにある、という内村の生涯の信念を短く表した言葉。日本を深く愛しながら、日本だけに閉じこもらず世界に目を向けた内村らしい、広がりのある言葉である。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「地元のために働くことが、日本や世界につながると考えています」と、身近な仕事と大きな目標をつなげて語る時に使える。英語の面接で、日本人の言葉として紹介するのにも向いている。

人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/内村鑑三

ほかの日本の偉人の名言

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