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夏目漱石の肖像写真
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)

夏目漱石の名言

夏目漱石|1867〜1916年|日本|小説家・英文学者

江戸の牛込に生まれる。本名は金之助。帝国大学で英文学を学び、松山・熊本で教えたのち、国費でロンドンに留学したが神経を病んだ。帰国後に書いた『吾輩は猫である』で人気作家となり、教職を辞めて朝日新聞に入社。『坊っちゃん』『三四郎』『こころ』などを書き、芥川龍之介ら多くの弟子を育てた。胃潰瘍のため49歳で亡くなった。旧千円札の肖像。

のせている言葉:16こ(出典あり 14・伝承・出典未確認 1・実は言っていない 1)更新:2026-10-20

この人の名言の一覧(16こ)
  1. 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を…
  2. どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、…
  3. 吾輩は猫である。名前はまだ無い。
  4. 親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。
  5. 精神的に向上心のないものは馬鹿だ。
  6. しかし君、恋は罪悪ですよ。
  7. 私は死ぬ前にたった一人で好いから、他を信用して死…
  8. 滅びるね
  9. 日本より頭の中のほうが広いでしょう。とらわれちゃ…
  10. 自己本位という四字をようやく考えて
  11. ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り…
  12. 西洋の開化(すなわち一般の開化)は内発的であって…
  13. 百年待っていて下さい
  14. 死ぬか生きるか、命のやりとりをする様な維新の志士…
  15. 則天去私
  16. 月が綺麗ですね

それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。

1出典あり#人生#心#友情
智ちに働はたらけば角かくが立たつ。情じょうに棹さおさせば流ながされる。意地いじを通とおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人ひとの世よは住すみにくい。

出典:『草枕』一 冒頭(1906年)

出典について青空文庫『草枕』の「一」の書き出し(「山路を登りながら、こう考えた。」に続く)。

意味と背景

理屈で動けば人とぶつかり、情に流されれば押し流され、意地を張れば窮屈になる。とにかく人の世は住みにくい、という意味。頭・心・意志のどれに偏っても生きづらいという、人間関係の難しさを三つの対句で言い当てた有名な書き出し。

座右の銘にするなら・面接での答え方

人間関係で悩んだ時、理屈・感情・意地のどれに偏っているかを考え直すきっかけにしています。面接では、チーム内の対立を、相手の気持ちと理屈の両方に目を配って解決した経験と合わせると効果的です。

2出典あり#人生#夢#言葉
どこへ越こしても住すみにくいと悟さとった時とき、詩しが生うまれて、画がが出来できる。

出典:『草枕』一(1906年)

出典について青空文庫『草枕』の「一」、冒頭の段落の続きにある。

意味と背景

住みにくい世の中から逃げても、どこへ行っても住みにくいと分かった時、詩や絵が生まれる、という意味。人の世の苦しさから逃げ出すのではなく、それを少しでも住みやすくするために芸術があるのだ、と続く。

座右の銘にするなら・面接での答え方

悩みや不満を、何かを作るエネルギーに変えたいと考えています。面接では、不便さや困りごとをきっかけに工夫や作品を生み出した経験と合わせて紹介すると、前向きな創造力が伝わります。

3出典あり#言葉
吾輩わがはいは猫ねこである。名前なまえはまだ無ない。

出典:『吾輩は猫である』一 冒頭(1905年)

出典について青空文庫『吾輩は猫である』の書き出し。漱石のデビュー作。

意味と背景

名前もない一匹の猫が、偉そうに「吾輩」と名乗って人間たちを観察し、批評していく小説の書き出し。たった二文で、語り手が猫であること、そのとぼけた偉そうさ、そして物語の面白さが伝わる、日本で最も有名な書き出しの一つ。

座右の銘にするなら・面接での答え方

座右の銘ではありませんが、文章の書き出しの手本として紹介できます。面接で自己紹介の工夫を聞かれた時、短く印象的に始める大切さをこの冒頭から学んだと話すと、場がなごみます。

親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供こどもの時ときから損そんばかりしている。

出典:『坊っちゃん』一 冒頭(1906年)

出典について青空文庫『坊っちゃん』の書き出し。

意味と背景

親ゆずりの向こう見ずな性格のせいで、子どもの頃から損ばかりしてきた、という主人公の自己紹介。同級生にはやされて学校の二階から飛び降りた話が続く。損をしても曲がったことが嫌いな、まっすぐな主人公の性格が一行で伝わる。

座右の銘にするなら・面接での答え方

自分の短所を笑いに変えて紹介する手本になる書き出しです。面接で短所を聞かれた時、「坊っちゃんのような無鉄砲さがあり」と前置きして、その裏返しの行動力や正義感を話すと印象に残ります。

5出典あり#勉強#言葉#心
精神せいしん的てきに向上こうじょう心しんのないものは馬鹿ばかだ。

出典:『こころ』下「先生と遺書」四十一(1914年)

