出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)大隈重信の名言
大隈重信|1838〜1922年|日本|政治家・教育者(早稲田大学の創立者)
佐賀藩士の家に生まれ、藩校で朱子学一辺倒の教育に反対して退学させられた後、長崎で英学を学んだ。明治政府で財政を担ったが明治十四年の政変で政府を追われ、立憲改進党を結成し、東京専門学校(のちの早稲田大学)を創立した。外務大臣のとき爆弾で右脚を失いながらも政界に戻り、内閣総理大臣を二度務めた。人間は百二十五歳まで生きられるという持論でも知られる。
のせている言葉:14こ(出典あり 14)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(14こ)
- 人間は百二十五歳までの寿命をもっておるというのが…
- 失敗は世の常、煩悶するにも及ばぬ。悲観する必要も…
- 人間愚痴をこぼす様ではおしまいである。
- 世界は実に我輩の大学校である。
- 気力身体の衰えると否とは年齢の関係ではなく、修養…
- 人生は決して平原ではない。山もあれば谷もあり、川…
- 七たび転んでも八たび目に起きればよい。
- 元来人間は人に頼って生きるはずのものではない。自…
- 勝利者は黙って実行して行くものである。
- 我輩もまた日本の青年である。年齢をいくつ取ったっ…
- 真理には国境なし。
- 早稲田大学は学問の独立を全うし学問の活用を効し模…
- 模範的国民とならんとすれば知識のみではいかぬ。道…
- 運動を為し過ぎるよりは学問を為し過ぎる方がいけな…
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
人間は百二十五歳までの寿命をもっておるというのが我輩予ての説である。
出典:「我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか」(1908年、『実業之世界』)
出典について青空文庫「我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか」(底本・岩波文庫『大隈重信演説談話集』)の書き出しにある。
意味と背景
動物は成熟期の五倍生きる力を持つという説から、成熟期二十五歳の人間は百二十五歳まで生きられるはずだ、という大隈の持論。深い根拠はないと自分で認めつつ、だから五十、六十で衰えるのは年齢のせいではなく心がけしだいだ、と続く。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「年齢を言いわけにしない」という意味で紹介できる、明るい言葉です。面接では、何歳になっても学び続けたいという目標や、年上の人から刺激を受けた経験と合わせて話すと、前向きな姿勢が伝わります。
失敗は世の常、煩悶するにも及ばぬ。悲観する必要もない。失敗すれば如何にしてこれを恢復するかという新たなる第二の希望が起るではないか。
出典:「我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか」(1908年)
出典について青空文庫「我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか」の「我輩はどうして修養するか」の段にある。
意味と背景
失敗はよくあることで、思い悩むことも悲観することもない。失敗すれば、どう取り戻すかという新しい第二の希望が生まれるではないか、という意味。大隈は困難が増すほど勇気と興味がわくと言い、自分の考え方を「快楽主義」と呼んだ。
座右の銘にするなら・面接での答え方
失敗した時に「次の目標ができた」と考えるようにしています。面接で挫折経験を聞かれたら、この言葉を前置きにして、失敗から生まれた「第二の希望」に向けてどう動いたかを話すと前向きに伝わります。
人間愚痴をこぼす様ではおしまいである。
出典:「我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか」(1908年)
出典について青空文庫「我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか」にある。
意味と背景
損をして破産しそうになった時、普通の人は悩んで愚痴をこぼすが、人間愚痴をこぼすようになったらおしまいだ、という意味。愚痴は状況を何も変えない。それより取り戻す方法を考えよ、という大隈らしい割り切りが表れている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
