出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)徳冨蘆花の名言
徳冨蘆花|1868〜1927年|日本|小説家・随筆家
熊本の水俣に生まれた。兄は明治から昭和の言論界で活躍したジャーナリスト。小説『不如帰』が明治の大ベストセラーとなり、随筆集『自然と人生』でも人気を得た。トルストイに会いにロシアへ渡り、帰国後は東京の郊外・粕谷村で畑を耕しながら暮らした(今の蘆花恒春園)。大逆事件で幸徳秋水らが処刑された直後に、第一高等学校で講演「謀叛論」を行ったことでも知られる。
のせている言葉:7こ(出典あり 7)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(7こ)
- 諸君、謀叛を恐れてはならぬ。謀叛人を恐れてはなら…
- 肉体の死は何でもない。恐るべきは霊魂の死である。
- 我々は生きねばならぬ、生きるために常に謀叛しなけ…
- 人格を重んぜねばならぬ。負わさるる名は何でもいい…
- あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ!…
- 土の上に生れ、土の生むものを食うて生き、而して死…
- 手には畑の草をとりつつ、心に心田の草をとる。
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
諸君、謀叛を恐れてはならぬ。謀叛人を恐れてはならぬ。自ら謀叛人となるを恐れてはならぬ。新しいものは常に謀叛である。
出典:講演「謀叛論」(第一高等学校、1911年2月1日)の草稿
出典について青空文庫「謀叛論(草稿)」の本文で確認。大逆事件で幸徳秋水らが処刑された一週間後、一高生の前で行った講演の草稿。
意味と背景
大逆事件で処刑された人々を「謀叛人」と呼ぶ世の中に向けて、新しい考えはいつも古い秩序への謀叛として現れるのだから、謀叛を恐れるな、自分が謀叛人になることも恐れるな、と若者に呼びかけた言葉。思想と言論の自由を訴えた名演説の核心。
座右の銘にするなら・面接での答え方
常識に挑む勇気を持ちたい人の座右の銘になります。面接では、前例のない提案をして反対されたが、根拠を示して説得し実現させた経験を話し、新しいことは最初は反発されるものだと考えて挑戦を続けたい、と伝えるとよいでしょう。
肉体の死は何でもない。恐るべきは霊魂の死である。
出典:講演「謀叛論」(1911年)の草稿
出典について青空文庫の本文で確認。この後、教えられた信条にしがみつき、言わされるまま・させられるままに生き、自立を失う時が「霊魂の死」だと説明している。
意味と背景
体が死ぬことはたいしたことではない。本当に恐ろしいのは心の死だ、という意味。蘆花のいう心の死とは、人に言われるまま型にはまった人形のように生き、自分で考え、自分で決める力を失うことである。自分らしく生きることの大切さを説いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自分の頭で考えて生きたい人の座右の銘です。面接では、周りに流されて進路を決めかけたが、立ち止まって自分で調べ考え直した経験を話し、指示を待つだけでなく自分で考えて動ける人でありたい、と伝えると説得力があります。
我々は生きねばならぬ、生きるために常に謀叛しなければならぬ、自己に対して、また周囲に対して。
出典:講演「謀叛論」(1911年)の草稿
出典について青空文庫の本文で確認(原文は「繰り返して曰う、諸君、我々は生きねばならぬ…」)。
意味と背景
本当に生きるためには、周りの古い考えだけでなく、自分自身の古い殻に対しても、いつも反逆し続けなければならない、という意味。謀叛とは他人と戦うことだけではなく、昨日の自分を乗り越え続けることでもある、と蘆花は説く。
座右の銘にするなら・面接での答え方
昨日の自分を超え続けたい人の座右の銘になります。面接では、得意なやり方に頼らず、あえて苦手な方法にも挑戦して自分の殻を破った経験を話し、周りにも自分にも挑み続けられる人でありたいと伝えるとよいでしょう。
人格を重んぜねばならぬ。負わさるる名は何でもいい。
出典:講演「謀叛論」(1911年)の草稿
出典について青空文庫の本文で確認。続けて「事業の成績は必ずしも問うところでない」とある。
意味と背景
大切なのは人柄や生き方そのものであって、世間からどんな名前で呼ばれるか、どんな評判を負わされるかは問題ではない、という意味。続けて「事業の成績は必ずしも問うところでない」と言い、人の値打ちは成果や肩書きではなく、その奥にある人格で決まると説いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
評判より中身を大切にしたい人の座右の銘です。面接では、肩書きや役職がなくても、誠実に仕事をする姿勢で周りから信頼されるようになった経験を話し、呼ばれ方より何をするかを大事にしていると伝えると印象に残ります。
あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ!
出典:小説『不如帰』(ヒロイン・浪子のせりふ)(1899年)
出典について青空文庫の本文で確認。結核にかかったヒロイン浪子が、逗子の海辺で夫の武男に語る場面のせりふ。当時、流行語になるほど知られた。浪子のモデルは大山巌の長女・信子とされる。
意味と背景
結核を病み、愛する夫と引き裂かれていく浪子が、なぜ人は死ぬのか、千年も万年も生きたい、と叫ぶ場面。家制度に翻弄される若い女性の悲劇を描いた『不如帰』の名場面で、明治の読者の涙を誘い、流行語にもなった。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘というより、命の大切さを考えさせる言葉です。面接では、医療や福祉の仕事を志した理由を話す時に、生きたいと願う人を支えたいという思いと重ねて紹介すると、文学への関心と志望動機を結びつけた答えになります。
土の上に生れ、土の生むものを食うて生き、而して死んで土になる。我儕は畢竟土の化物である。
出典:『みみずのたはこと』「農」(1913年)
出典について青空文庫の本文で確認。東京郊外の粕谷村で畑を耕しながら暮らした日々をつづった随筆集の一節。
意味と背景
人は土の上に生まれ、土が育てたものを食べて生き、死ねばまた土に帰る。だから私たちは結局、土が化けた生き物なのだ、という意味。続けて、土の化物にいちばんふさわしい仕事は土に働くこと、つまり農業だと説く。自然と人のつながりを見つめた言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自然や食べ物への感謝を大切にしたい人の座右の銘です。面接では、家庭菜園や農業体験で、土から食べ物が育つ大変さと喜びを知った経験を話し、食や自然に関わる仕事を志した理由として伝えると説得力があります。
手には畑の草をとりつつ、心に心田の草をとる。
出典:『みみずのたはこと』(随筆「草とり」)(1913年)
出典について青空文庫の本文で確認(原文「手には畑の草をとりつゝ」)。同じ文章は青空文庫の「草とり」にも収められている。
意味と背景
畑の草取りをしながら、同時に自分の心の畑に生える雑草も抜いている、という意味。油断すれば畑も心も社会も草だらけになる。すべて取り尽くすことはできなくても、生きるために草を取り続けるのだと蘆花は書く。日々の手入れの大切さを説いた言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
毎日の小さな手入れを大切にしたい人の座右の銘になります。面接では、部屋の掃除や日記を通して気持ちを整える習慣を続けてきたと話し、仕事でも日々の小さな見直しを欠かさない人でありたいと伝えると、この言葉らしい答えになります。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/徳冨蘆花
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