トップ / 人物から / ドストエフスキーの名言
写真:Constantin Shapiro(1879年)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)(ファイルのページ ) ドストエフスキーの名言 フョードル・ドストエフスキー|1821〜1881年|ロシア|小説家
モスクワの医者の家に生まれたロシアの小説家。若いころ社会主義のサークルに加わった罪で死刑判決を受け、銃殺の直前に減刑されてシベリアで4年間の監獄生活を送った。その体験や借金、持病に苦しみながら、『罪と罰』『白痴』『カラマーゾフの兄弟』などで、人間の心の奥の善と悪、信仰と疑いを深く描き、世界の文学に大きな影響を与えた。
のせている言葉:16こ(出典あり 12・実は言っていない 4)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(16こ) 人間は謎である。それは解き明かさねばならない。一… 「ねえ公爵、あなたはいつか『美が世界を救う』と言… 人間は、何にでも慣れる生き物だ。これこそ人間の最… お金とは鋳造された自由である。だから自由をすっか… 地獄とは何か。私はこう考える。「もはや愛すること… 兄弟たちよ、人の罪を恐れるな。罪の中にある人をも… 動物を愛せ。植物を愛せ。あらゆるものを愛せ。 人生を、その意味よりも先に愛せ。 新しい一歩、自分自身の新しい言葉。人々はそれを何… 苦しみと痛みは、広い意識と深い心にとって、いつも… 私たちは不幸な時ほど、他人の不幸を強く感じるもの… ああ、まる一分間の幸福! それだけでも、人の一生… 社会の文明の程度は、その国の監獄に入ってみれば分… 夜が暗いほど星は明るく、悲しみが深いほど神は近い… 寛容が行き過ぎて、愚かな人を傷つけないために、賢… 神がいなければ、すべては許される。
それぞれの名言に、出典 (どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり 伝承・出典未確認 実は言っていない )をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
人間は謎なぞ である。それは解き明かさねばならない。一生かけて解き続けたとしても、時間をむだにしたと言ってはならない。 原文(ロシア語) Человек есть тайна. Ее надо разгадать, и ежели будешь ее разгадывать всю жизнь, то не говори, что потерял время
出典:兄ミハイルへの手紙(1839年8月16日)
出典について 17歳のドストエフスキーが兄に宛てた手紙の一節。英語版Wikiquoteに英訳と出典(伝記に引用された手紙)が載っている。手紙はこの後「私はこの謎に取り組んでいる。人間でありたいからだ」と続く。
意味と背景 人間とは何かという謎は、一生かけても解ききれないほど深い。それでも、その謎に取り組むことは決してむだではないという意味。のちに人間の心の奥を描き続けた作家が、まだ工兵学校の生徒だった10代で書いた決意表明のような言葉である。
座右の銘にするなら・面接での答え方 人と関わる仕事を目指すきっかけになった言葉です。人の気持ちは分からないことだらけですが、だからこそ知ろうとし続けたいと思います。お客様一人ひとりを型にはめず、その人を理解しようとする姿勢を大切にします。
「ねえ公爵こうしゃく 、あなたはいつか『美が世界を救う』と言ったそうですね?」 原文(ロシア語) Правда, князь, что вы раз говорили, что мир спасет «красота»?
出典:小説『白痴』第3部 第5章(イッポリートのせりふ)(1868年)
出典について 小説『白痴』のロシア語原文(ロシア語版Wikisource)。有名な「美は世界を救う」は、作者が地の文で断言した言葉ではなく、病気の青年イッポリートが主人公ムイシュキン公爵の言葉として、皮肉まじりに問いかける形で出てくる。
意味と背景 「美が世界を救う」は、ドストエフスキーの言葉として世界中で知られる。ただ作中では、死を前にした青年が、心の清らかな公爵に向けて半ばからかうように尋ねる一言である。ここでいう美は見た目だけでなく、善や愛と結びついた心の美しさと解釈されることが多い。
座右の銘にするなら・面接での答え方 美しいものや優しい心には人を変える力があると信じていて、この言葉を大切にしています。ただ作中では問いかけの形だと知り、より深く考えるようになりました。仕事でも、丁寧で美しい仕事が人の心を動かすと思っています。
人間は、何にでも慣れる生き物だ。これこそ人間の最もよい定義だと私は思う。 原文(ロシア語) Человек есть существо ко всему привыкающее, и, я думаю, это самое лучшее его определение.