出典について青空文庫『こころ』の「下 先生と遺書」四十一にある。元は友人Kが先生に言った言葉で、先生がKの恋を止めるために同じ口調で投げ返した場面。

意味と背景

心を高めようとしない者はばかだ、という意味。厳しい修行を自分に課すKの信条だったが、先生はKの恋心をくじくためにこの言葉を使い返し、その後の悲劇につながる。正しい言葉も使い方しだいで人を傷つける武器になることを示している。

座右の銘にするなら・面接での答え方

向上心の大切さを語る言葉として有名ですが、『こころ』では人を追い詰めるために使われた言葉だと知っておくと深みが出ます。面接では、言葉の正しさと使い方の両方に気を配りたいという話につなげられます。

6出典あり#恋愛#心
しかし君きみ、恋こいは罪悪ざいあくですよ。

出典:『こころ』上「先生と私」十二(1914年)

出典について青空文庫『こころ』の「上 先生と私」十二にある、先生のせりふ。

意味と背景

花見の人ごみの中で先生が「私」に言う謎めいた言葉。恋は人を満たす一方で、他人を裏切らせることもある。先生が過去に恋のために親友を裏切ったことは、後の遺書で明らかになる。物語全体の秘密を予告するせりふ。

座右の銘にするなら・面接での答え方

座右の銘には向きませんが、好きな小説の一節として紹介できます。面接で読書について聞かれた時、この一言が物語の最後でどう意味を変えるかを話すと、読み込む力が伝わります。

7出典あり#友情#心#人生
私わたくしは死しぬ前まえにたった一人ひとりで好よいから、他たを信用しんようして死しにたいと思おもっている。

出典:『こころ』上「先生と私」三十一(1914年)

出典について青空文庫『こころ』の「上 先生と私」三十一にある、先生のせりふ。

意味と背景

人を信じられなくなった先生が、死ぬ前に一人だけでもいいから誰かを信じたい、あなたはその一人になれるか、と「私」に問う。人間不信の奥にある、信じたいという切実な願いが表れた言葉。

座右の銘にするなら・面接での答え方

人から信頼される人になりたい、という目標を語る時に使える言葉です。面接では、友人や後輩から相談を受ける立場になった経験と合わせ、信頼に応えることを大切にしていると話すと良いです。

8出典あり#言葉#人生
滅ほろびるね

出典:『三四郎』一(1908年)

出典について青空文庫『三四郎』の「一」にある。汽車で乗り合わせた男(のちの広田先生)のせりふ。

意味と背景

日露戦争に勝って浮かれる時代に、「日本もだんだん発展するでしょう」と言う三四郎に、男が平然と言い放った言葉。熊本でそんなことを言えば殴られる、と三四郎は驚く。国中が自信に満ちていた時に、冷静な目を持つことの大切さを示した。

座右の銘にするなら・面接での答え方

周りが盛り上がっている時ほど、一度立ち止まって冷静に見ることを大切にしています。面接では、楽観的な空気の中でリスクを指摘し、準備を整えた経験と合わせると効果的です。

9出典あり#勉強#夢#心
日本にほんより頭あたまの中なかのほうが広ひろいでしょう。とらわれちゃだめだ。

出典:『三四郎』一(1908年)

出典について青空文庫『三四郎』の「一」にある、汽車の男(広田先生)のせりふ。直前に「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」とある。

意味と背景

熊本より東京、東京より日本は広いが、日本より頭の中のほうが広い。とらわれてはいけない、という意味。この言葉を聞いて三四郎は、本当の意味で熊本を出た気がした。考え方の広さは、場所の広さより大きいと教える言葉。

座右の銘にするなら・面接での答え方

地元や今いる環境にとらわれず、考え方を広く持ちたいと思わせてくれる言葉です。進学や就職で新しい土地へ出る人なら、志望動機や抱負として「頭の中を広くしたい」と話す時にぴったりです。

自己じこ本位ほんいという四よん字じをようやく考かんがえて

出典:講演「私の個人主義」(1914年、学習院輔仁会)

出典について青空文庫「私の個人主義」にある。ロンドン留学中、西洋の批評をうのみにする「他人本位」から抜け出そうとして、この四字にたどり着いたと語っている。

意味と背景

ここでの「自己本位」は自分勝手の意味ではなく、他人の評価や借り物の考えに頼らず、自分の頭で考えて立つという意味。留学先で行き詰まっていた漱石は、この言葉をつかんでから強くなれたと学生たちに語った。

座右の銘にするなら・面接での答え方

「自分勝手」ではなく「自分の頭で考える」という意味だと説明できれば、面接で使える座右の銘になります。人の意見に流されず、自分で調べて判断した経験を添えると説得力が出ます。

11出典あり#夢#受験#人生
ああここにおれの進すすむべき道みちがあった!ようやく掘ほり当あてた!

