出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)石川啄木の名言
石川啄木|1886〜1912年|日本|歌人・詩人
岩手県の寺の家に生まれ、渋民村で育った。本名は一(はじめ)。盛岡中学を中退して文学を志し、代用教員や北海道各地の新聞記者を転々としたのち上京した。貧しさと病に苦しみながら、短歌を三行に分けて書く新しい形で歌集『一握の砂』を出し、生活の実感を素直に詠んで多くの人の共感を得た。26歳で結核のため亡くなり、歌集『悲しき玩具』は死後に出た。
のせている言葉:13こ(出典あり 13)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(13こ)
- 東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたは…
- はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢ…
- 友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て …
- ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを…
- たはむれに母を背負ひて そのあまり軽きに泣きて …
- 不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五…
- ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山…
- かにかくに渋民村は恋しかり おもひでの山 おもひ…
- こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて…
- 大という字を百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて…
- 呼吸すれば、胸の中にて鳴る音あり。凩よりもさびし…
- 何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れ…
- 人がみな同じ方角に向いて行く。それを横より見てゐ…
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる
出典:歌集『一握の砂』「我を愛する歌」巻頭(1910年)
出典について青空文庫『一握の砂』の「我を愛する歌」の最初の歌。原本は三行書き。旧かなのまま。
意味と背景
東の海の小さな島の磯の白い砂浜で、私は泣きぬれて蟹とたわむれている、という歌。大きな海から小島、磯、白砂、蟹へと視線がだんだん小さく絞られ、ひとりぼっちの悲しさが浮かび上がる。歌集の幕開けにふさわしい一首。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘ではありませんが、「好きな短歌」として最もよく知られた一首です。大きな景色から小さな一点に絞っていく描き方に注目して話すと、文章や説明の組み立て方を学んだという話につなげられます。
はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る
出典:歌集『一握の砂』「我を愛する歌」(1910年)
出典について青空文庫『一握の砂』の「我を愛する歌」にある。旧かなのまま。
意味と背景
働いても働いても、まだ暮らしは楽にならない。じっと自分の手を見つめる、という歌。働く手を見つめる姿に、報われない貧しさへのやりきれなさと、それでも働き続けるしかない人の思いがこもり、百年以上たっても共感され続けている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘としては切ないので、働く人の気持ちを理解する言葉として紹介するのが良いです。面接で労働や福祉に関わる志望の理由を話す時に、この歌が描く現実を変えたいという動機として使えます。
友がみなわれよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ
出典:歌集『一握の砂』「我を愛する歌」(1910年)
出典について青空文庫『一握の砂』の「我を愛する歌」にある。
意味と背景
友人がみんな自分より偉く見える日がある。そんな日は花を買って帰り、妻と静かに過ごす、という歌。人と比べて落ちこむ気持ちを、怒りや嫉妬ではなく、身近な人との穏やかな時間でなぐさめている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
周りと比べて落ちこんだ日は、家族や身近な人と過ごして気持ちを立て直すようにしています。面接では、劣等感との付き合い方を聞かれた時に、この歌を引いて自分なりの切り替え方を話せます。
ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく
出典:歌集『一握の砂』「煙」二(1910年)
出典について青空文庫『一握の砂』の「煙」の「二」の最初の歌。
意味と背景
故郷のなまりがなつかしくて、駅の人ごみ(東北への玄関口だった上野駅と言われる)に、それを聞きに行く、という歌。帰りたくても帰れない故郷への思いを、方言の響きにだけでも触れたいという行動で表している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
地元を離れて暮らす人なら、共感をこめて紹介できる歌です。面接では、故郷を大切に思う気持ちや、地元に貢献したいという志望理由と結びつけて話すと、言葉に実感がこもります。
たはむれに母を背負ひて そのあまり軽きに泣きて 三歩あゆまず
出典:歌集『一握の砂』「我を愛する歌」(1910年)
出典について青空文庫『一握の砂』の「我を愛する歌」にある。
意味と背景
ふざけて母を背負ってみたら、あまりの軽さに泣けてきて、三歩も歩けなかった、という歌。いつの間にか小さく年老いた母への驚きと申し訳なさが、「軽さ」という一つの感覚で伝わってくる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
親の老いに気づいた時、この歌を思い出して親孝行を意識するようになりました。面接で家族について聞かれた時、感謝を伝えたいと思ったきっかけとして紹介すると、自然に人柄が伝わります。