出典:『死の家の記録』第1部 第1章(1862年)
出典について シベリアの監獄体験をもとに書いた『死の家の記録』のロシア語原文(ロシア語版Wikisource)。
意味と背景 どんなにひどい環境でも、人はやがてそれに慣れて生きていける。その強さこそ人間らしさだという意味。ドストエフスキー自身、足かせをつけられた囚人生活を4年送った。慣れる力は人を救うが、悪い状況に慣れきってしまう怖さも含んでいる。
座右の銘にするなら・面接での答え方 海外のホームステイで最初は食事も言葉もつらかったのに、1か月で慣れて楽しめるようになりました。人は慣れる力を持っていると実感しています。新しい職場でも、最初の大変さを乗り越えられる自信があります。
お金とは鋳造ちゅうぞう された自由である。だから自由をすっかり奪うば われた者にとって、お金は十倍も尊い。 原文(ロシア語) Деньги есть чеканенная свобода, а потому для человека, лишенного совершенно свободы, они дороже вдесятеро.
出典:『死の家の記録』第1部 第1章(1862年)
出典について 『死の家の記録』のロシア語原文(ロシア語版Wikisource)。
意味と背景 お金があれば、自分で何かを選んで手に入れることができる。つまりお金は、自由を硬貨の形にしたようなものだという意味。何もかも決められた監獄の中では、わずかなお金で買える小さな自由が、外の世界の何倍も大切に感じられたのである。
座右の銘にするなら・面接での答え方 アルバイトで初めて自分のお金を持った時、選べる自由が増えたと感じました。この言葉の通り、お金は自由を支える道具だと思います。だからこそ無駄づかいせず、将来の選択肢を増やすために使える大人になりたいです。
地獄じごく とは何か。私はこう考える。「もはや愛することができないという苦しみ」である。原文(ロシア語) Отцы и учители, мыслю: «Что есть ад?» Рассуждаю так: «Страдание о том, что нельзя уже более любить».
出典:小説『カラマーゾフの兄弟』第6編 第3章(ゾシマ長老の教え)(1880年)
出典について 『カラマーゾフの兄弟』のロシア語原文(ロシア語版Wikisource)。作中のゾシマ長老の言葉として書かれている。
意味と背景 地獄は火で焼かれる場所ではなく、人を愛する力を失ってしまった心の苦しみのことだ、という意味。生きているうちに愛する機会を持ちながら、それを生かさなかった者が最後に味わう後悔こそが地獄だと、長老は弟子たちに説いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方 座右の銘というより、人を大切にする時間は限られていると気づかせてくれる言葉です。家族や友人に感謝を伝えるのを後回しにしないようにしています。人を思いやれる心を、忙しくても失わない人でありたいです。
兄弟たちよ、人の罪を恐おそ れるな。罪の中にある人をも愛せよ。 原文(ロシア語) Братья, не бойтесь греха людей, любите человека и во грехе его
出典:小説『カラマーゾフの兄弟』第6編 第3章(ゾシマ長老の教え)(1880年)
出典について 『カラマーゾフの兄弟』のロシア語原文(ロシア語版Wikisource)。ゾシマ長老の言葉。
意味と背景 人が過ちを犯したからといって、その人を見捨てるのではなく、過ちの中にいる人をそのまま愛せ、という教え。罪や欠点を許すことと、その人の存在を大切にすることは両立する。人を裁くより、まず受け入れることの大切さを説いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方 ミスをした後輩を責めるより、まず話を聞くようにしたら、後輩が自分から改善策を考えてくれました。人の失敗と人そのものを分けて考えることを大切にしています。間違えた人も見捨てないチームを作りたいです。
動物を愛せ。植物を愛せ。あらゆるものを愛せ。 原文(ロシア語) Любите животных, любите растения, любите всякую вещь.
出典:小説『カラマーゾフの兄弟』第6編 第3章(ゾシマ長老の教え)(1880年)
出典について 『カラマーゾフの兄弟』のロシア語原文(ロシア語版Wikisource)。ゾシマ長老の言葉。
意味と背景 人間だけでなく、動物や草木、身の回りのすべてのものを愛せ、という教え。あらゆるものを愛すれば、その中に神の秘密が見えてくると長老は続ける。自然や小さな命を大切にする心が、人を謙虚で豊かにすることを伝えている。
座右の銘にするなら・面接での答え方 家庭菜園を始めて、植物の小さな変化に気づくようになってから、毎日が楽しくなりました。身の回りのものを大切にする人は、人も大切にできると思います。道具一つでも丁寧に扱う姿勢を、仕事でも続けたいです。
人生を、その意味よりも先に愛せ。 原文(ロシア語) «Жизнь полюбить больше, чем смысл ее?» — «Непременно так, полюбить прежде логики, как ты говоришь, непременно чтобы прежде логики, и тогда только я и смысл пойму.»