出典:講演「私の個人主義」(1914年、学習院輔仁会)

出典について青空文庫「私の個人主義」にある。学生への呼びかけとして語られた言葉。

意味と背景

自分が本当に進むべき道を見つけた時、こう心の底から叫べたら、初めて心が落ち着き、簡単には壊れない自信がわいてくる、という意味。まだ霧の中で迷っている人は、それを掘り当てるまで進め、と学生たちを励ましている。

座右の銘にするなら・面接での答え方

進路を決めた時の気持ちを語るのにぴったりの言葉です。面接では「この分野に出会った時、ここに自分の進むべき道があると感じた」と、具体的なきっかけと一緒に話すと熱意が伝わります。

西洋せいようの開化かいか(すなわち一般いっぱんの開化かいか)は内発ないはつ的てきであって、日本にほんの現代げんだいの開化かいかは外発がいはつ的てきである。

出典:講演「現代日本の開化」(1911年、和歌山)

出典について青空文庫「現代日本の開化」にある。

意味と背景

西洋の文明開化は花のつぼみが自然に開くように内側から起こったが、日本の開化は外からの力でやむをえず形だけ取り入れたものだ、という意味。急いで西洋に追いつこうとする日本人の無理や神経の疲れを、鋭く指摘した講演の中心の言葉。

座右の銘にするなら・面接での答え方

自分の学びも、外から言われてやる「外発的」より、自分の興味から始まる「内発的」でありたいと考えています。面接では、自分から興味を持って深めた勉強の経験と合わせて話すと説得力があります。

13出典あり#恋愛#時間#心
百ひゃく年ねん待まっていて下ください

出典:『夢十夜』第一夜(1908年)

出典について青空文庫『夢十夜』の第一夜にある、死にゆく女のせりふ。

意味と背景

死ぬ間際の女が「百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」と頼む。男は待ち続け、最後に墓から伸びた白い百合を見て、百年がもう来ていたと気づく。待つことの切なさと美しさを描いた、幻想的な名場面。

座右の銘にするなら・面接での答え方

座右の銘には向きませんが、約束を信じて待つことの強さを語る例になります。好きな文学作品を聞かれた時、短い『夢十夜』の第一夜を挙げて、その情景の美しさを話すと印象に残ります。

14出典あり#挑戦#仕事#夢
死しぬか生いきるか、命いのちのやりとりをする様ような維新いしんの志士ししの如ごとき烈はげしい精神せいしんで文学ぶんがくをやって見みたい。

出典:鈴木三重吉あての手紙(1906年10月26日)

出典について青空文庫「鈴木三重吉宛書簡―明治三十九年」の10月26日付の手紙にある(原文は旧字旧仮名。ここでは新字に直した)。

意味と背景

俳句のようなゆったりした文学にも関わりつつ、一方では幕末の志士のように命がけの激しい気持ちで文学をやってみたい、という決意。弟子の鈴木三重吉に宛てた手紙で、楽なほうへ逃げる腰抜け文学者にはなりたくないと続けている。

座右の銘にするなら・面接での答え方

好きなことにこそ命がけで取り組みたい、という熱意を伝える言葉です。面接では、趣味や部活に本気で打ちこんだ経験と合わせ、「遊びではなく志士のような覚悟で取り組んだ」と話すと熱量が伝わります。

15伝承・出典未確認#生き方#心#人生
則天去私そくてんきょし

出典:晩年の漱石の理想を表す言葉として伝わる語

出典についてWikipediaによれば「則天去私」は漱石自身が文章に残した言葉ではなく、漱石の発言を弟子たちが書き残したもので、その意味も必ずしも明確ではない。漱石の言葉として広辞苑にも載るほど知られているが、本人の筆による原文はない。

意味と背景

「天に則り私を去る」、つまり小さな自分へのこだわりを捨てて、天地自然の道理に従って生きる、という意味で説明されることが多い。晩年の漱石が理想とした境地とされるが、本人がどういう意味で語ったのかは、はっきりしていない。

座右の銘にするなら・面接での答え方

座右の銘として人気ですが、漱石が書いた言葉ではなく弟子の記録だと知っておくと安心です。面接では「自分のこだわりより、物事の道理を優先したい」と自分なりの解釈を添えて使うと良いです。

16実は言っていない#恋愛#言葉
月つきが綺麗きれいですね

出典:漱石が“I love you”をこう訳せと教えた、という逸話

本当の出どころWikipediaによれば、漱石の著作や記録にこの話はなく、漱石や近しい人から聞いたという文献も存在しない。漱石が「I love you ハ日本ニナキformulaナリ」とメモした記録や、同僚らが「I love youは日本語に訳せない」と述べたことはある。それを踏まえて「西洋人がI love youと言う場面で日本人は『いい月ですね』と言う」という言説が1920年代ごろから現れ、1970年代以降に漱石の逸話として広まったとみられる。

意味と背景

英語教師の漱石が、生徒の「我君を愛す」という直訳を直して「月が綺麗ですね」と訳させた、というロマンチックな話。とても有名だが、漱石の記録には一切なく、後の時代に作られて漱石の名前と結びついたものと考えられている。

この言葉の使い方

雑学として話すなら「実は漱石の記録には無い」まで言うのがおすすめです。面接で好きな言葉を聞かれてこれを挙げると、出典を確かめる人だと思ってもらえる一方、漱石の言葉として出すと詳しい面接官に指摘される恐れがあります。

人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/夏目漱石

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