イラスト(AIで作成)・本人の写真ではありませんキケロの名言
マルクス・トゥッリウス・キケロ|前106〜前43年|古代ローマ|政治家・弁論家・哲学者
古代ローマ最大の弁論家とされる政治家。地方の家柄から執政官まで上りつめ、カティリナの国家転覆の陰謀を演説で暴いた。ギリシャ哲学をラテン語で紹介した著作や、友情・老い・義務を論じた本、多くの手紙を残し、その文章は後のヨーロッパでラテン語の手本とされた。アントニウスを批判して暗殺された。
のせている言葉:15こ(出典あり 14・実は言っていない 1)更新:2026-10-20
この人の名言の一覧(15こ)
- 歴史は時代の証人であり、真実の光、記憶の命、人生…
- 私たちは、自分のためだけに生まれてきたのではない…
- 人民の安全こそ、最高の法であれ。
- ああ、なんという時代だ! なんという風潮だ!
- 誤りを犯すのは誰にでもあること。誤りに固執するの…
- 図書室のそばに庭があれば、足りないものは何もない…
- 感謝の心は、最も大きな徳であるだけでなく、ほかの…
- すべての物事は、小さな始まりから生まれる。
- 一つのことに打ち込んだたゆまぬ練習は、才能や技術…
- 本当の友とは、いわば、もう一人の自分である。
- 友情は、うれしいことをいっそう輝かせ、つらいこと…
- 私も年老いてからギリシャ語を学んだ。
- 死んだ人の命は、生きている人の記憶の中にある。
- 武器の間では、法は沈黙する。
- 本のない部屋は、魂のない体のようなものだ。
それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。
歴史は時代の証人であり、真実の光、記憶の命、人生の教師である。
原文(ラテン語)Historia vero testis temporum, lux veritatis, vita memoriae, magistra vitae
出典:『弁論家について』第2巻 第36節(前55年)
出典について『弁論家について』のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。対話の登場人物(弁論家アントニウス)が語る形で書かれている。
意味と背景
歴史は過去を見てきた証人であり、うそを照らし出す光であり、人々の記憶を生かし続け、生き方を教えてくれる先生だという意味。中でも「歴史は人生の教師」の部分は短い格言として独り立ちし、歴史を学ぶ意味を説く言葉として広く使われている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
歴史の授業で、昔の人の失敗が今のニュースとそっくりなことに驚き、この言葉を選びました。仕事でも過去の記録や前任者の失敗例をまず読んでから動くようにしています。先人に学べば同じ失敗をくり返さずに済むと思います。
私たちは、自分のためだけに生まれてきたのではない。
原文(ラテン語)Non nobis solum nati sumus
出典:『義務について』第1巻 第22節(前44年)
出典について『義務について』のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。キケロ自身が「プラトンが見事に書いたように」と前置きして、プラトンの手紙の考えを紹介する形で書いている。
意味と背景
人は生まれた時から、国や友人や家族の役に立つ務めを負っているという意味。キケロは息子に宛てた『義務について』の中で、人は助け合うために生まれたのだから、自分の得だけを考えず、世の中のために力を出すべきだと説いた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
地域の清掃ボランティアに参加して、人の役に立つ手ごたえを知りました。この言葉の通り、自分の成績や給料だけでなく、周りの人が楽になる仕事をしたいと考えています。チームの中で裏方も進んで引き受けるのが私の強みです。
人民の安全こそ、最高の法であれ。
原文(ラテン語)Salus populi suprema lex esto
出典:『法律について』第3巻 第3節(前50年代年)
出典について『法律について』のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
国を治める者は、どんな決まりよりもまず人々の安全と幸せを第一に考えよ、という意味。キケロが理想の国の法律を示した中で、指揮官の務めとして書いた一文。後にイギリスやアメリカの政治家にも引用され、今も州の標語などに使われている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
部活のキャプテンをした時、勝つことより部員がけがをしないことを最優先にしました。この言葉は、リーダーが何を一番に守るべきかを教えてくれます。仕事でも決まりや数字の前に、お客様と仲間の安全を考えたいです。
ああ、なんという時代だ! なんという風潮だ!
原文(ラテン語)O tempora! O mores!
出典:『カティリナ弾劾』第1演説 第2節(元老院、前63年11月)
出典についてカティリナの陰謀を元老院で告発した演説のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
国家を乗っ取ろうとする陰謀が明らかなのに、首謀者が平然と元老院に座っている。その事態を前に、キケロが時代の乱れを嘆いて叫んだ言葉。今では世の中の風潮をなげく決まり文句として、冗談まじりにもよく使われる。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘というより、おかしいと思うことに声を上げる勇気の象徴として好きな言葉です。キケロは嘆くだけでなく、その場で証拠を示して陰謀を止めました。私も不正に気づいたら、見て見ぬふりをせず伝えられる人でありたいです。
誤りを犯すのは誰にでもあること。誤りに固執するのは愚か者だけだ。
原文(ラテン語)Cuiusvis hominis est errare, nullius nisi insipientis in errore perseverare.
