肖像画:テオドール・シャセリオー『ラ・ロシュフコー公の肖像(旧作の模写)』(パブリックドメイン)(ファイルのページ)ラ・ロシュフコーの名言
フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー|1613〜1680年|フランス|貴族・モラリスト(人間観察の文筆家)
フランスの名門貴族の家に生まれ、若いころは宮廷の争いや内乱(フロンドの乱)に加わって重傷を負った。晩年はパリのサロンで文人たちと語り合い、人の行いの裏にある自己愛や見栄を短い言葉で鋭く言い当てた『箴言集(マクシム)』を出版した。皮肉が効いた一文の名言の名手として知られる。
のせている言葉:15こ(出典あり 15)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(15こ)
- 私たちの美徳は、たいていの場合、姿を変えた悪徳に…
- 他人の不幸に耐えるだけの強さなら、私たちは誰でも…
- 太陽と死は、じっと見つめることができない。
- 恋の話を一度も聞いたことがなければ、一生恋をしな…
- もし私たちに欠点がなければ、他人の欠点を見つけて…
- 人は、自分で思うほど幸せでも不幸でもない。
- 友を疑うことは、友にだまされることよりも恥ずかし…
- 手本ほど人にうつりやすいものはない。
- 離れていると、小さな恋は消え、大きな恋は燃え上が…
- 確実にだまされる方法は、自分は人より賢いと思い込…
- 私たちは期待に応じて約束し、恐れに応じて約束を守…
- 偽善とは、悪徳が美徳にささげる敬意である。
- 哲学は過去の不幸と未来の不幸にはたやすく勝つ。だ…
- 人のために賢くあるのは、自分のために賢くあるより…
- 私たちの最も立派な行いも、それを生んだ動機を世間…
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
私たちの美徳は、たいていの場合、姿を変えた悪徳にすぎない。
原文(フランス語)Nos vertus ne sont, le plus souvent, que des vices déguisés.
出典:『箴言集』1678年版の巻頭の言葉(エピグラフ)
出典について『箴言集』第5版(1678年)の巻頭に掲げられた言葉。フランス語版Wikiquoteに載っている。番号のついた箴言ではなく、本全体の主題を示す一文。
意味と背景
親切や勇気など立派に見える行いも、よく見ると見栄や得をしたい気持ちから生まれていることが多い、という意味。人間の美しい面の裏側をのぞき込む『箴言集』全体の考え方を、最初に一言で示した言葉で、自分の動機を見直すきっかけになる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
ボランティアをした時、どこかで「ほめられたい」と思っている自分に気づきました。この言葉で、動機を正直に見つめることの大切さを知りました。善いことをする時も、自分の気持ちを点検できる人でありたいと思います。
他人の不幸に耐えるだけの強さなら、私たちは誰でも持っている。
原文(フランス語)Nous avons tous assez de force pour supporter les maux d'autrui.
出典:『箴言集』第19(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。
意味と背景
人の不幸には平気でいられるのに、自分に同じことが起きると大騒ぎする、人間の身勝手さを皮肉った言葉。他人の苦しみを「大したことない」と言うのは簡単だが、それは本当の強さではないと気づかせてくれる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
友人の悩みを軽く聞き流して傷つけたことがあり、この言葉で反省しました。人のつらさは自分の身に置きかえて考えるようにしています。仕事でも、相手の困りごとを他人事にせず受け止められる人でありたいです。
太陽と死は、じっと見つめることができない。
原文(フランス語)Le soleil ni la mort ne se peuvent regarder fixement.
出典:『箴言集』第26(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。
意味と背景
まぶしい太陽を見続けられないように、人は自分の死を正面から考え続けることはできないという意味。死を恐れないと言う人も、実は目をそらしているだけだという、ラ・ロシュフコーらしい鋭い観察が短い一文に込められている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘というより、人の弱さを認める言葉として心に残っています。怖いことから目をそらすのは人間らしいことだと思えば、自分にも他人にも優しくなれます。そのうえで、向き合うべき時は逃げない人でありたいです。
恋の話を一度も聞いたことがなければ、一生恋をしなかった人もいるだろう。
原文(フランス語)Il y a des gens qui n'auraient jamais été amoureux s'ils n'avaient jamais entendu parler de l'amour.