出典:小説『カラマーゾフの兄弟』第5編 第3章(イワンとアリョーシャの会話)(1880年)
出典について 『カラマーゾフの兄弟』のロシア語原文(ロシア語版Wikisource)。兄イワンの問いに弟アリョーシャが答える会話。日本語の見出しは会話の中身を一文にまとめたもの。
意味と背景 「人生を、その意味より愛するのか?」と聞く兄に、弟は「理屈より先に人生を愛するんだ。そうして初めて意味も分かる」と答える。生きる意味を頭で考えて絶望するより、まず生きることそのものを愛せ、という作品の中心にある考え。
座右の銘にするなら・面接での答え方 「何のために勉強するのか」と悩んで手が止まった時期に、この会話に救われました。意味は後から分かることもあると思い、まず目の前を楽しむことにしました。仕事も、まず好きになることから始めたいです。
新しい一歩いっぽ 、自分自身の新しい言葉。人々ひとびと はそれを何よりも恐おそ れる。 原文(ロシア語) Нового шага, нового собственного слова они всего больше боятся…
出典:小説『罪と罰』第1部 第1章(1866年)
出典について 『罪と罰』のロシア語原文(ロシア語版Wikisource)。主人公ラスコーリニコフの心の中の言葉として書かれている。
意味と背景 人は、今までと違う一歩を踏み出したり、自分だけの考えを口にしたりすることを、何より怖がるという意味。主人公はこれを、自分が大それたことを考えながら何もできずにいる言い訳として思う。変化を恐れる人間の心をよく突いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方 会議で自分の意見を言うのが怖かった私に刺さった言葉です。新しい一歩が怖いのは誰でも同じだと思えば、少し勇気が出ます。今は一回の会議で一度は発言すると決めています。新しいことに踏み出せる人でありたいです。
苦しみと痛みは、広い意識と深い心にとって、いつも避さ けられないものだ。 原文(ロシア語) Страдание и боль всегда обязательны для широкого сознания и глубокого сердца.
出典:小説『罪と罰』第3部 第5章(ラスコーリニコフのせりふ)(1866年)
出典について 『罪と罰』のロシア語原文(ロシア語版Wikisource)。続けて「本当に偉大な人は、この世で大きな悲しみを感じるはずだ」と言う。
意味と背景 物事を広く深く感じ取れる人ほど、世の中の不正や他人の苦しみにも敏感になり、悩みや悲しみを抱えることになるという意味。苦しむことは、心が浅いからではなく、むしろ深いからだという見方で、悩む人をそっと肯定してくれる。
座右の銘にするなら・面接での答え方 人の痛みに敏感で、悩みやすい自分を弱いと思っていました。この言葉で、それは深く感じ取れる力でもあると思えました。お客様の小さな困りごとに気づける感受性を、仕事で生かしていきたいと考えています。
私たちは不幸な時ほど、他人の不幸を強く感じるものだ。 原文(ロシア語) когда мы несчастны, мы сильнее чувствуем несчастие других
出典:小説『白夜』第三夜(1848年)
出典について 初期の中編小説『白夜』のロシア語原文(ロシア語版Wikisource)。ロシア語版Wikiquoteにも載っている。
意味と背景 自分がつらい思いをしている時ほど、同じように苦しんでいる人の気持ちがよく分かるという意味。恋人を待つ不安の中にいる娘が、片思いの主人公の気持ちに初めて気づく場面で語られる。つらい経験が人への思いやりを育てることを示している。
座右の銘にするなら・面接での答え方 入院した経験があるので、病気の人の不安がよく分かります。つらい経験も人の気持ちを分かる力になると、この言葉で思えました。お客様の困りごとに寄り添える人として、自分の経験を仕事に生かしたいです。
ああ、まる一分間の幸福! それだけでも、人の一生にとって足りないことがあるだろうか。 原文(ロシア語) Боже мой! Целая минута блаженства! Да разве этого мало хоть бы и на всю жизнь человеческую?..
