肖像画:作者不詳(江戸時代)『如水居士像』(パブリックドメイン)(ファイルのページ)黒田官兵衛の名言
黒田官兵衛(黒田孝高・如水)|1546〜1604年|日本(戦国〜江戸時代初期)|戦国武将・軍師
播磨(兵庫県)姫路の生まれ。豊臣秀吉の参謀として中国攻めや天下統一を支え、竹中半兵衛と並ぶ軍師として知られる。荒木村重の説得に向かって1年近く幽閉され、足が不自由になった。キリシタン大名でもあり、出家後は「如水」と名乗った。関ヶ原の戦いの際には九州で兵を挙げた。息子の黒田長政が福岡藩の初代藩主となった。
のせている言葉:6こ(出典あり 1・伝承・出典未確認 5)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(6こ)
- かようの時は、仕合わせになり申し候。
- 如水、すなわち水の如し。
- おもいおく言の葉なくて、ついに行く道はまよわじ、…
- ご運のひらけさせ給うべき時が来たのでござる。よく…
- 我、人に媚びず、富貴を望まず。
- その時、お前の左手は何をしていた。
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
かようの時は、仕合わせになり申し候。
出典:吉川広家あての書状(1598年)
出典について豊臣秀吉が亡くなった慶長3年(1598)ごろ、官兵衛が吉川広家に送った手紙が残っており、Wikipediaにその一節が引かれている。ここで挙げた中では数少ない一次資料の言葉。
意味と背景
意味:こういう(世が乱れる)時こそ、運が開けるものです。秀吉の死後に大きな争いが起きることを見越し、それを好機ととらえた言葉と読まれている。混乱を嘆くのではなく、変化の中にチャンスを見る官兵衛の目の鋭さが表れている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
アルバイト先が人手不足で大混乱した時、この言葉を思い出し、自分から新しい仕事を引き受けました。結果的に任される範囲が広がりました。ピンチの時こそ動く人が伸びる、と信じています。
如水、すなわち水の如し。
出典:ルイス・フロイス『日本史』に伝わる号の由来
出典について宣教師フロイスの『日本史』に、官兵衛が頭を丸めて「ジョスイ、すなわち水の如し」と名乗ったと記されている(Wikipediaによる)。同時代の記録だが、フロイスを通した又聞きであり、号の由来には『老子』の「上善は水の如し」から取ったとする説もあるため「伝承」とした。
意味と背景
意味:水のように生きる。水は器によって形を変え、低い所に流れ、争わずに万物をうるおす。権力の争いから一歩引き、しなやかに生きようとした官兵衛の晩年の心境が、この号にこめられていると考えられる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自分の考えにこだわりすぎて人とぶつかることが多かったので、水のように相手に合わせて形を変える柔らかさを目標にしています。芯は保ちながら、やり方は柔軟に。それがチームで成果を出すこつだと思っています。
おもいおく言の葉なくて、ついに行く道はまよわじ、なるにまかせて。
出典:辞世の歌(1604年)
出典について官兵衛の辞世としてWikipediaに載るが、出典となる当時の記録は示されておらず、確かめられなかった。
意味と背景
現代語訳:この世に思い残して言い置く言葉は何もない。最後に行くあの世への道も迷わないだろう、なるようになるのにまかせて。策略家として知られた官兵衛が、最期は計算を手放し、すべてを自然にゆだねた静かな境地を詠んだ。
座右の銘にするなら・面接での答え方
準備をやり尽くしたら、あとは結果に身をまかせる。試験の前日、この歌を思い出して心を落ち着かせています。やるべきことをやった人だけが「なるにまかせて」と言える、と思っています。
ご運のひらけさせ給うべき時が来たのでござる。よくかんがえさせ給え。
出典:『老人雑話』(江戸時代初期の聞き書き)(1582年)
出典について本能寺の変で信長が討たれたと知って動揺する秀吉に、官兵衛がささやいたとされる言葉。最も古い記録は江戸初期の『老人雑話』で、出来事から数十年後の聞き書きのため「伝承」とした。のちの『名将言行録』にも短い形で載る。
意味と背景
意味:(主君・信長が討たれた今こそ)あなたの運が開ける時が来たのです。よくお考えください。悲しみに沈む秀吉に、天下取りの好機だと冷静に告げたとされる。この一言が秀吉の「中国大返し」につながったという逸話として有名。
座右の銘にするなら・面接での答え方
大きな失敗やショックな出来事の直後こそ、冷静に次の一手を考えるようにしています。落ちこむ時間も必要ですが、状況が変わった時はチャンスでもあります。この逸話から、切り替えの早さの大切さを学びました。
我、人に媚びず、富貴を望まず。
出典:墓碑銘・『黒田家譜』に伝わる
出典についてWikipediaによれば墓碑銘と『黒田家譜』(江戸時代に福岡藩が編んだ家の歴史)に見える言葉。本人が書いた資料ではなく後の編纂物によるため「伝承」とした。
意味と背景
意味:私は人にこびへつらわず、財産や地位を求めない。天下を取れる器量がありながら、秀吉にも家康にも警戒され、自分から身を引いた官兵衛の生き方を表す言葉として伝わる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
人に気に入られるために意見を曲げそうになった時、この言葉を思い出します。地位やお金より、自分に恥じない生き方を選びたい。そう考えて、正しいと思うことは丁寧に伝えるようにしています。
その時、お前の左手は何をしていた。
出典:明治以降の伝記(福本日南『黒田如水』など)に載る逸話(1600年)
出典について関ヶ原の後、息子・長政が「家康公が私の右手を三度握って感謝された」と報告した時に、官兵衛が「その時お前の左手は何をしていた(なぜ家康を刺さなかった)」と言ったという有名な逸話。だがWikipediaによれば同時代の資料には見えず、明治・大正の伝記で広まったもので、現代の歴史学者にも官兵衛らしくないと疑う声がある。創作の可能性が高い。
意味と背景
意味:家康がお前の右手を握っていた時、空いていた左手でなぜ刀を抜かなかったのか。官兵衛が天下を狙う野心を最後まで持っていたことを示す話として有名だが、後世の創作である可能性が高く、「そう語られてきた官兵衛像」の言葉と受け取るのがよい。
座右の銘にするなら・面接での答え方
この言葉自体は物騒ですが、私は「チャンスの時に空いている手で何ができるか考えよ」という意味に受け取っています。ただし、出典が怪しい逸話だと知った上で使うようにしています。調べてから信じる姿勢も大事だと学びました。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/黒田孝高
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