肖像画:作者不詳(フランソワ2世・ケネルの原画の模写)『ブレーズ・パスカルの肖像』(パブリックドメイン)(ファイルのページ)パスカルの名言
ブレーズ・パスカル|1623〜1662年|フランス|数学者・物理学者・思想家
少年のころから数学の才能を発揮し、10代で計算機を作り、圧力の原理(パスカルの原理)や確率論の基礎を築いたフランスの学者。後半生は信仰に深く打ち込み、キリスト教を弁護する本の準備として書きためたメモが、死後『パンセ(考えたこと)』として出版された。人間の弱さと偉大さを鋭く見つめた言葉で知られる。
のせている言葉:15こ(出典あり 14・実は言っていない 1)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(15こ)
- 人間は自然の中で最も弱い一本の葦にすぎない。しか…
- 心には、理性の知らない理由がある。
- クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、地球の顔は…
- 今回の手紙が長くなったのは、短く書く時間がなかっ…
- 人間の不幸はすべて、たった一つのことから来る。部…
- この無限の空間の永遠の沈黙が、私をおびえさせる。
- 人間は天使でも獣でもない。そして不幸なことに、天…
- ピレネー山脈のこちら側では真理、向こう側では誤り…
- 力のない正義は無力であり、正義のない力は暴政であ…
- 私たちは決して生きているのではなく、生きることを…
- だから、よく考えるよう努めよう。それが道徳の原理…
- 私たちが求めているのは物そのものではなく、物を探…
- 好奇心は、たいていはただの見栄にすぎない。人は話…
- 自我(「私」というもの)は、憎むべきものである。
- すべての人の心には、神の形をした空洞がある。
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
人間は自然の中で最も弱い一本の葦にすぎない。しかし、それは考える葦である。
原文(フランス語)L'homme n'est qu'un roseau le plus faible de la nature ; mais c'est un roseau pensant.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章347)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の原文。フランス語版Wikiquoteにポール・ロワイヤル版(1670年)の形で載っている。
意味と背景
人間は一滴の水でも死んでしまうほど弱い存在だが、自分が死ぬことや宇宙の大きさを「知っている」点で、何も知らない宇宙より偉大だという意味。人の尊さは体の強さではなく、考える力にあるというパスカルの人間観を表す代表的な言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
体が小さく運動でかなわない時期に、この言葉で「考えることなら負けない」と思えました。作戦を考える役で部に貢献できたのが自信になりました。仕事でも、自分の頭で考え抜くことを強みにしたいと思っています。
心には、理性の知らない理由がある。
原文(フランス語)Le cœur a ses raisons que la raison ne connaît point.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章277)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の原文。フランス語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
人が何かを信じたり愛したりするのは、理屈で説明できる理由からだけではない、という意味。パスカルは神を感じるのは理性ではなく心だと考えてこう書いたが、今では恋愛や直感など、頭では割り切れない気持ちを表す言葉としてもよく使われる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
進路を決める時、条件では別の学校が有利でしたが、心がひかれた方を選び、後悔はありません。理屈は大事ですが、心の声も無視しないようにしています。仕事でも数字と気持ちの両方を見て判断できる人でありたいです。
クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、地球の顔はすっかり変わっていただろう。
原文(フランス語)Le nez de Cléopâtre, s'il eût été plus court, toute la face de la terre aurait changé.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章162)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の原文。フランス語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
クレオパトラの美しさがローマの将軍たちの心を動かし、歴史を大きく変えたことを例に、世界を動かすのはほんの小さなきっかけだと述べた言葉。人の恋心のようなささいなものが歴史を左右するという、人間のはかなさへの皮肉も込められている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
小さなことが大きな結果を生むことを忘れないための言葉です。アルバイトで、あいさつ一つでお客様が常連になってくれた経験があります。仕事でも、ささいなことを軽く見ずに丁寧に積み重ねていきたいと考えています。
今回の手紙が長くなったのは、短く書く時間がなかったからにほかならない。
原文(フランス語)Je n'ai fait celle-ci plus longue que parce que je n'ai pas eu le loisir de la faire plus courte.