出典:『箴言集』第136(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。
意味と背景
恋は自然にわき上がる気持ちと思われているが、実は小説やうわさ話で「恋とはこういうもの」と教わって、それをまねしている面もある、という皮肉。人の気持ちの多くが周りの影響で形づくられていることを指摘している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
流行や周りの声に流されていないか、自分の気持ちを確かめる時に思い出す言葉です。進路も「みんなが行くから」ではなく、自分が本当にやりたいかで選びました。自分の本心で判断できる人でありたいです。
もし私たちに欠点がなければ、他人の欠点を見つけてこれほど喜びはしないだろう。
原文(フランス語)Si nous n'avions point de défauts, nous ne prendrions pas tant de plaisir à en remarquer dans les autres.
出典:『箴言集』第31(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。
意味と背景
人の悪口や欠点探しが楽しいのは、自分にも欠点があり、他人の欠点を見つけると安心できるからだという意味。他人を責めたくなった時こそ、自分の弱さが映っているのだと考えよ、という耳の痛い指摘である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
人のミスをつい指摘したくなる時、この言葉で一呼吸おくようにしています。欠点探しより良いところを見つける方が、チームの雰囲気もよくなりました。人を責める前に自分を振り返れる人でありたいです。
人は、自分で思うほど幸せでも不幸でもない。
原文(フランス語)On n'est jamais si heureux ni si malheureux qu'on se l'imagine.
出典:『箴言集』第49(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。
意味と背景
うれしい時も悲しい時も、人は自分の状態を大げさに感じがちだという意味。有頂天の時も落ち込んだ時も、実際はそこまでではないと思えば、心のバランスを保てる。喜びすぎず、嘆きすぎずに生きるための知恵である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
第一志望に落ちた時、この世の終わりのように感じましたが、今は進んだ道に満足しています。この言葉の通り、気持ちは大げさになりがちです。良い時も悪い時も、落ち着いて次の一手を考えられる人でありたいです。
友を疑うことは、友にだまされることよりも恥ずかしい。
原文(フランス語)Il est plus honteux de se défier de ses amis que d'en être trompé.
出典:『箴言集』第84(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。
意味と背景
友だちにだまされるのは相手の落ち度だが、友だちを疑うのは自分の心の貧しさを示すことになる、という意味。信じた結果裏切られても恥ではないが、信じられないことは友情そのものを壊してしまう。友を信じる勇気を説いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
グループで誤解が生まれた時、相手を疑う前に直接話を聞くようにしています。この言葉の通り、信じて損をする方が、疑って関係を壊すよりずっといいと思います。仲間を信頼して任せられる人でありたいです。
手本ほど人にうつりやすいものはない。
原文(フランス語)Rien n'est si contagieux que l'exemple
出典:『箴言集』第230(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。箴言の番号は版によって異なり、Wikisourceの1817年版では第237。
意味と背景
人は言葉で教えられるより、周りの人の行いを見てまねをする。良い行いも悪い行いも、手本は病気のようにうつっていくという意味。人に何かを求めるなら、まず自分が手本を見せることが一番だと教えてくれる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
後輩に「あいさつしよう」と言うより、自分が大きな声であいさつを続けたら、部全体に広がりました。言葉より行動がうつると実感した経験です。職場でも、まず自分がやってみせる人でありたいと思っています。
離れていると、小さな恋は消え、大きな恋は燃え上がる。風がろうそくを消し、火事をあおるように。
原文(フランス語)L'absence diminue les médiocres passions et augmente les grandes, comme le vent éteint les bougies et allume le feu.
出典:『箴言集』第276(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。番号は版によって異なり、Wikisourceの1817年版では第284。
意味と背景
会えない時間は、気持ちの大きさを試すものだという意味。ほどほどの恋なら離れているうちに冷めてしまうが、本物の恋はかえって強くなる。ろうそくと火事のたとえで、距離が愛情をふるいにかける様子を鮮やかに描いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
遠くに引っ越した友人と今も続いているのは、本当に大切な関係だからだと思います。この言葉は恋だけでなく、情熱全般にも当てはまります。離れても続く熱意こそ本物だと考え、夢も簡単に冷まさないようにしています。
確実にだまされる方法は、自分は人より賢いと思い込むことだ。
原文(フランス語)Le vrai moyen d'être trompé, c'est de se croire plus fin que les autres.