不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心
出典:歌集『一握の砂』「煙」一(1910年)
出典について青空文庫『一握の砂』の「煙」の「一」にある。不来方(こずかた)は盛岡のこと。
意味と背景
盛岡城跡の草の上に寝ころび、空に吸いこまれていくようだった十五歳の心、という歌。授業を抜け出して城跡で寝ころんだ中学時代を思い出している。大きな空に吸いこまれる感覚に、夢と不安が入り混じった少年の心が重なる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
十代の今の気持ちを大事にしたいと思わせてくれる歌です。面接では、自分が進路を考え始めた年齢や場所の思い出と合わせて紹介すると、志の原点を語る印象的な前置きになります。
ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな
出典:歌集『一握の砂』「煙」二の結び(1910年)
出典について青空文庫『一握の砂』の「煙」の「二」の最後の歌。
意味と背景
故郷の山に向かうと、もう何も言うことはない。故郷の山はただありがたい、という歌。言葉を尽くすより黙って向き合うことで、故郷への深い感謝を表している。追われるように村を出た啄木だからこそ、山の変わらなさがしみる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
言葉にできないほどの感謝もある、と教えてくれる歌です。面接で地元や育った環境への思いを話す時に、この歌を添えると、飾らない感謝の気持ちが伝わりやすくなります。
かにかくに渋民村は恋しかり おもひでの山 おもひでの川
出典:歌集『一握の砂』「煙」二(1910年)
出典について青空文庫『一握の砂』の「煙」の「二」にある。
意味と背景
とにかく渋民村が恋しい。思い出の山、思い出の川、という歌。理屈を抜きにした「かにかくに(とにもかくにも)」という言葉に、故郷への抑えきれない思いがあふれる。山と川をくり返すリズムが心に残る。
座右の銘にするなら・面接での答え方
地元の好きな場所を思い浮かべる時にぴったりの歌です。面接で「あなたの地元の良さは」と聞かれたら、この歌のように具体的な山や川の名を挙げて、そこで過ごした思い出を話すと伝わります。
こころよく 我にはたらく仕事あれ それを仕遂げて死なむと思ふ
出典:歌集『一握の砂』「我を愛する歌」(1910年)
出典について青空文庫『一握の砂』の「我を愛する歌」にある。
意味と背景
気持ちよく打ちこめる仕事が自分にあってほしい。それをやり遂げて死にたいと思う、という歌。生活のための仕事に追われ続けた啄木が、心から打ちこめる仕事への憧れを素直に詠んでいる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
就職の面接で「仕事に何を求めるか」と聞かれた時に、ぴったりの歌です。自分が気持ちよく打ちこめる仕事が御社にあると思った理由を、この歌を前置きにして具体的に話すと熱意が伝わります。
大という字を百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて帰り来れり
出典:歌集『一握の砂』「我を愛する歌」(1910年)
出典について青空文庫『一握の砂』の「我を愛する歌」にある。
意味と背景
「大」という字を砂に百回ほど書いているうちに、死ぬのをやめて帰ってきた、という歌。思い詰めて海辺に来た心が、無心に字を書く単純な動作の中でほどけていく。追いつめられた時に人を救うものの不思議さを描いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
つらい時は、何か単純な作業に没頭すると気持ちが戻ってくることがあります。面接では、落ちこんだ時の自分なりの回復法を聞かれた際に、この歌を引いて話すと、正直さと前向きさが伝わります。
呼吸すれば、胸の中にて鳴る音あり。凩よりもさびしきその音!
出典:歌集『悲しき玩具』巻頭(1912年、死後刊行)
出典について青空文庫『悲しき玩具』の最初の歌。三行書きで句読点を用いている。
意味と背景
息をすると胸の中で鳴る音がある。木枯らしよりもさびしいその音、という歌。結核に冒された自分の胸の音を、冬の風よりさびしいと詠んでいる。病と向き合う日々の実感を、飾らず短い言葉で切り取った一首。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘には向きませんが、病気や苦しさを言葉にすることで向き合う姿の例として紹介できます。医療を志望する人なら、患者の気持ちを想像するきっかけになった歌として話すと良いです。
何となく、今年はよい事あるごとし。元日の朝、晴れて風無し。
出典:歌集『悲しき玩具』(1912年、死後刊行)
出典について青空文庫『悲しき玩具』にある。
意味と背景
何となく、今年は良いことがありそうだ。元日の朝は晴れて風もない、という歌。病気と貧しさの中でも、晴れた元日の朝に小さな希望を感じている。理由のない「何となく」の明るさに、人の心のしなやかさがある。
座右の銘にするなら・面接での答え方
新年や新学期の始まりに、気持ちを明るくしてくれる歌です。面接で前向きさを聞かれた時、根拠がなくても良いことを期待して一年を始める自分の習慣を、この歌と一緒に話すと好印象です。
人がみな同じ方角に向いて行く。それを横より見てゐる心。
出典:歌集『悲しき玩具』(1912年、死後刊行)
出典について青空文庫『悲しき玩具』にある。
意味と背景
人々がみんな同じ方向へ歩いていく。それを横から眺めている自分の心、という歌。流れに乗れない孤独とも、流されずに見ている冷静さとも読める。みんなと同じ道を行くことへの違和感を、短い言葉で切り取っている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
周りと同じ選択をする前に、一度立ち止まって考えるようにしています。面接では、あえて人と違う進路や方法を選んだ経験と合わせて、流れを横から見る目を持ちたいと話すと個性が伝わります。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/石川啄木
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