肖像画:エドアルド・キヨッソーネ『西郷隆盛肖像(コンテ画)』(パブリックドメイン)(ファイルのページ)西郷隆盛の名言
西郷隆盛|1828〜1877年|日本|薩摩藩士・政治家・軍人
薩摩藩の下級武士の家に生まれ、藩主島津斉彬に見いだされた。二度の島流しを経て藩の中心となり、薩長同盟を結び、勝海舟との会談で江戸城の無血開城を実現した。明治政府の参議・陸軍大将となったが、朝鮮への使節派遣をめぐる対立で下野し、鹿児島で私学校を開いた。1877年の西南戦争で政府軍に敗れ、城山で自決した。
のせている言葉:15こ(出典あり 14・伝承・出典未確認 1)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(15こ)
- 講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を…
- 総じて人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て…
- 人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、…
- 己れを愛するは善からぬことの第一也。
- 過ちを改むるに、自ら過ったとさへ思ひ付かば、夫れ…
- 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕…
- 事大小と無く、正道を踏み至誠を推し、一事の詐謀を…
- 児孫の為に美田を買はず
- 文明とは道の普く行はるるを賛称せる言にして、宮室…
- 入るを量りて出づるを制するの外更に他の術数無し。
- 人は第一の宝にして、己れ其人に成るの心懸け肝要な…
- 自分を足れりとせざるより、下々の言も聴き入るるも…
- 天下後世迄も信仰悦服せらるるものは、只是一箇の真…
- 我が備への整不整を、唯味方の目を以て見ず、敵の心…
- 晋どん、晋どん、もう、ここらでよか
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。
出典:『南洲翁遺訓』第二十一条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第二十一条にある(原文は旧字。ここでは新字に直した)。遺訓は西郷の話を旧庄内藩の人々が聞き書きしてまとめたもの。なお「敬天愛人」という四字熟語自体は西郷の造語ではなく、啓蒙思想家の中村正直が明治元年の「敬天愛人説」で初めて使った言葉(Wikipedia「敬天愛人」)。西郷が座右の銘として好んで書いたことで有名になった。
意味と背景
学問の道は、天を敬い人を愛することを目的とし、自分を修めるには己に打ち勝つことを最初から最後まで貫け、という意味。「敬天愛人」は西郷の言葉として知られるが、元は同時代の学者が作った語で、西郷はそれに「克己」を組み合わせて自分の教えにした。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「敬天愛人」は座右の銘の定番ですが、西郷の造語ではないと知っていると一歩深く話せます。面接では「天に恥じない行いと、人への思いやり」を大切にしていると話し、具体的な行動の例を添えると良いです。
総じて人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。
出典:『南洲翁遺訓』第二十一条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第二十一条にある(旧字を新字に直した)。
意味と背景
人は自分に打ち勝つことで成功し、自分を甘やかすことで失敗する、という意味。事業を始めた人の多くは七、八割までは成功するが、名が上がるといつしか自分を愛する心が起こり、慎みがゆるんで最後に失敗する、と続く。
座右の銘にするなら・面接での答え方
うまくいき始めた時ほど自分に甘くならないよう気をつけています。面接では、好調な時に油断して失敗した経験と、そこから学んで自分を律するようになった話を合わせると、成長が伝わります。
人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽くして人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。
出典:『南洲翁遺訓』第二十五条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第二十五条(原文は旧字「盡て」)。
意味と背景
人と比べたり人に勝とうとしたりせず、天を相手にせよ。天に恥じないよう自分の力を尽くし、うまくいかなくても人を責めず、自分の誠が足りなかったのではないかと問え、という意味。他人ではなく自分の内側に原因を探す姿勢を説いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
人の評価やライバルを気にしすぎた時に思い出す言葉です。面接では、結果が出なかった時に人のせいにせず、自分の努力の足りなさを見直して改善した経験と合わせると、誠実さが伝わります。
己れを愛するは善からぬことの第一也。
出典:『南洲翁遺訓』第二十六条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第二十六条にある。
意味と背景
