出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)与謝野晶子の名言
与謝野晶子|1878〜1942年|日本|歌人・詩人・評論家
大阪・堺の老舗の菓子屋に生まれる。与謝野鉄幹の新詩社に加わり、恋愛を大胆に詠んだ歌集『みだれ髪』で一躍有名になった。日露戦争中には出征した弟を思う詩「君死にたまふことなかれ」を発表した。十人を超える子を育てながら膨大な歌と評論を書き、『源氏物語』の現代語訳や女性の自立・教育を訴える活動、文化学院の創設にも関わった。
のせている言葉:12こ(出典あり 12)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(12こ)
- やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を…
- その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくし…
- 清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくし…
- 金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡…
- あゝをとうとよ、君を泣く、君死にたまふことなかれ
- 親は刃をにぎらせて人を殺せとをしへしや、人を殺し…
- 山の動く日来る。かく云へども人われを信ぜじ。
- すべて眠りし女今ぞ目覚めて動くなる。
- 一人称にてのみ物書かばや。われは女ぞ。
- 生活の理想は他人の指導に盲従してはならない。必ず…
- 貧弱ながら私の理想は私自身の建てたものです。
- 危険でないと自分で見極めた方角へ思い切って大胆に…
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
出典:歌集『みだれ髪』(1901年)
出典について青空文庫『みだれ髪』にある。旧かなのまま。
意味と背景
やわらかな肌の下に流れる熱い血に触れてもみないで、さびしくはないのですか、人の道ばかり説いているあなた、という歌。恋や体の感覚を否定する堅苦しい道徳に、若い女性の側から問いかけた。発表当時は大胆すぎると非難も浴びた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘には向きませんが、「理屈だけでなく実感も大事」という意味で紹介できます。好きな短歌を聞かれた時、明治の常識に一首で挑んだ晶子の勇気について話すと、作品理解の深さが伝わります。
その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな
出典:歌集『みだれ髪』(1901年)
出典について青空文庫『みだれ髪』にある。
意味と背景
二十歳のその娘の、櫛を入れると流れるような黒髪。誇らしく輝く青春のなんと美しいことか、という歌。若さと美しさを自分で肯定し、堂々と誇ることを、明治の女性がためらわずに歌い上げた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
今の年齢の自分を肯定してくれる歌です。面接では、若さを言いわけにせず、むしろ今だからこそできる挑戦をしたいと話す時の前置きとして、二十歳前後の人なら特に響きます。
清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき
出典:歌集『みだれ髪』(1901年)
出典について青空文庫『みだれ髪』にある。
意味と背景
清水寺へ向かって祇園を通り抜ける、桜の咲く月夜。今夜すれ違う人はみんな美しく見える、という歌。恋をしている自分の心の高まりが、周りの景色や人まで美しく見せている。京都の春の夜が目に浮かぶ一首。
座右の銘にするなら・面接での答え方
気持ちが前向きだと、周りの人まで良く見える、という意味で紹介できます。面接では、人の良いところに目を向けるよう心がけていると話す時に、この歌を添えると印象がやわらかくなります。
金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に
出典:詩歌集『恋衣』(1905年、山川登美子・茅野雅子との共著)
出典について青空文庫『恋衣』の晶子の歌の中にある。
意味と背景
金色の小さな鳥のような形をして、イチョウの葉が散っていく、夕日の当たる丘に、という歌。イチョウの葉を小鳥に見立てた発想が鮮やかで、教科書でもよく取り上げられる。秋の夕暮れの一瞬が光とともに描かれている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
身近なものを別のものに見立てる発想力の手本として紹介できます。面接では、見慣れたものにも新しい見方を見つけるのが好きだと話し、自分が工夫したアイデアの例と結びつけると良いです。
あゝをとうとよ、君を泣く、君死にたまふことなかれ
出典:詩「君死にたまふことなかれ(旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて)」(1904年、『明星』/『恋衣』所収)
出典について青空文庫『恋衣』所収の詩の書き出し。日露戦争の旅順攻囲戦に加わった弟を思って書かれた。
意味と背景
ああ弟よ、あなたのことで泣いている、どうか死なないで、という呼びかけ。国のために死ぬことが当然とされた時代に、家族として弟の命を何より大切に思う気持ちを正直に表した。発表当時は激しい非難を受けた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
大切な人の命を思う気持ちを、まっすぐ言葉にする勇気の例として紹介できます。面接では、周りの空気に流されず自分の本当の気持ちを伝えた経験と合わせると、晶子の詩の重みが伝わります。
親は刃をにぎらせて人を殺せとをしへしや、人を殺して死ねよとて二十四までをそだてしや。
出典:詩「君死にたまふことなかれ」第一連(1904年)