愚痴を言いたくなった時は、その代わりに次の一手を書き出すようにしています。面接では、うまくいかない状況でも不満を言わず改善策を出した経験と合わせて話すと、行動力が伝わります。
世界は実に我輩の大学校である。
出典:「我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか」(1908年)
出典について青空文庫「我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか」の「世界は我輩の大学校」の段にある。
意味と背景
一度も欧米に行ったことがないのに西洋の事情に通じているのは、いろいろな人と話をするからだ。世界そのものが自分の大学だ、という意味。別荘の近所の漁師とも話し、若者に言い負かされても平気だという、学ぶ姿勢の柔らかさがある。
座右の銘にするなら・面接での答え方
教室の外にも学びはたくさんあると考え、いろいろな年代の人と話すようにしています。面接では、アルバイト先や地域活動で年上の人から学んだことを例に、「世界が大学」という姿勢を伝えられます。
気力身体の衰えると否とは年齢の関係ではなく、修養の如何にありと信ずるのである。
出典:「我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか」(1908年)
出典について青空文庫「我輩は何故いつまでもすべてに於て衰えぬか」にある。
意味と背景
気力や体が衰えるかどうかは年齢ではなく、日ごろの心と体の鍛え方しだいだ、という意味。力士も稽古を休めば弱くなり、頭も使わなければ鈍くなる。隠居して社会から離れるから衰えるのだと、使い続けることの大切さを説いた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
体力も頭も、使い続ければ衰えないと信じています。面接では、部活を引退しても運動や勉強の習慣を続けていることを話す時に使え、自己管理ができる人だと伝わります。
人生は決して平原ではない。山もあれば谷もあり、川もあり、坂もあり、峠もある。
出典:「青年の天下」(1919年、『現代青年に告ぐ』所収)
出典について青空文庫「青年の天下」(底本・岩波文庫『大隈重信演説談話集』、親本は1919年刊『現代青年に告ぐ』)にある。続けて「不撓不屈とはこれらの険難にうち勝つ精神を言ったものである」とある。
意味と背景
人生は平らな野原ではなく、山や谷、川や坂や峠がある。それらの険しさに打ち勝つ心を不撓不屈という、という意味。一度の失敗でしおれてしまう若者に向けて、ゴムのように跳ね返す意志を持てと励ました。
座右の銘にするなら・面接での答え方
うまくいかない時期も、人生の地形の一部だと思えるようになった言葉です。面接では、困難を乗り越えた経験を話す時の前置きとして使うと、山あり谷ありを前向きに受け止める人柄が伝わります。
七たび転んでも八たび目に起きればよい。
出典:「青年の天下」(1919年)
出典について青空文庫「青年の天下」にある段の見出し兼本文の一文。言葉自体は昔からのことわざ「七転び八起き」を大隈が言い直したもの。
意味と背景
十七歳で藩校の改革を主張して退学させられ、脱藩して捕まり謹慎させられても、大隈はくじけなかった。何度転んでも、最後に起き上がればよいという、自分の体験に裏打ちされた言葉。ことわざを自分の人生で証明した形になっている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
何度失敗しても最後に起き上がればいい、と思えると挑戦が怖くなくなります。面接では、何度も挑戦して最後に結果を出した経験を、回数を具体的に挙げて話すと説得力が増します。
元来人間は人に頼って生きるはずのものではない。自分の道は自分で開いて行かねばならぬ。
出典:「青年の天下」(1919年)
出典について青空文庫「青年の天下」にある。
意味と背景
人はもともと人に頼って生きるものではない。自分の道は自分で切り開け、という意味。人に頼ろうとするから、うまくいかない時に恨み言を言いたくなるのだと続く。成功できないのを他人や社会のせいにする若者への厳しい励まし。
座右の銘にするなら・面接での答え方
うまくいかない時、つい人のせいにしたくなった瞬間に思い出す言葉です。面接では、環境に恵まれなくても自分で工夫して道を開いた経験と合わせ、他人任せにしない姿勢を伝えられます。
勝利者は黙って実行して行くものである。
出典:「青年の天下」(1919年)
出典について青空文庫「青年の天下」にある。
意味と背景