出典:小説『白夜』結び(1848年)
出典について 『白夜』の最後の一文(ロシア語版Wikisource)。
意味と背景 恋した娘は別の男のもとへ去ってしまったが、彼女と過ごしたほんの短い幸せな時間だけで、一生分の価値があったと主人公が振り返る言葉。失恋さえも感謝に変える、夢見がちな青年の切なく温かい心が、物語を締めくくっている。
座右の銘にするなら・面接での答え方 部活の最後の大会は負けましたが、仲間と全力を尽くした数分間は一生の宝です。この言葉の通り、短くても心から幸せな時間があれば十分だと思えます。結果だけでなく、その瞬間を大切に生きる人でありたいです。
社会の文明の程度は、その国の監獄かんごく に入ってみれば分かる。 原文(英語) The degree of civilization in a society can be judged by entering its prisons.
出典:『死の家の記録』の言葉とされるが本文になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
本当の出どころ 監獄生活を描いた『死の家の記録』の言葉として、刑務所の改革などの話でよく引かれるが、英語版Wikiquoteによれば同書にこの文は存在しない。作品の内容から後の人がまとめた言い回しと考えられる。
意味と背景 弱い立場の人をどう扱うかに、その社会の本当の成熟度が表れる、という考え。監獄体験を書いたドストエフスキーの名にふさわしく聞こえるため本人の言葉とされたが、実際の作品には見当たらない。
この言葉の使い方 座右の銘には向きませんが、「弱い立場の人への接し方で人柄が分かる」という考えには共感します。面接では、作家の言葉とされるが原文には無いと調べた経験とあわせて話すと、確かめる姿勢が伝わります。
夜が暗いほど星は明るく、悲しみが深いほど神は近い。 原文(英語) The darker the night, the brighter the stars, the deeper the grief, the closer is God!
出典:アポロン・マイコフの無題の詩(1878年)。英語版Wikiquote「Misattributed」
本当の出どころ 『罪と罰』の言葉としてSNSや自己啓発のサイトで広まっているが、本当はドストエフスキーと同時代のロシアの詩人アポロン・マイコフが1878年に書いた無題の詩の一節。
意味と背景 つらい時ほど希望の光が見え、悲しみが深いほど救いは近くにある、という慰めの言葉。ドストエフスキーの作品世界に合うため取り違えられたが、作者は彼の友人でもあった詩人マイコフである。
この言葉の使い方 つらい時に支えになる言葉ですが、紹介する時は詩人マイコフの言葉として伝えたいです。面接では「苦しい時ほど希望を探す」という自分の姿勢を語り、作者を確かめたら別人だったという話を添えると印象に残ります。
寛容かんよう が行き過ぎて、愚おろ かな人を傷つけないために、賢かしこ い人が考えることを禁じられる日が来るだろう。原文(英語) Tolerance will reach such a level that intelligent people will be banned from thinking so as not to offend the imbeciles.
出典:本人の作品・手紙になし(英語版Wikiquote「Misattributed」)
本当の出どころ ドストエフスキーの予言としてSNSで広まった言葉だが、英語版Wikiquoteによれば、本人がこう述べた記録は全くない。
意味と背景 今の社会を皮肉る言葉として、有名な作家の名前を借りて拡散されたもの。いかにも鋭い予言に見えるが、ドストエフスキーの小説や評論、手紙のどこにも出てこない。
この言葉の使い方 座右の銘には向きません。SNSで見かけた名言をうのみにしない、という自分の習慣を語る例として使えます。面接では「拡散されている言葉ほど原典を確かめる」と話すと、情報を扱う仕事への適性が伝わります。
神がいなければ、すべては許される。 原文(ロシア語) Если Бога нет, то всё позволено.
出典:『カラマーゾフの兄弟』の要約として広まった言葉(作中に同じ一文はない)
本当の出どころ 『カラマーゾフの兄弟』の有名な一文として引用されるが、作中にこの形の文はない。小説では、次男イワンの考えを周りの人物が「それならすべては許されるのか」などと言い表す場面があり、それを後の人が一文にまとめたもの。
意味と背景 神や絶対的な善がなければ、人は何をしてもよいことになるのか、という小説の大きな問いを要約した言葉。ドストエフスキーはこの問いを登場人物たちに深く考えさせたが、作者が断言した言葉ではなく、作中の考えを短くまとめた形が独り歩きしている。
この言葉の使い方 座右の銘には向きませんが、要約された名言と原文の違いを示す良い例です。面接では「本を読む時は要約だけで分かったつもりにならず、原文に当たるようにしている」と話す材料にすると、学ぶ姿勢が伝わります。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/フョードル・ドストエフスキー
ほかの海外の偉人の名言