出典:『プロヴァンシアル(田舎の友への手紙)』第16の手紙(1656年)
出典について『プロヴァンシアル』第16の手紙の原文。フランス語版Wikiquoteに載っている。英語圏ではマーク・トウェインなど別の人の言葉とされることも多いが、元はパスカル。
意味と背景
短くまとまった文章を書くには、長い文章を書くよりずっと時間と手間がかかる、という意味。言いたいことを削って磨くことの難しさを、手紙の結びでさりげなく打ち明けた一文で、今も文章を書く人の心得としてよく引用される。
座右の銘にするなら・面接での答え方
レポートを書く時、この言葉を思い出して必ず削る時間をとっています。長く書くのは簡単ですが、要点を短く伝えるには何度も見直しが要ります。仕事の報告も、相手が一読で分かる短さにまとめることを心がけています。
人間の不幸はすべて、たった一つのことから来る。部屋の中でじっと休んでいられないことだ。
原文(フランス語)tout le malheur des hommes vient d'une seule chose, qui est de ne pas savoir demeurer en repos dans une chambre.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章139)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の「気晴らし」についての断章の原文。フランス語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
人は退屈や自分の悩みに向き合うのがいやで、賭けごとや戦争、忙しさに逃げ込み、かえって不幸を招くという意味。静かに一人で自分と向き合えれば多くの不幸は避けられる、という鋭い人間観察で、気晴らしに頼る心を見つめた言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
暇があるとすぐスマホを見てしまう自分に気づき、この言葉にどきりとしました。今は一日10分、何もせず考える時間を作っています。落ち着いて自分と向き合えると、仕事でも慌てず判断できると感じています。
この無限の空間の永遠の沈黙が、私をおびえさせる。
原文(フランス語)Le silence éternel de ces espaces infinis m'effraie.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章206)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の原文。フランス語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
果てしない宇宙は何も語りかけてこず、その中で人間はあまりに小さい。その沈黙の前に立った時の、言いようのない不安を書いた一文。科学者として宇宙の広さを知っていたパスカルだからこそ感じた、人間の孤独とはかなさが表れている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘というより、星空を見ると思い出す言葉です。自分の小ささを知ると、細かい悩みにこだわらなくなります。大きな不安を感じた時こそ、身近な人とのつながりや毎日の仕事を大切にしようと思えます。
人間は天使でも獣でもない。そして不幸なことに、天使のようにふるまおうとする者が獣のようにふるまってしまう。
原文(フランス語)L'homme n'est ni ange, ni bête, et le malheur veut que qui veut faire l'ange fait la bête.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章358)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の原文。フランス語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
完璧な清らかさを目指して無理をする人ほど、かえってみっともない失敗をしてしまうという意味。人間は弱さも気高さも両方持った中間の存在なのだから、自分を完全な人間だと思い込まず、弱さを認めて謙虚に生きよという教え。
座右の銘にするなら・面接での答え方
完璧を目指して一人で抱え込み、かえって大きなミスをしたことがあります。この言葉を知り、自分の弱さを認めて早めに人に頼るようにしました。背伸びせず、できないことは素直に言える人でありたいです。
ピレネー山脈のこちら側では真理、向こう側では誤り。
原文(フランス語)Vérité en deçà des Pyrénées, erreur au-delà.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章294)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の原文。フランス語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
フランスとスペインの国境の山を越えただけで、正しいとされることが正反対になる。人間の決める正義や常識は、場所や時代によって変わるあやふやなものだという皮肉。自分の常識を絶対だと思い込む危うさを指摘している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
留学生の友人と話して、当たり前だと思っていた習慣が国によって全く違うと知りました。この言葉の通り、常識は場所で変わります。仕事でも自分のやり方を押しつけず、相手の背景を知ってから判断したいと考えています。
力のない正義は無力であり、正義のない力は暴政である。
原文(フランス語)La justice sans la force est impuissante ; la force sans la justice est tyrannique.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章298)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の「正義と力」の断章。英語版Wikiquoteの『パンセ』のページに英訳と断章番号が載っている。
意味と背景
正しいことを言うだけでは人は従わず、力だけで押しつければ横暴になる。だから正しいものを強くするか、強いものを正しくするしかない、という意味。パスカルは続けて、人間は正義を強くできず、力を正義と呼ぶようになったと皮肉っている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
生徒会で正しい提案をしても、根回しや実行力がないと通らないと学びました。この言葉の通り、正しさと実行する力の両方が要ります。仕事でも、正しい意見を形にするための準備と信頼づくりを大事にしたいです。
私たちは決して生きているのではなく、生きることを望んでいるだけだ。