泣いたり恨んだり、嘆きの声をあげたりする人は口先ばかりで意気地がない。本当の勝利者は黙って実行していくものだ、という意味。言葉より行動で示せという、短く力強い言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
宣言するより先に行動で示すことを心がけています。面接では、目立たずに地道に取り組んで結果を出した経験と合わせて紹介すると、誠実さと実行力が伝わります。
我輩もまた日本の青年である。年齢をいくつ取ったって青年の意気に変りはない。
出典:「青年の天下」(1919年)
出典について青空文庫「青年の天下」にある。
意味と背景
自分もまた日本の青年だ、年をいくつ取っても若者の意気込みは変わらない、という意味。晩年の大隈が若者に向けて、自分を功成り名遂げた老人と見ずに友達だと思え、と語った。気持ちの若さを保つことの大切さを示している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
年齢に関係なく挑戦し続ける大人でありたいと思わせてくれる言葉です。面接では、年上の人と一緒に取り組んだ活動や、生涯学び続けたいという目標と結びつけて話せます。
真理には国境なし。
出典:演説「早稲田大学の教旨」(1913年、早稲田大学創立30周年祝典)
出典について青空文庫「早稲田大学の教旨」(初出は1913年『早稲田学報』)にある。
意味と背景
世界の文明は学術によって導かれ、学術の根本は大学にある。真理に国の境はなく、大学を通して世界で働いている、という意味。欧米の多くの大学から祝辞が届いた式典で、学問は世界共通の財産だと語った。
座右の銘にするなら・面接での答え方
国や文化が違っても、正しいことや学びは共有できると信じています。留学や国際的な研究を志望する人なら、志望理由の締めくくりに使える言葉です。学びたい分野で海外の研究者とつながりたいという具体的な目標を添えると良いです。
早稲田大学は学問の独立を全うし学問の活用を効し模範国民を造就するを以て建学の本旨と為す
出典:「早稲田大学教旨」(1913年、創立30周年に宣言)
出典について青空文庫「早稲田大学の教旨」で大隈が朗読した教旨の第一項。
意味と背景
学問が権力から独立していること、学んだことを実際に役立てること、社会の手本となる人を育てること。この三つを大学の根本の目的とする、という宣言。今も早稲田大学の建学の精神として受け継がれている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
早稲田大学を志望する人なら、面接で建学の精神を自分の言葉で説明できると強い印象を残せます。「学問の独立」「学問の活用」のどちらに特に共感するかを、具体的な学びたい分野と結びつけて話すと良いです。
模範的国民とならんとすれば知識のみではいかぬ。道徳的人格を備えなければならぬ。
出典:演説「早稲田大学の教旨」(1913年)
出典について青空文庫「早稲田大学の教旨」にある。
意味と背景
人の手本となる国民になるには、知識だけでは足りず、道徳的な人格を備えなければならない、という意味。専門知識を吸収するだけでは人は利己的になると続け、教育の根本を人格を育てることに置いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
知識だけでなく、人として信頼される人を目指しています。面接では、学業の成果と合わせて、周りへの気配りや責任感を示した経験を話すと、この言葉の両面をそなえていることが伝わります。
運動を為し過ぎるよりは学問を為し過ぎる方がいけない。
出典:談話「運動」(1909年1月、『運動世界』初出時の題は「運動と学問の中毒」)
出典について青空文庫「運動」(底本・岩波文庫『大隈重信演説談話集』)にある。
意味と背景
学校が運動ばかりして勉強を忘れると心配するのは無用で、運動のしすぎより勉強のしすぎのほうが害がある、という意味。運動で死んだ者は聞かないが、勉強しすぎて体を壊す者は多い、と大隈は言う。体を鍛える大切さを強調した言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
勉強ばかりで体を壊しかけた経験から、運動の時間も大事にするようになりました。面接では、文武両道を意識していると話す時に、大学の創立者の意外な言葉として紹介すると印象に残ります。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/大隈重信
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