自分を甘やかし大事にしすぎることが、いちばん良くないことだ、という意味。修業ができないのも、事が成らないのも、過ちを改められないのも、手柄を誇っておごるのも、すべて自分を愛するからだと続く。自己中心を戒める言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
自分を大切にすることと、自分に甘いことは違うと気づかせてくれた言葉です。面接では、楽なほうに流れそうな時に自分を律した経験と合わせて紹介すると、自己管理ができる人だと伝わります。
過ちを改むるに、自ら過ったとさへ思ひ付かば、夫れにて善し、其事をば棄て顧みず、直に一歩踏出す可し。
出典:『南洲翁遺訓』第二十七条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第二十七条(旧字を新字に直した)。続けて、過ちを悔やみ取りつくろおうとするのは、割れた茶碗のかけらを集めて合わせてみるようなものだ、とある。
意味と背景
自分が間違えたと気づけさえすれば、それで十分。そのことにこだわらず、すぐに次の一歩を踏み出せ、という意味。失敗を悔やんで取りつくろおうとするのは、割れた茶碗のかけらを集めるようなもので無駄だ、というたとえが分かりやすい。
座右の銘にするなら・面接での答え方
失敗を引きずりやすかった自分を変えてくれた言葉です。面接で失敗談を話す時、「気づいたらすぐ次の一歩」を合言葉にしていると添え、実際にすぐ切り替えて行動した例を話すと前向きに伝わります。
命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るもの也。此の仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。
出典:『南洲翁遺訓』第三十条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第三十条(旧字を新字に直した)。山岡鉄舟を評した言葉と言われることが多いが、遺訓の本文には人名は出てこない。
意味と背景
命も名誉も地位もお金も欲しがらない人は、扱いに困る。しかしそういう扱いに困る人でなければ、苦しみを共にして国の大事業は成し遂げられない、という意味。欲で動かせない人こそ、本当に信頼できる仲間だと説いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
見返りを求めずに打ちこめる人でありたいと思っています。面接では、報酬や評価に関係なく責任を果たした経験と合わせて紹介すると、志の高さが伝わります。人名と結びつける説は確かでない点も覚えておくと安心です。
事大小と無く、正道を踏み至誠を推し、一事の詐謀を用ふ可からず。
出典:『南洲翁遺訓』第七条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第七条(原文は旧字「蹈み」)。
意味と背景
大きなことでも小さなことでも、正しい道を歩み誠実を尽くし、一つもごまかしの策を使ってはならない、という意味。策略でその場をしのいでも後で必ず問題が起きる。正道は回り道に見えても、結局は成功が早いと続く。
座右の銘にするなら・面接での答え方
近道に見えるずるいやり方より、正直なやり方を選ぶようにしています。面接では、効率より誠実さを選んで結果的に信頼を得た経験と合わせて話すと、この言葉に説得力が出ます。
児孫の為に美田を買はず
原文(漢文)不爲兒孫買美田
出典:『南洲翁遺訓』第五条に引かれた西郷の七言絶句(「偶成」)(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第五条に、西郷が示した七言絶句「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し。丈夫玉砕して甎全を愧づ。一家の遺事人知るや否や。児孫の為に美田を買はず」として載る。西郷は、もしこの言葉に背いたら見限ってくれ、と言ったという。
意味と背景
現代語にすると「子や孫のために良い田んぼ(財産)を買い残すことはしない」。財産を残すと子孫はそれに頼って努力しなくなる。自分は私財を蓄えないという、政府の高官となっても質素に暮らした西郷の決意を示す。
座右の銘にするなら・面接での答え方
お金より、生き方や考え方を残したいという意味で紹介できます。面接では、人に頼らず自分で道を開く大切さを話す時に使え、家族から受け継いだのは財産でなく価値観だった、という話と結びつけると印象的です。
文明とは道の普く行はるるを賛称せる言にして、宮室の壮厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず。
出典:『南洲翁遺訓』第十一条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第十一条(旧字を新字に直した)。
意味と背景
文明とは、正しい道が広く行われていることをほめる言葉で、立派な建物や美しい服、見た目の華やかさのことではない、という意味。西洋は未開の国にむごいことをして自分の利益にしているから野蛮だ、と議論で言い返した話が続く。
座右の銘にするなら・面接での答え方
見た目の豊かさより、中身の正しさで物事を判断したいと考えています。面接では、表面的な成果より、その過程が正しかったかを大事にしている姿勢を伝える時に、この言葉を紹介できます。