原文(フランス語)Ainsi nous ne vivons jamais, mais nous espérons de vivre
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章172)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の断章172。英語版Wikiquoteの『パンセ』のページに英訳が載っている。続きは「いつも幸せになる準備ばかりしているので、幸せになれないのは避けられない」。
意味と背景
人は過去を悔やみ、未来に期待するばかりで、今という時間をほとんど考えない。そのため本当に生きることがなく、いつも幸せになる準備をしているだけで終わってしまうという意味。今を生きよという、鋭く厳しい指摘である。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「受験が終わったら」「就職したら」と幸せを先送りしていた自分に気づかされた言葉です。今は毎日一つ、その日を楽しむことを決めています。今日を大切にできる人は仕事にも前向きに取り組めると思っています。
だから、よく考えるよう努めよう。それが道徳の原理である。
原文(フランス語)Travaillons donc à bien penser : voilà le principe de la morale.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章347)(1670(死後出版)年)
出典について「考える葦」と同じ断章の結びの一文。英語版Wikiquoteの『パンセ』のページにフランス語と英訳が載っている。
意味と背景
人間の尊さは考えることにあるのだから、正しく、よく考えることに力を尽くそう、それが善く生きることの出発点だという意味。「考える葦」の一節の締めくくりで、考える力をただ持つだけでなく、正しく使えと呼びかけている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
感情で動いて後悔したことがあり、大事な場面ほど一度立ち止まって考えるようにしています。この言葉の通り、よく考えることが正しい行動の第一歩だと思います。仕事でも、すぐ答えを出す前に根拠を確かめる人でありたいです。
私たちが求めているのは物そのものではなく、物を探し求めることなのだ。
原文(フランス語)Nous ne cherchons jamais les choses, mais la recherche des choses.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章135)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の原文。フランス語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
狩りをする人が本当に欲しいのは獲物ではなく、追いかける楽しさであるように、人は手に入れることより、追い求める過程に夢中になるという意味。目標を達成した途端にむなしくなる人間の心を、パスカルは鋭く見抜いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
ゲームを全クリアした瞬間より、攻略している時の方が楽しかったと気づき、この言葉に納得しました。勉強も仕事も過程を楽しめれば長く続けられます。結果だけでなく、取り組む時間そのものを楽しめる人でありたいです。
好奇心は、たいていはただの見栄にすぎない。人は話すためにしか知りたがらない。
原文(フランス語)La curiosité n'est que vanité le plus souvent ; on ne veut savoir que pour en parler.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章152)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の原文。フランス語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
旅をしたいと言う人の多くは、本当は見たいのではなく、見てきたと人に話したいだけだという意味。知りたい気持ちの裏に、人にほめられたい見栄が隠れていることを指摘した言葉で、学ぶ動機を自分で点検するよう促している。
座右の銘にするなら・面接での答え方
話のネタ集めのように本を読んでいた時期があり、この言葉で反省しました。今は読んだら自分の生活で一つ試すことにしています。知識を見せびらかすためでなく、役立てるために学ぶ人でありたいと考えています。
自我(「私」というもの)は、憎むべきものである。
原文(フランス語)Le moi est haïssable.
出典:『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章455)(1670(死後出版)年)
出典について『パンセ』の原文。フランス語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
人は自分を何よりも大事にし、自分を世界の中心にしたがる。そのわがままな「私」こそが、他人とぶつかる原因であり、憎むべきものだという意味。自己愛を隠して礼儀正しくふるまっても、根っこは変わらないとパスカルは厳しく見つめた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
グループ作業で自分の意見ばかり通そうとして失敗した経験から、この言葉を戒めにしています。「私が」ではなく「チームが」で考えると、話し合いがうまく進みます。自分中心の考えに気づいて直せる人でありたいです。
すべての人の心には、神の形をした空洞がある。
原文(英語)There is a God-shaped vacuum in the heart of each man...
出典:パスカルの著作に同じ文はない(英語版Wikiquote「Misattributed」)
本当の出どころパスカルの言葉として英語圏で広く知られるが、この形の文はパスカルの著作にない。『パンセ』(ブランシュヴィック版 断章425)の「無限の深い淵は、無限で変わらないもの、つまり神によってしか満たされない」という一節を、後の人が分かりやすく言いかえたもの。
意味と背景
人の心には、物やお金では埋められない空しさがあり、それを満たせるのは神だけだという考え。中身は『パンセ』の考えに近いが、「神の形の空洞」というしゃれた言い回しはパスカル自身のものではなく、後の時代に作られた。
この言葉の使い方
座右の銘にするなら、本物の『パンセ』の「無限の淵」の一節と合わせて紹介しましょう。面接では「心の空しさは物では埋まらないので、打ち込める仕事を求めている」と自分の言葉に置きかえて話すと、借り物でない答えになります。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/ブレーズ・パスカル
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