出典:『ピリッピカ』第12演説 第5節(前43年)
出典についてアントニウスを批判した演説『ピリッピカ』のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。有名な「Errare humanum est(誤るは人の常)」はこれに近いが、その形の文はキケロにはない。
意味と背景
間違えること自体は人間なら誰にでもある。恥ずかしいのは、間違いに気づいても認めず、そのまま押し通すことだという意味。キケロは、自分も判断を誤ったと認めたうえで、方針を改めるよう元老院に訴える中でこの言葉を使った。
座右の銘にするなら・面接での答え方
アルバイトで発注ミスをした時、言い訳せずにすぐ報告して直したことで、店長に信頼されました。間違いは誰にでもあるけれど、そのままにしないのが大事だと思っています。失敗を早く認めて直せる人でありたいです。
図書室のそばに庭があれば、足りないものは何もない。
原文(ラテン語)Si hortum in bibliotheca habes, deerit nihil.
出典:友人ウァッロ宛ての手紙(『縁者・友人宛て書簡集』第9巻 第4書簡)(前46年)
出典について友人の学者ウァッロに宛てた手紙のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。よく「庭と図書館があれば…」と訳されるが、原文は「図書室に(そえて)庭があれば」という言い方。
意味と背景
本を読める場所と、気持ちを休められる庭があれば、人生にそれ以上ほしいものはないという意味。政治の混乱から少し離れていた時期に、読書好きの友人に宛てて書いた言葉で、知的な楽しみと自然の安らぎがあれば満ち足りるという気持ちが表れている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
休日に図書館で本を借り、公園のベンチで読むのが一番の楽しみです。この言葉を知り、ぜいたくをしなくても満ち足りた時間は作れると思いました。忙しい時ほど本と自然に触れる時間を意識してとるようにしています。
感謝の心は、最も大きな徳であるだけでなく、ほかのすべての徳の母でもある。
原文(ラテン語)Haec enim est una virtus non solum maxima sed etiam mater virtutum omnium reliquarum
出典:『プランキウス弁護』第80節(前54年)
出典について裁判の弁護演説のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。原文では直前で「感謝する心(gratus animus)」について語り、それを指して「この徳」と言っている。
意味と背景
恩を忘れず感謝できる心は、あらゆる徳の中で一番大切で、思いやりや誠実さといった他の美徳もそこから生まれてくるという意味。キケロは、追放中に自分を助けてくれた友人を弁護する演説で、恩返しの大切さを強く訴えた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
支えてくれた人に感謝を伝えることを大切にしています。部活を引退した時、先輩やコーチ一人ひとりに手紙を書きました。感謝できる人は周りを大事にでき、自然と信頼も生まれると思うので、この言葉を座右の銘にしています。
すべての物事は、小さな始まりから生まれる。
原文(ラテン語)Omnium rerum principia parva sunt.
出典:『善と悪の究極について』第5巻 第58節(前45年)
出典について『善と悪の究極について』のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
どんなに大きなものも、はじめは小さな芽から育つという意味。キケロは、人の徳や知恵も生まれつき完成しているのではなく、小さな種が少しずつ育っていくものだと論じた。始まりが小さいことを恐れるな、という励ましとしても読める。
座右の銘にするなら・面接での答え方
毎日10分の英単語から始めて、1年後に英検に受かりました。最初は小さすぎて意味がないように思えても、続ければ大きくなると実感しました。新しい仕事も、まず小さく始めて育てていく姿勢で取り組みたいです。
一つのことに打ち込んだたゆまぬ練習は、才能や技術にさえ勝つことが多い。
原文(ラテン語)Adsiduus usus uni rei deditus et ingenium et artem saepe vincit.
出典:『バルブス弁護』第45節(前56年)
出典について裁判の弁護演説のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
一つのことを毎日続けて身につけた力は、生まれつきの才能や、学んだ理論を上回ることがよくあるという意味。キケロは、長年の実務で法律に通じた人を例に、経験の積み重ねの強さを語った。練習量が才能に勝つことを示す言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
運動神経はよくありませんでしたが、毎朝のシュート練習を3年続けてレギュラーになれました。才能より続けた量が力になると実感した経験です。仕事でも、地道な反復を嫌がらない人でありたいと思っています。
本当の友とは、いわば、もう一人の自分である。
原文(ラテン語)Est enim is qui est tamquam alter idem.