入るを量りて出づるを制するの外更に他の術数無し。
出典:『南洲翁遺訓』第十四条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第十四条(旧字を新字に直した)。「入るを量りて出づるを為す」は古代中国の『礼記』にある考えで、西郷はそれを国の会計の根本として語っている。
意味と背景
お金のやりくりは、入ってくる額をはかって出ていく額を抑える以外に方法はない、という意味。出費に合わせて収入を増やそうとすれば、民から絞り取るしかなくなると続く。国の財政の話だが、家計や個人のお金の管理にもそのまま通じる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
アルバイト代の管理で、収入の範囲で予算を組むことを習慣にしています。面接でお金の管理について聞かれた時、西郷の言葉として紹介し、具体的な家計簿や予算の工夫を添えると説得力が出ます。
人は第一の宝にして、己れ其人に成るの心懸け肝要なり。
出典:『南洲翁遺訓』第二十条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第二十条(旧字を新字に直した)。直前に「何程制度方法を論ずる共、其人に非ざれば行はれ難し」とある。
意味と背景
どんなに制度や方法を論じても、それを行う人がいなければ実現しない。人こそが一番の宝であり、自分自身がその「人」になる心がけが大切だ、という意味。仕組みより人、そして他人に求める前にまず自分がなれ、と説いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
「良い仕組みを作る」だけでなく、「自分がそれを動かせる人になる」ことを目標にしています。面接では、ルール作りだけでなく自分が率先して実行した経験と合わせて話すと説得力があります。
自分を足れりとせざるより、下々の言も聴き入るるもの也。
出典:『南洲翁遺訓』第十九条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第十九条(旧字を新字に直した)。
意味と背景
自分はこれで十分だと思わないからこそ、下の人の意見にも耳を傾けられる。自分を足りていると思えば、人に欠点を言われて怒るので、賢い人も助けてくれなくなる、という意味。上に立つ人の謙虚さの大切さを説いている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
後輩の意見からも学べる人でいたいと思っています。面接では、年下や立場の弱い人の意見を取り入れて成果につながった経験と合わせて紹介すると、謙虚さと柔軟さが伝わります。
天下後世迄も信仰悦服せらるるものは、只是一箇の真誠也。
出典:『南洲翁遺訓』第三十七条(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第三十七条(旧字を新字に直した)。
意味と背景
後の世まで人々に信じられ慕われるのは、ただ一つ、真心だけである、という意味。父の仇を討った人は数えきれないのに、曽我兄弟だけが今も誰にでも知られているのは誠が厚かったからだ、と続く。誠があれば、今は知られなくても後世に理解者が現れると説く。
座右の銘にするなら・面接での答え方
すぐに評価されなくても、誠実にやり続ければいつか伝わると信じています。面接では、目立たない役割を誠実に続けて最終的に認められた経験と合わせると、この言葉が生きてきます。
我が備への整不整を、唯味方の目を以て見ず、敵の心に成りて一つ衝て見よ、夫れは第一の備ぞ
出典:『南洲翁遺訓』第三十三条(出陣の日に兵士に語った言葉として)(1890年)
出典について青空文庫「遺訓」第三十三条に、西郷が先年出陣の日に兵士に語ったこととして載る(旧字を新字に直した)。
意味と背景
自分たちの備えが整っているかどうかを、味方の目だけで見るな。敵の気持ちになって一度攻めてみよ、それが第一の備えだ、という意味。相手の立場から自分の弱点を探すことの大切さは、試験対策や仕事の準備にもそのまま使える。
座右の銘にするなら・面接での答え方
発表の準備では、聞く側の立場で厳しい質問を考えてから本番に臨むようにしています。面接では、相手の視点で準備することを大切にしていると話し、この言葉を添えると説得力が出ます。
晋どん、晋どん、もう、ここらでよか
出典:西南戦争の最期、城山で別府晋介に語ったとされる言葉(1877年9月24日)
出典についてWikipediaは、被弾した西郷が別府晋介をかえりみてこう言い、別府の介錯で自決したと書くが、これは同行者らの伝えによる話で、西郷自身の記録ではない。最期の様子には異なる伝えもある。
意味と背景
「晋どん、もうこのあたりでいい」という意味。股と腹に弾を受けた西郷が、部下の別府晋介に介錯を頼んだ言葉として伝わる。多くを語らず静かに最期を受け入れる姿が、西郷の人物像として広く語り継がれてきた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘にする言葉ではありませんが、引き際の潔さを象徴する言葉として知られています。面接で歴史上の人物について話す時、伝えられた言葉であって記録ではない、という点まで説明できると印象に残ります。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/西郷隆盛
ほかの日本の偉人の名言