出典について青空文庫『恋衣』所収「君死にたまふことなかれ」にある。
意味と背景
親はあなたに刃物を握らせて人を殺せと教えただろうか。人を殺して死ねと二十四歳まで育てただろうか、という問いかけ。末っ子として可愛がられて育った弟を思い、戦争で命を奪い合うことの理不尽さを、親の愛の側から問うている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘には重い言葉ですが、命の重さを考える時に心に置いておきたい一節です。平和や人権に関わる進路を志望する人なら、志望動機の原点として紹介すると説得力があります。
山の動く日来る。かく云へども人われを信ぜじ。
出典:詩「そぞろごと」(1911年9月、『青鞜』創刊号)
出典について青空文庫「そぞろごと」(底本・初出とも『青鞜』第一巻第一号)の書き出し。原文は旧字(來)で、ここでは新字に直した。
意味と背景
山が動く日が来る。そう言っても人は私を信じないだろう、と始まる詩。山はしばらく眠っていただけで、昔は火に燃えて動いていたと続く。女性による文芸誌『青鞜』の創刊号に寄せた、女性が目覚めて動き出す時代の予言。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「動かないと思われているものも、いつか動く」という意味で、変化を起こしたい人を励ます言葉です。面接では、前例がないと言われたことに挑戦した経験と合わせて紹介すると、強い意志が伝わります。
すべて眠りし女今ぞ目覚めて動くなる。
出典:詩「そぞろごと」(1911年、『青鞜』創刊号)
出典について青空文庫「そぞろごと」にある(原文は旧字「目覺めて」)。直前に「人よ、ああ、唯これを信ぜよ。」とある。
意味と背景
山が動くことは信じなくてもいい。ただこれだけは信じてほしい、眠っていた女性たちが今こそ目を覚まして動き出すのだ、という意味。「山の動く日来る」の結論にあたり、女性の自立を力強く宣言している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自分の中で眠っていた力に気づいて動き出す、という意味でも使えます。面接では、何かをきっかけに自分から行動するようになった経験と合わせて、「目覚めて動く」瞬間を語ると良いです。
一人称にてのみ物書かばや。われは女ぞ。
出典:詩「そぞろごと」(1911年、『青鞜』創刊号)
出典について青空文庫「そぞろごと」にある(原文は旧字「一人稱」)。このあと「一人称にてのみ物書かばや。われは。われは。」と続く。
意味と背景
「私」という一人称だけで物を書きたい。私は女なのだ、という意味。誰かの妻や母としてではなく、自分自身として語りたいという願いを、短く強いくり返しで表している。自分の言葉を持つことへの宣言。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自分の考えを自分の言葉で語りたい、という意味で心に置いています。面接では、人の意見の受け売りでなく自分の体験から話すことを大切にしていると伝える時に、この詩句を引くと印象に残ります。
生活の理想は他人の指導に盲従してはならない。必ず自分の批判を経て全く自分の思想となったものを信頼せねばなりません。
出典:評論「激動の中を行く」(1919年、評論集『激動の中を行く』所収)
出典について青空文庫「激動の中を行く」(底本・岩波文庫『与謝野晶子評論集』、親本はアルス1919年刊)にある。
意味と背景
どう生きるかの理想は、偉い人の指導にただ従って決めてはいけない。必ず自分で吟味して、本当に自分の考えになったものだけを信じよ、という意味。第一次世界大戦後、流行の思想に飛びつく人々を見て書かれた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
人気の意見にすぐ乗らず、自分で調べて納得してから決めるようにしています。面接では、進路や意見を自分の頭で考えて選んだことを示す言葉として使え、主体性を伝えられます。
貧弱ながら私の理想は私自身の建てたものです。
出典:評論「激動の中を行く」(1919年)
出典について青空文庫「激動の中を行く」にある。
意味と背景
小さく頼りないかもしれないが、私の理想は自分で組み立てたものだ、という意味。当時世界的に尊敬されたアメリカ大統領の考えと似ていても、それに従ったわけではないと言い切る。借り物でない理想を持つことの誇りが表れている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自分の目標は小さくても、人に言われたものではなく自分で決めたものだと胸を張れます。面接で将来の夢を聞かれた時、この一文を前置きにすると、自分の言葉で語る姿勢が伝わります。
危険でないと自分で見極めた方角へ思い切って大胆に足を運ぶと、かえって雑沓の方が自分を避けるようにして、自分の道の開けて行くものである
出典:評論「激動の中を行く」(1919年)
出典について青空文庫「激動の中を行く」にある、パリの雑踏を歩いた体験のたとえ。原文は「…自分の道の開けて行くものであるという事を確めました」。
意味と背景
パリの大通りの人ごみや馬車の中で最初は立ちすくんだが、安全だと自分で見極めた方向へ思い切って進むと、かえって人波のほうが避けてくれて道が開けた、という体験。混乱の時代を進む心構えのたとえとして書かれた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
人の多い新しい環境に入る時、自分で判断して一歩を踏み出すと道は開けると信じています。面接では、新しい場所で最初は戸惑ったが、自分から動いて居場所を作った経験と合わせて話すと説得力があります。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/与謝野晶子
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