出典:『友情について(ラエリウス)』第80節(前44年)
出典について『友情について』のラテン語原文。対話の主人公ラエリウスが語る形で、キケロが書いた。英語版Wikiquoteにも載っている。
意味と背景
本当の友だちとは、自分と同じように大切に思え、自分のことのように喜び悲しめる、もう一人の自分のような存在だという意味。人はまず自分を大切にするが、それと同じ気持ちを向けられる相手こそ真の友だと、キケロは説いた。
座右の銘にするなら・面接での答え方
小学校からの親友とは、相手の合格を自分のことのように喜べる仲です。この言葉を知って、友情とは損得ではなく、相手を自分と同じくらい大事に思うことだと分かりました。職場でもそういう信頼関係を一つずつ築きたいです。
友情は、うれしいことをいっそう輝かせ、つらいことを分け合って軽くする。
原文(ラテン語)Nam et secundas res splendidiores facit amicitia et adversas partiens communicansque leviores.
出典:『友情について(ラエリウス)』第22節(前44年)
出典について『友情について』のラテン語原文。「友情は喜びを2倍に、悲しみを半分にする」という有名な言い方のもとになった一文と考えられる(その言い回しそのものはキケロにはない)。
意味と背景
よいことがあった時は友がいることで喜びがいっそう大きくなり、悪いことがあった時は友と分け合うことで心が軽くなるという意味。キケロは、友情ほど人生のあらゆる場面で役に立つものはないと、この一節で語っている。
座右の銘にするなら・面接での答え方
受験に落ちた夜、友人がずっと話を聞いてくれて、つらさが半分になりました。合格した時も一緒に喜んでくれました。だから私も、仲間のうれしい時もつらい時もそばにいられる人でありたいと思い、この言葉を大切にしています。
私も年老いてからギリシャ語を学んだ。
原文(ラテン語)et ego feci, qui litteras Graecas senex didici
出典:『老年について』第26節(前44年)
出典について『老年について』のラテン語原文。対話の主人公である大カトーが語る形で、キケロが書いた。直前で「毎日何かを学び足しながら年をとる」というソロンの言葉を紹介している。
意味と背景
年を取ってからでも新しいことは学べるし、実際に学んできた、という話。キケロは老いを嘆く人々に対し、年寄りでも学び続ければ心は衰えないと、尊敬された政治家カトーに語らせた。学ぶことに年齢の壁はないことを示す一文。
座右の銘にするなら・面接での答え方
母が50歳で介護の資格に挑戦し、合格した姿に励まされました。この言葉のように、年齢を言い訳にせず学び続けたいと思っています。入社後も、何年目になっても新しい技術を自分から学びに行く社員でいたいです。
死んだ人の命は、生きている人の記憶の中にある。
原文(ラテン語)Vita enim mortuorum in memoria est posita vivorum.
出典:『ピリッピカ』第9演説 第10節(前43年)
出典について『ピリッピカ』第9演説のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
人は亡くなっても、覚えている人がいる限りその人の命は続いているという意味。キケロは、使者の務めの途中で亡くなった政治家をたたえ、記念の像を建てるよう提案する演説の中でこう述べた。人を思い出すことの大切さを語る言葉。
座右の銘にするなら・面接での答え方
亡くなった祖父の口ぐせを、今も家族でよく話題にします。この言葉の通り、祖父は私たちの記憶の中で生きていると感じます。私も誰かの記憶に良い形で残るよう、毎日の人との関わりを大切にしたいです。
武器の間では、法は沈黙する。
原文(ラテン語)Silent enim leges inter arma.
出典:『ミロ弁護』第11節(前52年)
出典について弁護演説『ミロ弁護』のラテン語原文。英語版Wikiquoteに載っている。
意味と背景
武力で争っている時には、法律は働かなくなるという意味。キケロは、襲われた時に身を守るのは許されると主張する中でこの言葉を使った。のちには、戦争になると法や人権が軽んじられる危うさを警告する言葉として引用されるようになった。
座右の銘にするなら・面接での答え方
座右の銘というより、争いが法やルールを押しのけてしまう怖さを忘れないための言葉です。もめごとが起きた時ほど感情や力でなく、決まりと話し合いで解決したいと思います。冷静さを保つ戒めとして心にとめています。
本のない部屋は、魂のない体のようなものだ。
原文(英語)A room without books is like a body without a soul.
出典:キケロの著作に同じ文はない(英語版Wikiquote「Disputed」)
本当の出どころキケロの言葉として有名だが、著作にこの文はない。英語版Wikiquoteによれば、近い言い回しはイギリスの政治家ジョン・ラボックの1886年の文章に見られ、キケロが友人アッティクスに書いた手紙(本を並べた家に魂が入ったようだという内容)がもとになった可能性がある。
意味と背景
本の大切さを、部屋と体のたとえで伝える分かりやすい言葉。キケロが手紙で、本棚が整った家について「家に心が入ったようだ」と書いたのは本当だが、この短い名言の形は後の時代に整えられ、キケロの名前で広まったものと考えられる。
この言葉の使い方
読書好きを伝えるのに便利な言葉ですが、面接では「キケロの言葉として知られるが、本人の手紙をもとに後世に作られた形らしい」と添えると、調べる姿勢まで伝わります。座右の銘にするなら、手紙の本当の文脈もあわせて話しましょう。
人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/マルクス・トゥッリウス・キケロ
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