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伊能忠敬の肖像写真
肖像画:青木勝次郎『伊能忠敬像』(パブリックドメイン)(ファイルのページ)

伊能忠敬の名言

伊能忠敬|1745〜1818年|日本(江戸時代後期)|商人・測量家

上総(千葉県)に生まれ、下総佐原の商家・伊能家の婿養子となって家業を立て直した。50歳で隠居すると江戸に出て、19歳年下の天文学者・高橋至時に弟子入りした。56歳から17年かけて日本全国を歩いて測量し、その成果は死後『大日本沿海輿地全図』(伊能図)として完成した。驚くほど正確な日本地図として知られる。

のせている言葉:5こ(出典あり 4・伝承・出典未確認 1)更新:2026-10-20

この人の名言の一覧(5こ)
  1. かりにも偽りをせず、孝弟忠信にして正直たるべし。
  2. 身の上の人はもちろん、身下の人にても、教訓異見あ…
  3. 篤敬謙譲とて、言語進退を寛容に、諸事へりくだり敬…
  4. 七十に近き春にぞあいの浦、九十九島をいきの松原。
  5. 私が今日あるのは高橋至時先生のおかげである。死ん…

それぞれの名言に、出典(どの本・手紙・演説か)と、確かさのしるし(出典あり伝承・出典未確認実は言っていない)をつけています。外国語の言葉は運営者が原文から訳しました。

かりにも偽いつわりをせず、孝弟忠信こうていちゅうしんにして正直しょうじきたるべし。

出典:長男・景敬に与えた家訓(寛政3年)(1791年)

出典について忠敬が隠居を前に長男に書き与えた家訓の一条。Wikipediaに原文のまま引用されている(参考文献による)。

意味と背景

現代語訳:かりそめにもうそをつかず、親に孝行し、目上を敬い、まごころと信義を持って、正直でいなさい。商人として家を立て直した忠敬が、家を守る一番の土台として子に残したのは、正直さだった。

座右の銘にするなら・面接での答え方

アルバイトでミスをした時、ごまかさずにすぐ報告したら、店長から信頼されるようになりました。正直は一番の近道だと実感しています。伊能忠敬が家の土台にしたこの言葉を、自分の生き方の土台にもしたいです。

身みの上うえの人ひとはもちろん、身下みしたの人ひとにても、教訓異見きょうくんいけんあらば、きっと相用あいもちい、堅かたく守まもるべし。

出典:長男・景敬に与えた家訓(寛政3年)(1791年)

出典について忠敬の家訓の一条。Wikipediaに原文のまま引用されている。

意味と背景

現代語訳:目上の人はもちろん、目下の人からでも、教えや意見をもらったら、必ず取り入れて、しっかり守りなさい。実際に忠敬自身、50歳で19歳年下の高橋至時に弟子入りしており、言葉どおりの生き方をした。

座右の銘にするなら・面接での答え方

新人のアルバイトの子が出したアイデアで、店の作業がぐっと楽になったことがあります。年齢や立場に関係なく良い意見は取り入れる。伊能忠敬が自分より若い師についたように、学ぶ相手を選ばない人でいたいです。

3出典あり#友情#心#言葉
篤敬とっけい謙譲けんじょうとて、言語進退げんごしんたいを寛容かんように、諸事しょじへりくだり敬つつしみ、少すこしも人ひとと争論そうろんなど成なるべからず。

出典:長男・景敬に与えた家訓(寛政3年)(1791年)

出典について忠敬の家訓の一条。Wikipediaに原文のまま引用されている。

意味と背景

現代語訳:心をこめて人を敬い、へりくだって譲る心を持ち、言葉づかいや振る舞いをおおらかにし、何事も謙虚に敬って、少しも人と言い争いなどしてはいけない。商家の主として、人との和を何より大切にした教え。

座右の銘にするなら・面接での答え方

議論で相手を言い負かしても、関係が悪くなっては意味がないと学びました。この言葉を知ってから、まず相手の話を最後まで聞き、言葉を選んで意見を伝えるようにしています。人と争わないことも一つの強さだと思います。

七十ななじゅうに近ちかき春はるにぞあいの浦うら、九十九島くじゅうくしまをいきの松原まつばら。

出典:測量の旅の途中、肥前相浦(長崎県佐世保市)で詠んだ和歌(1813年)

出典についてWikipediaに、九州測量中の文化10年(1813)に相浦で詠んだ歌として載る。当時の記録の原本は確かめていない。

意味と背景

現代語訳:七十歳に近いこの春に、相浦にやって来て、九十九島を行き、生きの松原を見る。地名の「相浦」に「会い」、「生(いき)の松原」に「生き」「行き」を掛けている。老いてなお旅を続け、生きている喜びをかみしめる歌。

座右の銘にするなら・面接での答え方

何歳になっても新しい場所に行き、学び続けたいと思っています。七十歳近くで全国を歩いた伊能忠敬のこの歌は、年齢は挑戦をやめる理由にならないと教えてくれます。祖父母にも紹介したら喜んでくれました。

5伝承・出典未確認#感謝#教育#人生
私わたくしが今日きょうあるのは高橋至時たかはしよしとき先生せんせいのおかげである。死しんだら先生せんせいのそばに葬ほうむってほしい。

出典:臨終の際の言葉として伝わる(要旨)(1818年)

出典について死の前に、師・高橋至時への感謝とともに、そのそばに葬ってほしいと願ったと伝わる。Wikipediaでは引用符のない要旨として紹介されており、言葉どおりの記録は確かめられないため「伝承」とした。実際に忠敬の墓は東京・上野の源空寺で、至時の墓の隣にある。

意味と背景

意味:今の自分があるのは、恩師の高橋至時先生のおかげだ。死んだら先生の墓のそばに眠りたい。19歳年下の師を最後まで敬い続けた、忠敬の感謝と謙虚さが伝わる言葉。

座右の銘にするなら・面接での答え方

高校の恩師のおかげで進路が開けた経験があり、この言葉に強く共感しました。どんなに成果を上げても、育ててくれた人への感謝を忘れない。年下からも学び、師を生涯敬った伊能忠敬のようでありたいです。

人物の説明の参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/伊能忠敬

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