出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)津田梅子の名言
津田梅子|1864〜1929年|日本(江戸)|教育者(津田塾大学の創立者)
幕臣の家に生まれ、1871年、6歳で岩倉使節団とともに日本初の女子留学生の一人としてアメリカに渡り、11年間学んだ。帰国後、日本の女性の地位の低さを痛感し、再びアメリカのブリンマー大学で学んだ。1900年、女性が自立して社会で働けるよう高度な教育を授ける女子英学塾(今の津田塾大学)を東京・麹町に開いた。2024年から発行された五千円札の肖像になっている。
のせている言葉:6こ(出典あり 5・伝承・出典未確認 1)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(6こ)
- 真の教育には物質上の設備以上に、もっと大切なこと…
- 人々の心やその気質は、その顔の違うように違ってい…
- 大きい教室で多数の学生を教えていては、知識の分配…
- 専門の学問を学びますと、とかく考えが狭くなるよう…
- 昨夜は嵐。
- 男性の真の協力者にして、対等の地位に立つ。
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
真の教育には物質上の設備以上に、もっと大切なことがあると思います。それは一口に申せば、教師の資格と熱心と、それに学生の研究心であります。
出典:女子英学塾 開校式式辞(明治33年=1900年9月14日)
出典について津田塾大学の公式サイト(沿革・建学の精神)と大学の公開資料に、開校式式辞の一節として引用されている(旧かなを今のかなに直した)。
意味と背景
生徒わずか10人の小さな塾から始めた梅子は、立派な校舎や設備がなくても本当の教育はできる、大切なのは教える側の熱意と学ぶ側の探究心だ、と開校式で語った。日本で最初の私立の女子高等教育機関の出発点となった言葉である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
教育の仕事の面接にぴったり。「設備より、教える側の熱意と学ぶ側の意欲が教育の中心だと考えています」と語れば、教育観の芯が伝わる。塾講師や家庭教師の経験と組み合わせるとよい。
人々の心やその気質は、その顔の違うように違っています。従って、その教授や訓練は、一人一人の特質にしっくりあてはまるように仕向けなくてはなりません。
出典:女子英学塾 開校式式辞(1900年9月14日)
出典について津田塾大学の公式サイトと公開資料に開校式式辞の一節として引用されている(旧かなを今のかなに直した)。直前に「真の教育は生徒の個性に従って別々の取扱いをしなければなりません」とある。
意味と背景
人の顔がみな違うように、心や性格もみな違う。だから教え方も一人一人に合わせなければならず、そのためには少人数の教育が一番だ、と梅子は考えた。個性に合わせた教育という考えを、百年以上前にはっきり言葉にしていた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「後輩に教える時は、一人一人の性格に合わせて伝え方を変えるようにしています」と、指導の工夫を語る時に使える。教育・保育・人事など、人を育てる仕事の面接に特に向く。
大きい教室で多数の学生を教えていては、知識の分配はできようけれど、真の教育はできません。
出典:女子英学塾 開校式式辞(1900年9月14日)
出典について津田塾大学が公開する自己点検資料に、開校式式辞の一節として引用されている(旧かなを今のかなに直した)。
意味と背景
大勢を相手に知識を配ることはできても、それだけでは本当の教育にはならない、という梅子の考え。一人一人と向き合う少人数教育は、今も津田塾大学の教育の柱になっている。知識を渡すことと人を育てることの違いを考えさせる言葉である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「マニュアルを渡すだけでなく、一人一人と話して理解を確かめることを大事にしています」と、新人教育や研修の経験を語る時に使える。少人数のゼミや部活で育った人なら、その良さを語る裏付けにもなる。
専門の学問を学びますと、とかく考えが狭くなるような傾きがあります。……円満な婦人、すなわち all-round women となるよう心掛けねばなりません。
出典:女子英学塾 開校式式辞(1900年9月14日)
出典について津田塾大学の公式サイトと公開資料に開校式式辞の一節として引用されている(間は中略)。資料によって「完き婦人即ちall-round women」「円満な婦人、すなわちall-round women」と表記に違いがある。
意味と背景
一つの専門に熱中すると、ほかのことを忘れがちになる。英語の専門家を目指すにしても、人として必要な教養や心くばりをおろそかにせず、バランスのとれた人になりなさい、と梅子は学生に求めた。今も津田塾の教育理念の中心にある言葉である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「専門性を磨きながらも、視野の広い人でありたい」と語る時に使える。理系や専門職の面接で、専門以外にも幅広く学んでいることをアピールしたい時にぴったりである。
昨夜は嵐。
原文(英語)Storm last night
出典:津田梅子の日記の最後の記述(昭和4年=1929年8月16日、鎌倉の別荘にて)
出典について津田塾大学の公式サイトに、亡くなった日に鎌倉の別荘で日記に書いた言葉で、梅子の絶筆とされると紹介されている。言葉は英語で書かれている。
意味と背景
梅子が亡くなった日の日記に書かれた、最後の言葉。病に倒れてからも学校の将来を案じ続けた梅子の、短く静かな記録である。梅子はこの日、64年の生涯を閉じた。名言というより、その人の最期を伝える言葉として心に残る。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘には向かないが、人物の生涯を紹介するスピーチや作文の結びに使える。「最後まで日記をつけ続けた梅子のように、毎日を記録して大切に生きたい」と話を結ぶことができる。
男性の真の協力者にして、対等の地位に立つ。
出典:津田梅子が目指した女性像として、津田塾大学の資料に引用される言葉
出典について津田塾大学の公開資料(自己点検・評価の序章)に、梅子が育てようとした女性像としてかぎかっこ付きで引用されているが、いつ・どこで書いた言葉かは示されていない。
意味と背景
女性が男性に従うだけの存在ではなく、真の協力者として、対等の立場で社会を支える。梅子は、そうした自立した女性を育てる学校を作ろうと志した。女性の地位がまだ低かった明治の日本で、はるか先を見すえた目標だった。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「性別に関係なく、対等な協力者としてチームに貢献したい」と語る時に使える。男女共同参画やダイバーシティに関わる仕事の面接で、自分の考えの裏付けとして紹介できる。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/津田梅子
ほかの日本の偉人の名言