出典:『箴言集』第127(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。
意味と背景
自分は賢いから大丈夫だと油断している人ほど、相手の手口に気づかず、簡単にだまされてしまうという意味。自信が過ぎると注意がゆるむ。自分も間違えるかもしれないと思っている方が、かえって安全だという教え。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「自分は大丈夫」と思った時ほど確認を省いてミスをしました。この言葉を知ってから、慣れた作業ほどチェックリストを使っています。自分を過信せず、謙虚に確かめる人の方が信頼されると思っています。
私たちは期待に応じて約束し、恐れに応じて約束を守る。
原文(フランス語)Nous promettons selon nos espérances, et nous tenons selon nos craintes.
出典:『箴言集』第38(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。
意味と背景
約束する時は「こうなったらいいな」という期待で大きなことを言い、守る時は「守らないと困ったことになる」という恐れから守っている、という皮肉。人の約束の裏にある気持ちを見抜き、軽い約束をしないよう戒める言葉でもある。
座右の銘にするなら・面接での答え方
できるか分からないことを「やります」と引き受けて苦しんだ経験から、約束は守れる範囲でするようにしています。期待で口にせず、実力で約束する人でありたいです。仕事では納期を現実的に伝えることを大切にしています。
偽善とは、悪徳が美徳にささげる敬意である。
原文(フランス語)L'hypocrisie est un hommage que le vice rend à la vertu.
出典:『箴言集』第218(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。フランス語版Wikiquoteにも載っている。番号は版によって異なり、Wikisourceの1817年版では第223。
意味と背景
悪い人が善人のふりをするのは、心のどこかで善いことの価値を認めているからだ、という逆説。偽善はもちろん良くないが、それさえも美徳の力を示している、という皮肉の中に、善を大切に思う人間の本心を見ている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘というより、人を見る目を養う言葉です。善人ぶる人を責めるより、「善くありたい気持ちはあるのだ」と見る方が人間関係はうまくいきます。私自身も、形から入ってでも善い行いを続けたいと思っています。
哲学は過去の不幸と未来の不幸にはたやすく勝つ。だが今の不幸は哲学に勝つ。
原文(フランス語)La philosophie triomphe aisément des maux passés et des maux à venir ; mais les maux présents triomphent d'elle.
出典:『箴言集』第22(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。フランス語版Wikiquoteにも前半が載っている。
意味と背景
終わったつらさや、まだ来ないつらさなら理屈で割り切れるが、今まさに味わっている苦しみの前では、立派な理屈も役に立たないという意味。頭で分かっていることと、実際に耐えられることは違うという、人間の正直な姿を言い当てている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
人の悩みに正論で返してしまった反省から、この言葉を大切にしています。今苦しんでいる人には、理屈より寄り添うことが先です。仕事で困っている仲間がいたら、まず話を聞き、手を貸せる人でありたいです。
人のために賢くあるのは、自分のために賢くあるよりたやすい。
原文(フランス語)Il est plus aisé d'être sage pour les autres que de l'être pour soi-même.
出典:『箴言集』第132(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。
意味と背景
人の相談には冷静に良い助言ができるのに、自分のこととなると感情が入って判断を誤ってしまう、という意味。他人には言えることを自分にも当てはめられるか、という問いかけで、自分の判断を客観的に見る大切さを教える。
座右の銘にするなら・面接での答え方
友人の相談にはうまく答えられるのに、自分のことは決められない時、この言葉を思い出します。「友人ならどう助言するか」と考えると、冷静に決められます。仕事でも、自分の案を他人の目で見直す習慣を大事にしています。
私たちの最も立派な行いも、それを生んだ動機を世間に見られたら、恥ずかしく思うことが多いだろう。
原文(フランス語)Nous aurions souvent honte de nos plus belles actions si le monde voyait tous les motifs qui les produisent.
出典:『箴言集』第409(1678年)
出典について『箴言集』の原文(フランス語版Wikisource)。番号は版によって異なり、Wikisourceの1817年版では第431。
意味と背景
人にほめられる行いも、その裏には見栄や打算がまじっていることが多く、それが全部見えたら恥ずかしくなるだろうという意味。行いの表だけでなく心の中まで見つめよ、という、巻頭の言葉と同じ主題をくり返し語った一文。
座右の銘にするなら・面接での答え方
表彰された時、本当は内申点のためだった自分に気づき、少し恥ずかしくなりました。それからは、誰も見ていない場面でも同じように動けるかを自分の物差しにしています。動機まで胸を張れる仕事をしたいです。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/フランソワ・ド・ラ・ロシュフコー
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